パパ溺愛幼女奮闘計画

片原痛子

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19話.隠したかった傷

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「こんにちは、サファイア嬢」

二週間に一度の婚約者様との顔合わせの日。
今日の私は白いレース系のドレスに手袋を身に着けていた。
というのも、ほぼ毎日手を叩かれていたせいで手が真っ青になり、とても人に見せられるような状態ではなかったので、それを隠すためだ。

「ん、今日はなんだかお姉さんみたいだな。可愛い」

手袋に合わせるために選んだドレスを、サトゥルノはそう表現した。
普段から幼く扱われることの多い私は、その言葉が嬉しくて、「そう?」となんだか澄ました反応をしてしまう。

「今日は市場で露店巡りでもと思うんだけどどうかな」

「露店?」

「サファイア嬢は全然好きな物がないから、店がたくさんある場所に行けば気に入るものが一つや二つくらい見つかるかと思って」

なるほど、数打てば当たる作戦というわけだ。確かに、興味のないものを永遠にみるよりはいろいろ見た方が楽しめるかもしれない。私は本当は水浴びして遊びたいのだけれど、人間には秋の水は冷たすぎるので夏までお預けだ。

「公爵家のお坊ちゃんでも市場なんて行くのね」

「学校の友人に連れられて行ってみたら、これが結構面白くてな。なんか祭りみたいで楽しいぞ」

祭りを楽しむサトゥルノが容易に想像できる。というか、庶民に混ざって屋台で食べ物を売ってても違和感がない。

「……いつも思ってたけど、貴方ってあんまり気品がないわよね」

「相変わらず酷い言い草だな……。まぁ、どうせ爵位はもらえないからどこでも生きれるような心積もりで生きてきたからな。あのテゾーロ公爵家に婿入りできるなんて、考えられる人生の中で一番のいい条件だな」

サトゥルノは達観したような凪いだ顔でそうまとめると、いつものように私の手を取り馬車へとエスコートしてくれる。
しかし彼が私の手を握った瞬間、針を刺すような痛みが腕に走った。

「っ!」

「?どうした」

「……なんでもない」

サトゥルノに弱い所を見せたくなくて、私は誤魔化した。
これは彼に心配をかけたくないというような可愛げのあるものではなく、ただでさえ普段から子供扱いをして余計な気遣いをする彼に手のことを知られて大げさに心配されたくないという、私のプライドの問題だ。
私は彼に手を強く繋がれないように、自分から彼の手にしっかりと繋がって歩いた。


市場は以前歩いた街中より人と店が入り乱れ混沌としている。

「昼間だから人が少ないな」

その人混みを見て、サトゥルノはそんな言葉を溢す。

「これで人が少ないの?」

「市場は朝が本番だからな。昼間から夜は残り物って感じだな」

「じゃああんまり良いものはないってこと?」

「そういう訳じゃないけど、魚や野菜や果物は鮮度が落ちてるからもう店仕舞いしてるかな」

魚を買う予定はなかったけれど、果物がないのは残念だ。果物はエーテルがたくさん吸収されるから、自然を生きる精霊の好物でもある。

「でも肉系は結構あるよ。屋台の肉は目の前で調理した出来立てだから美味いぞ」

「肉好きなの?」

「男はみんな好きだと思うぞ」

「お父様はそんなことない」

「公爵様はな……逆にあの人何が好きなんだよ」

お父様の好きな食べ物……。そういえば、お父様が何かを美味しく食べているところは見たことがない(そもそも朝食しか食べているところを見ないのだけれど)。
コーヒーは毎日飲んでいるけれど、好きなのだろうか?

「お、串焼き売ってる」

さっそく何かを見つけたサトゥルノがふらふらと屋台に近づき、串に刺さった肉を買っている。

「はい。熱いから気をつけてな」

たしかにふわ
香ばしい匂いのするそれを渡されるが、こんなものは食べたことがないので私はどうしていいか分からず持ったまま途方に暮れた。
手本にとサトゥルノを見上げると、獣のように串に横からかぶり付き串から食いちぎっている。
ひ、品がない。

しかし、いつまでも食べないと折角の出来立ての肉が冷めて硬くなってしまうので、私は恐る恐る肉にかぶりついた。

「んぐ……」

ソースが甘辛くて美味しいけど、肉がしっかりしているからなかなか嚙み切れなくて串から外すことが出来ない。そうして苦戦しているとどんどん手も口の周りが汚れていく。
食べ終わるころには顎が疲れてしまった。

