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恋、1歩手前

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「それでどんな夢を見るんだ?」

「猫が話しかけてくるの」

「はあ……なんて?」

「スニーカーだねって」


怪訝な顔をしながらも優しい同僚は私の話をじっくり聞いて、話を続けてくれる。

「なんだそれ?」

「いや、それが分からないんだよね。聞き返そうとしてもすぐ振り返ってどこかに行ってしまうから……」

ただそのシーンだけを繰り返し夢で見る。別に何があった訳でもなく、気になることと言えばそれくらい。

「なんだ深刻な話かと思ったけだそんなことか」

「だから何もないって言ったでしょ。不思議なだけで」

「ま、安心したよ」

そう言うととりあえず大丈夫と判断したのか同僚は私の肩を2度叩いて、有給でも使って長めに休みを取ってみたらと提案してきた。
ここ最近ぼーっとして見えたそうで、同僚がどうかしたのかと聞いてきたのだ。大雑把で男勝りだが優しい彼なりの配慮だろう。

何か悩んでいる訳でも無かったが、有給が溜まっていることは確かで、久しぶりに連休をとってもいいのかもしれない。
そう思った私は翌週末、有給を貰って新幹線で2時間ほどで行ける一泊の旅行に行くことにした。

食べることが好きな私は食事をメインでプランを組み、他は散歩しながらいい景色を眺められるようなまったりとしたスポットに赴いた。

調べておいたお店は少し混んでいたが、困るほど並ぶ訳でもなく評判通りの美味しい洋食でそれだけでも気分のいい時間だった。同時に心配をかけた同僚に申し訳なくなり、良いお土産を買わなければと心に誓う。

夕方になる頃、予約していたホテルに行く前に一つ寄りたいところがあった。今回の旅行を調べているときにたまたまホテルの近くにあると知った神社。寄り道をすればチェックイン時間にもちょうど良く足を運ぶことにする。

長めの石段を登った先にあるその神社は、有名ではないのだが大きくて管理もしっかりしているのか綺麗だった。そして少し面白いことは本来なら狛犬のある場所に猫が座っている事だ。
赤い鳥居の前に白と黒の猫。夢で猫を見たせいもありどうにも不思議さと何か縁を感じてしまう。

もちろん狛猫を撫でてみたところで何かが起きる訳でもない。わかっていた事なので参拝を済ませ、最後におみくじを引いてからホテルに戻ることにした。

一番上に猫のマークが入ったおみくじには細かな運勢のアドバイスのほかに、上に大きくこう書かれていた。

「時間を気にしないことが縁を結ぶ……」

スニーカーを見たら話しかけ、時間を気にしない。また不思議なお告げが増えたような気がして首を捻りながらも石階段降りていく。
夕日は今にも消えそうでほとんど暗闇近かった。




「あの神社に行ったんですか?良いですよねあそこ。狛猫、可愛かったでしょう」

食事終わりにホテルのスタッフと話していると先ほど行った神社の話になる、ホテルにとってはよく知る神社のようだった。

「あそこはね縁結びの神社なんです。だからそんなに有名じゃないけど女性には人気なんですよ」

確かに縁を結ぶとおみくじにも書いてあったので納得だ。ニコニコと私もよく行くんです、と言われ女性スタッフの彼女もまた何か結びたい縁があるのかもしれない。

「実は猫がよく夢に出てくるからあそこの神社を知った時に不思議な縁があるものだなぁと、だから寄ってみたんですよね」

「わあ!じゃあ呼ばれたのかもしれないですね」


私以上に喜んだ彼女は食器を下げ明日も楽しんでくださいねとその場を離れていった。
彼女の言う通り夢に出てきた猫があの神社にいく事を促しているのだとしたらあのおみくじにも意味があるのだろうか。神様とやらは私に何か縁を結びたいのかもしれない。あれこれ考えはすれど美味しいご飯の後に大浴場に行ってしまえば、歩き回った体は客室のベッドに潜った瞬間に眠りについてしまった。





朝になりスマホを覗くと同僚から旅行は楽しんでいるか、と優しいチャットが入っている。彼は同じチームで特に仲が良い。プライベートでも飲みにいくので気兼ねない相手である。
順調に楽しんでいる事とお土産を買うことを約束し朝食へ向かうと、それからはあっという間にチェックアウトの時間だ。エントランスで昨日の女性スタッフが声をかけてきた。

