19 / 19
19話.隠したかった傷
しおりを挟む「こんにちは、サファイア嬢」
二週間に一度の婚約者様との顔合わせの日。
今日の私は白いレース系のドレスに手袋を身に着けていた。
というのも、ほぼ毎日手を叩かれていたせいで手が真っ青になり、とても人に見せられるような状態ではなかったので、それを隠すためだ。
「ん、今日はなんだかお姉さんみたいだな。可愛い」
手袋に合わせるために選んだドレスを、サトゥルノはそう表現した。
普段から幼く扱われることの多い私は、その言葉が嬉しくて、「そう?」となんだか澄ました反応をしてしまう。
「今日は市場で露店巡りでもと思うんだけどどうかな」
「露店?」
「サファイア嬢は全然好きな物がないから、店がたくさんある場所に行けば気に入るものが一つや二つくらい見つかるかと思って」
なるほど、数打てば当たる作戦というわけだ。確かに、興味のないものを永遠にみるよりはいろいろ見た方が楽しめるかもしれない。私は本当は水浴びして遊びたいのだけれど、人間には秋の水は冷たすぎるので夏までお預けだ。
「公爵家のお坊ちゃんでも市場なんて行くのね」
「学校の友人に連れられて行ってみたら、これが結構面白くてな。なんか祭りみたいで楽しいぞ」
祭りを楽しむサトゥルノが容易に想像できる。というか、庶民に混ざって屋台で食べ物を売ってても違和感がない。
「……いつも思ってたけど、貴方ってあんまり気品がないわよね」
「相変わらず酷い言い草だな……。まぁ、どうせ爵位はもらえないからどこでも生きれるような心積もりで生きてきたからな。あのテゾーロ公爵家に婿入りできるなんて、考えられる人生の中で一番のいい条件だな」
サトゥルノは達観したような凪いだ顔でそうまとめると、いつものように私の手を取り馬車へとエスコートしてくれる。
しかし彼が私の手を握った瞬間、針を刺すような痛みが腕に走った。
「っ!」
「?どうした」
「……なんでもない」
サトゥルノに弱い所を見せたくなくて、私は誤魔化した。
これは彼に心配をかけたくないというような可愛げのあるものではなく、ただでさえ普段から子供扱いをして余計な気遣いをする彼に手のことを知られて大げさに心配されたくないという、私のプライドの問題だ。
私は彼に手を強く繋がれないように、自分から彼の手にしっかりと繋がって歩いた。
市場は以前歩いた街中より人と店が入り乱れ混沌としている。
「昼間だから人が少ないな」
その人混みを見て、サトゥルノはそんな言葉を溢す。
「これで人が少ないの?」
「市場は朝が本番だからな。昼間から夜は残り物って感じだな」
「じゃああんまり良いものはないってこと?」
「そういう訳じゃないけど、魚や野菜や果物は鮮度が落ちてるからもう店仕舞いしてるかな」
魚を買う予定はなかったけれど、果物がないのは残念だ。果物はエーテルがたくさん吸収されるから、自然を生きる精霊の好物でもある。
「でも肉系は結構あるよ。屋台の肉は目の前で調理した出来立てだから美味いぞ」
「肉好きなの?」
「男はみんな好きだと思うぞ」
「お父様はそんなことない」
「公爵様はな……逆にあの人何が好きなんだよ」
お父様の好きな食べ物……。そういえば、お父様が何かを美味しく食べているところは見たことがない(そもそも朝食しか食べているところを見ないのだけれど)。
コーヒーは毎日飲んでいるけれど、好きなのだろうか?
