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プロローグ 始まりの一歩

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神居静馬かみいしずまはやっとの思いでたどり着いたその場所から見える桜の花が咲き誇り、季節を感じる風景に少し嬉しく思う。

「やっと着いた……。ここが一条高等専門学校か」



 七年前、突如として通称EVEイヴと呼ばれるようになる生物が世界各国に現れ始めるようになった。
 当初、EVEに対してミサイルなどの近代兵器での攻撃を行うも有効なダメージを与える事が出来ず、まるで運動は終わったと言わんばかりに空間に穴を開けて姿を消すまで人類はただただその力の前に逃げ惑う事しか出来なかった。
 時が経つに連れて悪化していく状況の中、世界中に向けて一つの発表が行われる。
 そう、それはEVEの身体を構築するエヴォルオ因子の発見だった。
 これにより世界はEVEに対抗する為とエヴォルオ因子の研究に注目、発表された内容から観測器具や有効的な攻撃手段の開発及びそれを使用した調査と継続的な研究が続ける事となる。

 そして、解決に向けて順調に歩み始めて少し経った時にそれは起きる。
 後に【大襲来】と呼ばれる呼ばれるようになるEVEの大規模出現及び発生地の朝鮮半島に壊滅的被害が記録されたEVEの出現。
 その当時には既にエヴォルオ因子の発見から三年経っていて、EVEに有効的なダメージを与える事が出来る|因牙武装(いんがぶそう)の開発も済んだ時だった。
 今でこそ因牙武装の有効性は認められているが、その当時は開発から一年程だった為に配備出来ていた国は少なく、発生した朝鮮半島の両国は共に持っていなかった。
 その為、性能自体も疑問視していた当時の両国上層部は直ぐに救援の受け入れを認める事が出来ず、受け入れを承諾したのはあわや首都壊滅といった事態に陥ってからの事だった。
 そして、送り込まれた各国救援隊の中にいた因牙武装を持った人々――エスペランサーの活躍によってついにEVEの討伐に成功する。

 だが、余りにも振るった力の強さと活躍していたエスペランサーの大半は軍属だった事から戦争に持ち出される事を警戒した世界各国は一つ協定を結ぶ事を決める。
 戦争に用いる事を禁じ、変わりにエスペランサーの保護及びその力の矛先を変えるエスペランサーのみで行われる世界行事としてデュアロ・フェスティバロの開催、各国が単独でもEVEに対抗するためのエスペランサー育成機関の開設を認めるなどを含んだ協定はスイスジュネーヴにて調印し、国によって違いがあるが使う方向性を広げる結果となった。

 そして、それは我が国日本でも同じで国主導によって創られたのがこの一条高等専門学校を含む四つの教育機関と秋に行われる国立高等専門学校対抗技能技術選手権大会――通称国技選だった。



「さて、これによると……」

 静馬は手に持った案内を確認しながら周りを見渡すと案内にも描かれていた物を見つけ、改めて確認して目的地に向かって歩きだす。
 初めて見る光景に目を奪われながらも歩き続けると少しスペースの取られた広場にたどり着いた。
 そこは案内によると全ての中心に位置する場所でここからは居住区、学習区、商業区に移動する事が可能と書いてある。

「ここからはそこまで困る事が無さそうだな」

「へぇ、何が困らないの?」

「いや、初めて来た場所だからこそ迷うかなと……」

 唐突に近くから聞こえてきた声と質問に何も考えずに答えたが直ぐにおかしい事に気がついて驚いて顔を上げる。
 周りを見渡してみると少し離れた場所に女性が一人立っているのが見えた。恐らくこの女性が静馬に話しかけてきたのだろう。
 時間的にもまさか人がいるなんて思っていなかった静馬は何回か瞬きをすると直ぐにその姿が消えてしまう。
 どこに行ったのかと驚いて周りを見回しているとふいに背中に柔らかい感触と温かさを感じて後ろを見ようとすると肩越しに手に持っていた案内を覗き込んでいる女性の姿が有った。
 あまりの出来事に逃げるように横に飛び退くとそんな姿に女性は少し傷ついたような表情をしながら話しかけてくる。

「酷いな~。そんな驚かなくても良いんじゃない?」

「独り言に突っ込まれて、急に後ろから手に持っていた物を覗き込まれていたら驚くでしょ!」

「ふーん、そんなもんかな?」

 言われたことに少し首を傾げながらも言葉と表情とは裏腹に女性の目と姿勢には気を許した様子はなく警戒心を溢れ出している。
 静馬はそんな態度が気になりながらも聞かれたことに答える。

「で、どこに行くのかな?」

「いや、そんな警戒しなくても良いじゃないかと……」

「ここのデータベースに存在してない人に警戒しない方がおかしいと思うのは私だけかな」

「データベース……」

 その言葉に驚いて零れた一言に返答するように女性は話始めるがその様子に気を抜いた様子は無く、相変わらずこっちを警戒しながら見ている。

「そっ、ここに所属している人のデータは全部登録されているから、登録されていないあなたは何者?」

「ただの編入生ですけど?」

 場所が場所だけに聞かされた内容に面倒事が起きそうな予感がする。
 だからといって疑いをそのままにしてもいい事はないので静馬は疑いを無くすために話すが悲しい事に言っている自分自身でも疑いが晴れるとは思えなかった。

「編入生? そんな報告は無かったはずよ」

「いや、そんな筈はないですよ。ちゃんと案内も送られてきているので」

 静馬は返ってきた言葉に内心はそうだろうなと思いながらどうにかして信じてもらおうと手に持った案内が見えるように目の前に差し出す。

「証拠がそれって事ね。まぁ、コピーを作るのは簡単だから証拠になるかっていうとそうでもないし、ここで悩むくらいならちょっと大人しく着いてきて貰う方が良いかな」

 そんな事を言いながら名案だと言わんばかりにうんうんと頷いている女性はどこから取り出したのか四角い物体を手に持ってこちらに向かって歩いてくる。
 が、明るく言われた言葉とは裏腹に近づいてくる女性の姿に静馬は徐々に緊張感が高まっていくのを感じた。
 女性の態度と手に持っている物から大人しく着いていくというのは文字通りの意味ではないのが確実なのはわかっている。
 一歩、また一歩と近寄ってくる女性の姿に緊張しつつも何か打開策は無いかと悩んでいると突然何処からともなく軽快な音楽が聞こえてきた。

「もう、なんなのよ!」

 女性はそんな事をぶつくさと言いながら胸元に手を差し込み、スマートデバイスを取り出して話始めた。ただ、その様子は時間が経つほどにしどろもどろになってく。

「えっ、ちょっと待ってよ」

 時よりこちらを見ながら話し続ける女性の姿に静馬は悪いとは思うものの助かったという安心感からため息を一つする。

「はぁ、わかりました」

 話が終わったようでそう言って女性は通話を終えるとデバイスを操作して何かを確認してから服の中にしまうと落ち込んだ様子を隠しもせずに俯き、ぶつぶつと聞き取れない何かを呟きながら静馬に近寄る。

「編入生の神居君ですね?」

 確認するように言われた言葉に頷きながら続く言葉に期待する静馬。
 様子からしてもう不法侵入者とか変質者に間違われるのは無いとはいえ、少し前までの事からもう同じような目に遭うのは嫌なんだろう。

「疑ったりしてごめんなさい。今の連絡であなたの事が編入生って確認できたの」

「えっと……」

「凄く恥ずかしいけど、書類の確認に時間がかかって編入日になってもデータベースの更新が出来てなかったみたいなの」

 頭を下げながらそう言った女性は自分の失態も有るからか頭を上げるとちょっと視線を逸らして少し頬を赤く染めながらそう言った。

「もう大丈夫なんですね?」

 確認するように聞く姿に女性は本当に申し訳ないと言わんばかりに頭をもう一度下げてから改めて静馬の顔を確認して言う。

「えぇ、本当に今回はごめんなさい。では、手続きの為に移動しましょう」

 静馬がその言葉に驚いていたら、女性は直に歩き出してしまったので追いかけながら問いかける。

「案内してもらえるんですか?」

「勘違いで迷惑をかけたし、そのお礼と思ってもらえればいいわ。あと、学長から話が有るらしくてそこまでは一緒にいる事になったの」

「えっ、どういう事ですか?」

 女性の唐突な言葉に驚いて立ち止まってしまった静馬だったが、女性が顔を少し振り向きながらも歩き続けている事から急いで追いかけて話を歩きながら聞き続ける。

「さぁ、私にもよくわからないのだけど、学長が一度会って話してみたいと言ったらしくてね」

「まぁ、手続きも話も直に終わると思うからその後はゆっくり休んで明日に備えてね」

 そう言われた静馬は「はい」と返事を返しながら歩き、ついでにと今まで聞きにくかった事を聞くことにした。

「はい。今更ですが、あなたは?」

「あら、そういえば言ってなかったわね。わたしはこの学院の1年のカリキュラムを基本的に戦闘技能の担当を受け持っている橘彩音たちばなあやねよ」

「度々、戦闘技能のカリキュラムでは顔を合わせると思うからよろしくね」

 気にしていない様子の女性――橘はそう言って教えてくれる。

「よろしくお願いします」

 少しの間互いに話す事が無くただただ無言で歩き続けるが、初めて来た場所だけあって静馬は周りの風景に直ぐ気を取られてしまう。

「それで神居君はどうして編入を?」

「あの、その……、元々入学する為に受験するつもりだったんですが、ちょうどその時期に養親が亡くなってしまったので……」

 急に話しかけられた事に驚いて立ち止まり、多少どもりながら答えた静馬の答えに一瞬の沈黙が訪れる。
 そして、その時の事を思い出してしまったのか静馬はつい俯いてしまう。

「高専を受験できなかったから普通の高校とかは目指そうとは思わなかったの?」

 重い空気をどうにかしたいのか橘が話しかけてくる。

「その、ずっと昔からエスペランサーになると決めていたんで、それにそんな俺に養親は喜んでくれてて……」

 何かを思い出して改めて誓うように静馬は相変わらず俯いたまま言う。

「だからこそ、編入試験を受験したんです」

「な、なら、しっかり勉強してエスペランサーにならないとね!」

 その声に静馬が顔を上げると一瞬、まずい事聞いたかしらと言わんばかりの顔が見えたような気がした。だが、直ぐに励まそうとする笑顔に変わったので気のせいだと思って返事した。

「そう、ですね……。折角、入学できた訳ですし、前向きに行かないとダメですよね」

 忘れるように頭を軽く数回振る静馬の姿を見ながらもばれない様にほっとしたように一つため息をしてから促すように歩き始める。
 そんな橘の様子に気が付かず、再び後を追うように歩き始めた静馬はだんだんと近づいてくる校舎に目を奪われた。
 少し前を歩いていた橘は静馬に振り返ってから咳を一つしてから一言告げる。

「神居静馬君、入学おめでとう」

 静馬はそんな橘の姿とその後ろに有る校舎に改めて一条高等専門学校に入学したことを実感した。
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