欠落した世界を、君と生きる

木下美月

文字の大きさ
5 / 26
一章 失くしたモノ

しおりを挟む
「そうか」

 約束の今日、これからカフェバーメロディに行く事を伝えた僕に、アールはそう答えた。

「そうか」

 反復したのは苛立ちを見せる為だ。

「アールは僕の全てが気に入らないわけ?それとも誰かが作ったその知能は気の利いた事も言えないお馬鹿さんなの?」

「ユキが重大な決心をした事は理解している。それに対して私は口出しできる立場ではない。故に簡素な返事をした事、謝罪する」

「謝罪する」

 僕はまた反復した。けど、その後は何も言わなかった。しょうがない。アールにとっての問題は僕が怒っていることなのだから。僕が何かを言うたびにアールは僕の気に障る事を言う。僕とアールが対極する場所にいる所為だ。しょうがない。人間とロボットだから。

「まあいい、行くぞ」

 今日行うライブでは、僕は一切入場料を貰わない。金の為にやるのは音楽じゃない。
 アコースティックギターとステージに登るのは初めてだ。しかしこれからの場に相応しい曲なら幾つかもっている。勿論、僕が書いたものだ。
 先週は乱暴に踏み鳴らした階段だけど、今日は軽い足取りでステップを踏む。ギターを持っていても、筋肉の動きを補助する“パワードスーツ”のお陰で、不便は感じない。
 アールは人間よりも明らかに重たい体を、人間と遜色なく動かして僕について来る。

「こんばんは。本日はよろしくお願いします」

「ああ、こんばんは。楽しみにしていたよ。後ろの彼は、人型ロボかい?」

「そうだ。微力ながら会場準備は手伝わせて貰う」

「へえ、珍しいなぁ……助かるよ、宜しく頼む」

 店主のミカミさんは背の高いアールに椅子を運ばせる。それを眺めながら僕は予行練習をする。
 ステージに上がり、椅子にかける。トークはない。ただ、曲を聴いてほしい。それが僕の願いで、僅か十分弱を予定している。
 その為に動いてくれたミカミさんには幾ら感謝しても足りない。一体今の時代に彼の様な人間がどれくらいいるだろうか。
 ピアノ奏者は雇わなかった為、正真正銘の弾き語りになる。少しの緊張感を抱きつつ、僕はステージの袖に控える。間も無く店の扉が開かれる。

「深刻な表情をしているね。どんなヘマをしたとしても生きていけるんだから、気を楽に」

 なんて無責任な言葉だろうと思ったけど、ミカミさんに責任があるわけないから、当然だろう。
 そう、僕は夢を見る事を辞めるだけなんだ。
 現実を見ろって、両親が遺したアールも言ってるし、その方が気楽に生きられる。
 今日はその為の儀式を行うだけだ。
 軈て客が入って来る。平日の夜だから満席になる事は決してないが、娯楽を求めた人々の暇潰しになるこの店は、人気が高い様で。

「さて、本日は当店初のアーティスト、ユキにいらして頂きました。では宜しくお願いします」

 場を盛り上げようとしない簡単な紹介は、後のことを僕に任せる意思が感じられるが、僕も盛り上がるつもりはない。
 ステージに上がる。
 お前たちには悪いけど、今日の娯楽は楽しめないだろう。
 今夜は僕の自己満足で歌わせて貰う。
 仕方がないじゃないか。
 誰にも響かないんだ。
 僕の歌は。
 僕は中途半端だから。
 コンピュータ頼りのお前らを揶揄しながら、
 自分も最先端の技術を採用している。
 そのくせ音楽にだけは拘って。
 無様だろう?
 笑いたきゃ笑えばいい。
 僕はいつまでも夢を見ていたんだ。
 音楽は心に響くって。
 でも、心を無くしたお前達には、
 何も感じられないだろう。
 そして僕を嘲るんだ。
 アイツは実力がないって。
 違う。
 僕の歌を理解出来ない、
 お前達に実力が無いんだ。
 それがわからない奴らに向けて歌うのは、
 もう散々だ。
 これで終わる僕の夢。
 幻想は美しかったけど、
 幻想で腹は満たされない。
 サヨナラ子供の僕。
 これからは現実に生きる、
 大人の僕になるんだ。

「ありがとうございました」

 感謝を意味するこの挨拶は何に対して行われているのか。
 自分でも判断がつかないまま、僕はステージを降りる。無駄な言葉はない。何もかも不要だ。全部終わり。
 そう思っていたのに。

「ユキ?初めまして、素晴らしい歌をありがとう。俺はシュウだ」

 これが、彼との出会いだった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】 佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。 新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。 「せめて回復魔法とかが良かった……」 戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。 「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」 家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。 「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」 そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。 絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。 これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...