「お、串焼き売ってる」
さっそく何かを見つけたサトゥルノがふらふらと屋台に近づき、串に刺さった肉を買っている。
「はい。熱いから気をつけてな」
たしかにふわ
香ばしい匂いのするそれを渡されるが、こんなものは食べたことがないので私はどうしていいか分からず持ったまま途方に暮れた。
手本にとサトゥルノを見上げると、獣のように串に横からかぶり付き串から食いちぎっている。
ひ、品がない。
しかし、いつまでも食べないと折角の出来立ての肉が冷めて硬くなってしまうので、私は恐る恐る肉にかぶりついた。
「んぐ……」
ソースが甘辛くて美味しいけど、肉がしっかりしているからなかなか嚙み切れなくて串から外すことが出来ない。そうして苦戦しているとどんどん手も口の周りが汚れていく。
食べ終わるころには顎が疲れてしまった。
「ごめん、口が小さいから食べにくかったな」
「ん……大丈夫」
サトゥルノがハンカチで口の周りを拭いてくれる。子供扱いは不愉快だが自分で拭くのも煩わしいので、彼に任せておく。
「よく考えたら、白い服に肉はちょっと向いてなかったな。君とのデートはいつも失敗ばっかりで申し訳ない」
「これ以上下がる好感度もないから大丈夫よ」
「それはそれでなんだかなぁ……」
毎回どこか恰好がつかないサトゥルノだが、私は彼のそういう人間臭い所は嫌いじゃない。そういう自然な態度で接してくれると私も変に令嬢らしくしなくてもいいので楽だ。
面白いから彼には言わないけど。
「あ、手袋汚れちゃったな」
「!」
サトゥルノは私の手袋の汚れに気づくと手を掴み拭こうとする。
私は気づかれるのが嫌で、咄嗟に手を後ろに隠してしまう。
「?汚れてるから拭いた方がいいぞ?」
「うん。自分で拭けるから」
「?」
あからさまな態度過ぎて、怪しまれている気がする。しかしサトゥルノはそれ以上踏み込んでくることはなく、私たちは引き続き散策を再開した。
その後はとくにトラブルもなく市場で食べ歩きをしたり、おもちゃみたいなアクセサリーをみたりと楽しんだ。途中でお父様へのお土産のコーヒー豆も買ったし、私としては満足した一日だった。
「あ、最後に服屋に行っていいか?」
「?いいけど」
服を買うなら仕立て屋を家に呼べばいいのに、わざわざ店に行くなんてよっぽど急用なのだろうか。
しかし、私の考えとは違ってサトゥルノが連れてきたのは婦人服の店だった。
「手袋汚しちゃったから、新しいのを贈りたくて」
「そう……ありがとう」
サトゥルノが頼むと、すぐに店員がレースやシルクの手袋を用意してくれる。ただ子供用なので数は少ない。
「レースの手袋とかいいんじゃないか?ドレスもレース系だから合うと思うんだけど」
「あ~うん、そうね。でもレースって手が痒くなるから……」
確かに手袋は可愛いけれど、レースの手袋を付けたら手が透けてしまう。
「じゃあこっちのシルクの手袋はどうだ?フリルが付いてて可愛いぞ」
「それならいいわね。肌ざわりがよさそう」
「そうか。ならサイズが合うか確かめてくれないか?」
「……」
それはつまり……手袋を外さないといけないということになる。
どうしよう。なんて誤魔化せばいい?
「は、恥ずかしいから後ろ向いてて」
「……分かった」
ちょっと言い訳が苦しいかと思ったが、サトゥルノはあっさりと後ろを向いてくれたので私は安心して手袋を外す。手が蒸れていたので外した瞬間、爽快感があった。しかし、
「なんだよ、これ」
「!」
突然後ろを向いていたはずのサトゥルノに腕を掴まれた。
慌てて手を隠そうとするが、しっかり握られていて振りほどくことが出来ない。代わりに私は声を荒げて威嚇した。
「後ろ向いててって言ったじゃない!」
「それは謝るけど、これはなにか先に説明してくれ」
対してサトゥルノは眉を顰め、怒りをかみ殺すように低い声で私を問い詰める。
その話し方は声を荒げているわけではないのに妙な迫力があり、私はすっかり勢いをなくしてしまった。
「これは……ちょっとぶつけただけ」
「ぶつけただけでこんなに全体が痣だらけになるわけないだろ。誰がこんな事したんだ?まさか公爵様が?」
「お父様はこんなことしないわ!」
「じゃあ誰がしたんだ」
「……」
「サファイア嬢」
サトゥルノが私と目を合わせようと顔を覗き込んでくるが私は目を合わせることが出来ない。別に悪いことをしているわけではないのに、何故こんなに後ろめたい気持ちになるのだろう。
私が黙り込むと、サトゥルノは深いため息を吐いて立ち上がる。
「……もういい。公爵様に直接聞くから」
「え!?ちょっと!」
そしてサトゥルノは私を抱き上げるとすたすたと速足で店から出て馬車へと乗り込む。