「おはようございます!よく眠られましたか?」

「はいおかげさまで。おせわになりました」

「是非またいらしてくださいね!あ、それから昨日言い忘れてしまったんですが、昨日の神社、縁結びのお守りが大人気なんです!よかったらぜひ!」

きっと彼女もそのお守りを持っているのだろう。愛嬌の良い笑顔に思わず頷いてしまった。
ホテルからも近いし、旅は地元の人間の言う通りに動いた方が楽しそうだ。

そうして私はまた昨日と同じ長い石階段を登り赤い鳥居と白黒猫の前に立っていた。昨日と変わりない風景だが一つ違っていたのは神主さんがいた事だ。私を見つけるとゆるりとお辞儀をされたので私もお辞儀を返した。そのまま神主さんの後ろにある社務所にお守りを買おうとするが人が居なかった。

「ああ、申し訳ありません。私がご用意します。どれに致しますか?」

「あ、えっと、縁結びのお守りを」

後ろからにこやかに神主さんがやってくると、縁結びのお守りを手に取り袋に入れて渡してくれる。お金を渡すと穏やかな笑顔でこう言われた。

「もし、夢を見て何か言われたのであればその通りにしてみると良いことがありますよ」

あまりにもその言葉が今の心情に的中していて驚いた私に動じることもなく、神主さんは話を続ける。

「よく夢を見て来られる方が多いようで、夢の通りにすると願いが叶うとか。私が言うのもなんですが不思議なものですよね」

「は、はぁ……」

「ああすみません。恋人ができた事や結婚など嬉しい事があったと報告して下さる方が多いので余計なお節介を……」

驚きつつも返事をしながら、お礼を言ってその場を後にする。歩きながらもやはり神主さんがああ言ったせいで余計に考えてしまうのは、恋人のワードが出てきた瞬間に同僚の顔がチラついだからだ。それが少し自分の中では意外だった。

考えながらもなんだかんだ今日予定していた観光地と美味しいご飯をしっかりと楽しみ、最後はお土産選びにと決めていたお店に足を運ぶ。

会社と家族に向けて数大めのものと、同僚用にひとつ。彼は甘いものが苦手なので名産のお酒にしてみた。少し重いが帰りはタクシーを使ってしまおう。早めに新幹線に乗り込み席に座りようやく一息ついた。歩き回って疲れたのか足の重みを感じる。

簡易テーブルを引き出し買っておいた飲み物を飲んで休んでいるうちに新幹線はついに走り出した。短めのあっという間の旅行でも帰り道は寂しいものだ。


結局、おみくじの時間を気にしない、という言葉の意味もスニーカーの意味も分からなかった。おみくじとお守りを取り出してテーブルの上にあらためて並べてみる。可愛らしい猫の模様のあるお守りはいかにも縁結びらしい見た目をしていた。

単純に時間はまったりしろとか、そう言った意味なのかもしれないし。たかだかおみくじを深読みまでしなくてもいいだろう。こう言うのはふとした時に思い出せればそれで良いのだ。

気分を変えてスマホを取り出し旅の思い出に浸ることにする。美味しいご飯の写真や景色、私の腕では見たままのような感動的写真はなくてもみるだけで楽しいものだ。
ただ一人旅の寂しいところはこの楽しさの共有が出来ない事。まだ帰りたくないような気分になった時に少し飲んで帰るような事がすぐにできないのもまたもどかしい。

そう思った瞬間また同僚の顔が浮かぶものだから困ったものだ。
新幹線で景色を楽しみながら写真を見返しているだけでも2時間なんてあっという間に経ってしまいついにホームに降り立った私はおみくじとお守りをポケットに入れスマホを睨んでいた。

この時間、彼は仕事だろうか、早ければ上がっているが残業していたら申し訳ない。だがお土産もある、こんな時に話したくなる人は同僚しか今は思いつかない。不思議と旅行中に同僚の顔を思い浮かべる事が多かったからだ。いや、本当にそれだけだろうか。

都合の良い顔をしたおみくじの言葉を脳内で思い出す。



【時間を気にしない事が縁を結ぶ】



なんだか、面白くなった私は電話をかけることにした。数コールもせずに同僚が出る。


「おう、旅行帰りか?お前が遊んでる間に仕事を終えたところだよ」

少し嫌味を混ぜるのも彼らしい。いつも通りの声に私は彼を飲みに誘うと、もちろんいいよと良い返事。時間を決めるとどうやら近くまで迎えに来てくれるらしい。
そして最後に一つ確かめなければならない事があった。


「あ、ところで今日の靴って何履いてる?」

「え?スニーカーだけど……」


その答えを聞いて私は思わず吹き出してしまう。
神様のお告げがこれであっているかはわからないけれど、存外気分が良いのでこれもまた良い縁という事だろう。
同僚にお前の土産話を聞いてやると言われたが神社のことは省いておいた。いつか話すタイミングが来たら教えてあげたいものだ。






おしまい
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