「ごめん、口が小さいから食べにくかったな」

「ん……大丈夫」

サトゥルノがハンカチで口の周りを拭いてくれる。子供扱いは不愉快だが自分で拭くのも煩わしいので、彼に任せておく。

「よく考えたら、白い服に肉はちょっと向いてなかったな。君とのデートはいつも失敗ばっかりで申し訳ない」

「これ以上下がる好感度もないから大丈夫よ」

「それはそれでなんだかなぁ……」

毎回どこか恰好がつかないサトゥルノだが、私は彼のそういう人間臭い所は嫌いじゃない。そういう自然な態度で接してくれると私も変に令嬢らしくしなくてもいいので楽だ。
面白いから彼には言わないけど。

「あ、手袋汚れちゃったな」

「!」

サトゥルノは私の手袋の汚れに気づくと手を掴み拭こうとする。
私は気づかれるのが嫌で、咄嗟に手を後ろに隠してしまう。

「?汚れてるから拭いた方がいいぞ?」

「うん。自分で拭けるから」

「?」

あからさまな態度過ぎて、怪しまれている気がする。しかしサトゥルノはそれ以上踏み込んでくることはなく、私たちは引き続き散策を再開した。
その後はとくにトラブルもなく市場で食べ歩きをしたり、おもちゃみたいなアクセサリーをみたりと楽しんだ。途中でお父様へのお土産のコーヒー豆も買ったし、私としては満足した一日だった。

「あ、最後に服屋に行っていいか?」

「?いいけど」

服を買うなら仕立て屋を家に呼べばいいのに、わざわざ店に行くなんてよっぽど急用なのだろうか。
しかし、私の考えとは違ってサトゥルノが連れてきたのは婦人服の店だった。

「手袋汚しちゃったから、新しいのを贈りたくて」

「そう……ありがとう」

サトゥルノが頼むと、すぐに店員がレースやシルクの手袋を用意してくれる。ただ子供用なので数は少ない。

「レースの手袋とかいいんじゃないか?ドレスもレース系だから合うと思うんだけど」

「あ~うん、そうね。でもレースって手が痒くなるから……」

確かに手袋は可愛いけれど、レースの手袋を付けたら手が透けてしまう。

「じゃあこっちのシルクの手袋はどうだ?フリルが付いてて可愛いぞ」

「それならいいわね。肌ざわりがよさそう」

「そうか。ならサイズが合うか確かめてくれないか?」

「……」

それはつまり……手袋を外さないといけないということになる。
どうしよう。なんて誤魔化せばいい?

「は、恥ずかしいから後ろ向いてて」

「……分かった」

ちょっと言い訳が苦しいかと思ったが、サトゥルノはあっさりと後ろを向いてくれたので私は安心して手袋を外す。手が蒸れていたので外した瞬間、爽快感があった。しかし、

「なんだよ、これ」

「!」

突然後ろを向いていたはずのサトゥルノに腕を掴まれた。
慌てて手を隠そうとするが、しっかり握られていて振りほどくことが出来ない。代わりに私は声を荒げて威嚇した。

「後ろ向いててって言ったじゃない!」

「それは謝るけど、これはなにか先に説明してくれ」

対してサトゥルノは眉を顰め、怒りをかみ殺すように低い声で私を問い詰める。
その話し方は声を荒げているわけではないのに妙な迫力があり、私はすっかり勢いをなくしてしまった。

「これは……ちょっとぶつけただけ」

「ぶつけただけでこんなに全体が痣だらけになるわけないだろ。誰がこんな事したんだ?まさか公爵様が?」

「お父様はこんなことしないわ!」

「じゃあ誰がしたんだ」

「……」

「サファイア嬢」

サトゥルノが私と目を合わせようと顔を覗き込んでくるが私は目を合わせることが出来ない。別に悪いことをしているわけではないのに、何故こんなに後ろめたい気持ちになるのだろう。
私が黙り込むと、サトゥルノは深いため息を吐いて立ち上がる。

「……もういい。公爵様に直接聞くから」

「え!?ちょっと!」

そしてサトゥルノは私を抱き上げるとすたすたと速足で店から出て馬車へと乗り込む。

「家庭のことに口出ししないで!」

「婚約者がこんな目に合ってるのに黙ってられるわけがないだろ」

サトゥルノは、本気で怒っていた。普段はへらへらして、私が何をしても怒らないのに。
彼を宥める方法が分からないまま、馬車は公爵家へ着いてしまう。








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