「家庭のことに口出ししないで!」
「婚約者がこんな目に合ってるのに黙ってられるわけがないだろ」
サトゥルノは、本気で怒っていた。普段はへらへらして、私が何をしても怒らないのに。
彼を宥める方法が分からないまま、馬車は公爵家へ着いてしまう。
5
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです
NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
スラム街の幼女、魔導書を拾う。
海夏世もみじ
ファンタジー
スラム街でたくましく生きている六歳の幼女エシラはある日、貴族のゴミ捨て場で一冊の本を拾う。その本は一人たりとも契約できた者はいない伝説の魔導書だったが、彼女はなぜか契約できてしまう。
それからというもの、様々なトラブルに巻き込まれいくうちにみるみる強くなり、スラム街から世界へと羽ばたいて行く。
これは、その魔導書で人々の忘れ物を取り戻してゆき、決して忘れない、忘れられない〝忘れじの魔女〟として生きるための物語。
好感度0になるまで終われません。
チョコパイ
恋愛
土屋千鶴子(享年98歳)
子供や孫、ひ孫に囲まれての大往生。
愛され続けて4度目の転生。
そろそろ……愛されるのに疲れたのですが…
登場人物の好感度0にならない限り終わらない溺愛の日々。
5度目の転生先は娘が遊んでいた乙女ゲームの世界。
いつもと違う展開に今度こそ永久の眠りにつける。
そう信じ、好きなことを、好きなようにやりたい放題…
自覚なし愛され公女と執着一途皇太子のすれ違いラブロマンス。
• 『社交界の華は、影に咲く毒。〜私を捨てた世界、すべてお返しいたします〜』
YOLCA(ヨルカ)
ファンタジー
「その黄金の瞳……なんて気持ち悪いの。我が家に化け物は必要ないわ」
名門伯爵家の娘として生まれたエレーナ。しかし、彼女に宿った未知の能力を恐れた継母イザベラは、実父の留守中を狙い、幼い彼女を雪の降る町に捨て去った。
死を覚悟した彼女を拾ったのは、帝国の裏社会を支配する「皇帝の弟」ヴィンセント公爵。
彼はエレーナの力を「至宝」と呼び、彼女を公爵家の実の娘として迎え入れた。
それから数年。
エレーナは、二人の過保護な兄と、五人の精鋭部下に囲まれ、美しくも最強の工作員へと成長していた。
すべてを暴く『黄金の瞳』、すべてを操る『魅了』、そして伝説の師匠たちから授かった至高の淑女教育を武器に。
一方、継母イザベラは父を捨て、さらなる権力を手に入れるため、悪名高い侯爵の妻として社交界の頂点に君臨していた。
「お久しぶりです、お母様。……化け物と呼ばれた私からの、お返しを受け取ってくださいね」
捨てられた少女による、優雅で残酷な復讐劇。
今、その幕が上がる。
「婚約破棄された転生令嬢ですが、王城のメイド五百人に慕われるメイド長になりました。なお元婚約者は私のメイドに土下座中です」
まさき
恋愛
社畜OLとして過労死した私は、異世界の令嬢・アリア・ヴェルナーに転生した。
目が覚めたら、婚約破棄されていた。
理由は「地味で面白みがない」から。
泣く暇もなかった。翌朝、王城のメイド採用面接に向かった。
最初は鼻で笑われた。雑用係からのスタートだった。
でも——前世で叩き込まれた仕事術と、一人ひとりの話を聞く姿勢で、少しずつメイドたちが集まってきた。
厨房が変わった。リネンが変わった。王城全体が変わっていった。
そして就任スピーチで宣言した。
「500人全員の名前を、覚えます」
冷酷と噂される王太子は、静かに見ていた。
悪役令嬢は妨害を仕掛けてきた。
元婚約者は——後悔し始めていた。
婚約破棄された令嬢が、500人に慕われるメイド長になるまでの物語。
なお元婚約者は、私のメイドたちの前で土下座中です。
n番煎じの脇役令嬢になった件について
momo
ファンタジー
ある日、突然前世の記憶を思い出したレスティーナ。
前世、知識モンスターだった研究者の喪女であった事を思い出し、この世界が乙女ゲーム『光の聖女と聖なる騎士』だった事に驚く。
が、自分は悪役令嬢でも無く、ヒロインでもない成金のモブ令嬢だったと気付いて本編始まったら出歯亀しようと決意するのだった。
8歳で行われた祝福の儀で、レスティーナは女神イリスに出会う。女神の願いを叶える為に交換条件として2つの祝福を貰い乙女ゲーそっちのけで内政に励むのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる