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二章 暴かれてゆく
逆鱗
しおりを挟む身を寄せ合っていた二人はそっと離れる。
サイは刀を持ち、既に臨戦態勢。地を揺らして着陸した竜を、じっと見据えている。
そんなサイを見たクラリスは何度も迷った末に、漸く口を開いた。
「漆黒竜ヴァニファール。レベル九。数年前人族の一国を騒がせた天災級の魔物。十を超える熟練冒険者パーティが集まってなんとか撃退出来たけど、その被害は……」
「わかった」
サイはいつもの様に、短く返事をしてから走り出した。
漆黒竜とサイはクラリスの心配も他所に睨み合っている。まるで長年敵対していた者同士が初めて出会ったかのように。
しかし格が違いすぎる。
クラリスはサイが何をするつもりか皆目見当も付かなかった。まさか倒すつもりではないだろう。
何せ自分ですら撃退できるかわからないのだから。
一方、竜の目を睨みつけていたサイだが、その目の前に跳躍するような事はせず、白い腹の下に潜り込んだ。背中側には見るからに硬そうな漆黒の鱗が並んでいるのだ、攻撃なんて通るわけないだろうとサイは判断した。
両手で持った刀を上段に振りかぶり、刃に炎を纏って斬り付ける。
(硬い! 腹ですらこの硬さか)
サイの刀は竜の腹肉に弾かれ、浅く傷付けるしか出来ない。
鱗に覆われてない肌ですら、オーガよりも硬い。攻撃手段が考え付かない。
「――――――――!」
竜の雄叫び。
この程度の傷を付けられて怒ったのだとしたら、心が狭すぎる。
そんな事を考えているうちに、膨大な風圧がサイを襲う。
竜が翼をはためかせて飛んだのだ。そして顔を真下にいるサイに向ける。
竜の開いた口に炎が集まるのを見て、サイは竜が起こした風を利用して後方に飛び退いた。
直後、サイが立っていた場所が爆発を起こす。
竜のブレスだ。
口から放たれた火球が高速で地面に衝突した。
サイは破壊の炎を見ながら考える。竜の討伐方法を。
胴体だけで二階建ての一軒家と同じくらい大きな竜だ、その口から入って体内を攻撃すれば倒せるだろうか。いや、あんなに凶悪なブレスが口から出る事を考えれば、入った瞬間即死だろう。
でも体内を攻撃するのはいいかもしれない。口に氷でも突っ込むか。
サイが決定を下すと同時に、クラリスは跳躍していた。
土魔法で空中に足場を作り、空にいる竜に迫る。
竜は顔の目の前に躍り出たクラリスに、当然の様にブレスを放つ。
だが、それはクラリスが誘った攻撃。
来ることを予想していたクラリスは瞬時に風魔法で自分を飛ばし、容易く避ける。
避けた先は竜の身体の下。飛びながら刀を上に向ければ、竜の白い胸から腹にかけてを鮮血を飛ばしながら傷付ける。サイの攻撃よりも深く入っている。
「――――――――!」
竜の更なる怒り。
耳障りな雄叫びを側で聞いたクラリスは顔を顰めるが、聴覚を遮断した少年は絶好の機会だと、叫ぶ竜の顔前に跳躍した。
「くたばれ……氷槍!」
珍しく詠唱までして放った魔法は竜の口から入り、その喉を内側から外側に向けて貫通した。
通じた、とサイは満足するが、クラリスは悲痛な表情で何かを叫んでいる。
(なんだ?)
ふと竜の喉元を見ると、滴る血に混じって何かが落ちた。美しい宝石のように煌めいた漆黒色は、一枚の竜の鱗だった。
そういえば、とサイは思い出す。
“逆鱗に触れる”ということわざがある。
竜の顎の下に一枚だけ逆さに生える鱗があって、それに触れると竜は怒るとか。
本当にあるんだな。サイは感心する。逆鱗を抉られた竜は激怒かな?
竜の咆哮が耳障りで聴覚を遮断したままのサイ。
周囲の音に気付けない。
おまけに、危機察知能力が極めて低い。
だから竜が本当に激怒するまで、その膨大な魔力に気が付かなかった。
「―――――――――――――!」
何が起こったのかわからなかった。
気が付いたら自分の身体は激しく飛ばされて、地面を高速で引き摺られるように転がり、幾つもの瓦礫を突き破り、分厚いコンクリートに叩きつけられてやっと止まる。
状況を理解しようと、聴覚を戻し、目を開く。
「――サイ!」
しかし最後に聞こえたのは何の役にも立たないクラリスの悲鳴だけだった。
火球は既にサイの視界を埋め尽くしていた。
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