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或る神社
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その神社は山の上にありました。
私の家から歩いて15分ほど西へ向かって歩きますと、工場を改装した大きな大きなパン屋が看板を出しております。元々は工場でしたから天井はとても高く、どこまでも突き抜けるような開放感が体を包み込みます。店主はオーディオマニアらしく、その筋の趣味を持つ人にとっては、それはもう喉から手が出るように珍しい機材を揃えているらしいです。その骨董品から流れるのはジャズばかり。チャーリー・パーカーやマイルス・デイビスなど、私も知っているような有名人から、これまたそれが好きな人でなければ知らないような奏者の曲まで、いちいちレコードを替えては音楽を流し続けています。
店の脇には小川がせせらいでおり、その川を辿ると町の象徴たる大きな湖まで流れていることが分かります。源流も探ってみたことがあります。それは小学生の頃です。源流の河原はかけっこが出来るほど広く、そこそこ大きな滝が流れており、裏側には人が一人入れるほどの空間があります。それはまるで子供のために作られた遊び場のように小学生の私たちを夢中にさせました。
さて、随分と話が逸れましたが、そのパン屋の裏に名もないような小山が存在しておりました。私は何がきっかけだか忘れてしまいましたが、一時期各地の神社を巡ることを趣味、というほどでもありませんが、神社巡りを好んでおりました。だから手始めにと私は自分の地元にある神社という神社をしらみつぶしに当たってみることにし、Googleマップで探ってみると、それが思ったよりも少なく、1日あれば大体の神社には徒歩で参拝できることが分かりました。その中の一つに件の神社があったというわけです。
それは夏のことでした。小山だからと私は大した装備もせず、Tシャツと短パンで、サンダルを履きその山に登ることにしましたが、私は登って早々にそれを後悔しました。全く手入れをされていないようで、草が草木が伸び放題で道という道はなく、それでも僅かに見える石畳を手がかりに、私は雑木林をかき分け神社を目指すはめになりました(山の入り口は開けており、私はてっきり階段を一直線に登れば神社へ辿り着けると思わんばかりでした)。大の昆虫嫌いの私は、顔にかかった蜘蛛の巣に驚き、手を顔の前で無茶苦茶に動かしたり、アブなのかハチなのかよく分からない大きな羽虫の恐怖に固まったりなど、散々な目に合いながらもぐんぐんと山を上がっていきました。
しばらくすると、私は自然の神秘を目の当たりにしました。古ぼけたその鳥居には、それはそれは大きな木がもたれかかって道を塞いでおり、よく見ると、なんとその巨木は鳥居を飲み込んでいたではありませんか。私はこの木という生き物に度々驚かされます。木というものは邪魔な物があってもそれを避けたり、跳ね除けたりもせず、平気で自分の体に取り込んでは、腐ることなくいつまでも成長を続けます。岩だろうと、コンクリートだろうと自分の成長を妨げるものは何でもかんでも貫いては、何百年も何千年でも生き続け、彼らの肉体の強靭さは死んでも衰えることはありません。私はこれほど力強い生き物は他に知りません。
さて、鳥居もとい巨木をくぐり、私は最後の階段を上がりました。鎮守の森に秘められたその社は、惨めなくらいぼろぼろでした。狛犬の顔はのっぺらぼうのようにつるりと禿げ、社の千木は折れ、鈴緒は腐り落ち、壊れた賽銭箱には砂と塵が貯まらんばかりでした。頂上の左手には木々がなく、町を一望できる見晴らしの良い崖がありました。景色の遠くで走る車のごうごうという音は、いつまでも私のいた山の上まで響いていました。社に神はおわしませんでした。きっと昔はここの神様も、それは立派に祀られていたに違いありません。でも、いつからか人々は時代という波に呑まれていく中で、神を必要としなくなりました。いえ、無節操や無関心という覆いで信心を被せて見えないようにしたに過ぎません。きっと私のようにその覆いをなんとか剥がしてやろうと、真に神秘を信じようと奮闘している風変わりが他にもいることでしょう。私はこの複雑な気持ちを土産に、神のいない社を後にし、小山を下りて家路に着きました。
私の家から歩いて15分ほど西へ向かって歩きますと、工場を改装した大きな大きなパン屋が看板を出しております。元々は工場でしたから天井はとても高く、どこまでも突き抜けるような開放感が体を包み込みます。店主はオーディオマニアらしく、その筋の趣味を持つ人にとっては、それはもう喉から手が出るように珍しい機材を揃えているらしいです。その骨董品から流れるのはジャズばかり。チャーリー・パーカーやマイルス・デイビスなど、私も知っているような有名人から、これまたそれが好きな人でなければ知らないような奏者の曲まで、いちいちレコードを替えては音楽を流し続けています。
店の脇には小川がせせらいでおり、その川を辿ると町の象徴たる大きな湖まで流れていることが分かります。源流も探ってみたことがあります。それは小学生の頃です。源流の河原はかけっこが出来るほど広く、そこそこ大きな滝が流れており、裏側には人が一人入れるほどの空間があります。それはまるで子供のために作られた遊び場のように小学生の私たちを夢中にさせました。
さて、随分と話が逸れましたが、そのパン屋の裏に名もないような小山が存在しておりました。私は何がきっかけだか忘れてしまいましたが、一時期各地の神社を巡ることを趣味、というほどでもありませんが、神社巡りを好んでおりました。だから手始めにと私は自分の地元にある神社という神社をしらみつぶしに当たってみることにし、Googleマップで探ってみると、それが思ったよりも少なく、1日あれば大体の神社には徒歩で参拝できることが分かりました。その中の一つに件の神社があったというわけです。
それは夏のことでした。小山だからと私は大した装備もせず、Tシャツと短パンで、サンダルを履きその山に登ることにしましたが、私は登って早々にそれを後悔しました。全く手入れをされていないようで、草が草木が伸び放題で道という道はなく、それでも僅かに見える石畳を手がかりに、私は雑木林をかき分け神社を目指すはめになりました(山の入り口は開けており、私はてっきり階段を一直線に登れば神社へ辿り着けると思わんばかりでした)。大の昆虫嫌いの私は、顔にかかった蜘蛛の巣に驚き、手を顔の前で無茶苦茶に動かしたり、アブなのかハチなのかよく分からない大きな羽虫の恐怖に固まったりなど、散々な目に合いながらもぐんぐんと山を上がっていきました。
しばらくすると、私は自然の神秘を目の当たりにしました。古ぼけたその鳥居には、それはそれは大きな木がもたれかかって道を塞いでおり、よく見ると、なんとその巨木は鳥居を飲み込んでいたではありませんか。私はこの木という生き物に度々驚かされます。木というものは邪魔な物があってもそれを避けたり、跳ね除けたりもせず、平気で自分の体に取り込んでは、腐ることなくいつまでも成長を続けます。岩だろうと、コンクリートだろうと自分の成長を妨げるものは何でもかんでも貫いては、何百年も何千年でも生き続け、彼らの肉体の強靭さは死んでも衰えることはありません。私はこれほど力強い生き物は他に知りません。
さて、鳥居もとい巨木をくぐり、私は最後の階段を上がりました。鎮守の森に秘められたその社は、惨めなくらいぼろぼろでした。狛犬の顔はのっぺらぼうのようにつるりと禿げ、社の千木は折れ、鈴緒は腐り落ち、壊れた賽銭箱には砂と塵が貯まらんばかりでした。頂上の左手には木々がなく、町を一望できる見晴らしの良い崖がありました。景色の遠くで走る車のごうごうという音は、いつまでも私のいた山の上まで響いていました。社に神はおわしませんでした。きっと昔はここの神様も、それは立派に祀られていたに違いありません。でも、いつからか人々は時代という波に呑まれていく中で、神を必要としなくなりました。いえ、無節操や無関心という覆いで信心を被せて見えないようにしたに過ぎません。きっと私のようにその覆いをなんとか剥がしてやろうと、真に神秘を信じようと奮闘している風変わりが他にもいることでしょう。私はこの複雑な気持ちを土産に、神のいない社を後にし、小山を下りて家路に着きました。
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