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三章 白日の下に晒されて
不自然な父子
しおりを挟む畑中純にとって、美城拓魔は遥か格上の天才だった。
それは研修医の純と外科医長の拓魔の地位の差だけがそう思わせているのではなく、人間の基本的能力、知力や魅力、合理的な判断力がそう感じさせていた。
また、近頃では二年間の初期研修を終えて外科の分野に多く携わる様になり、その分美城拓魔に従事する事が増えた。その度に感じさせられるのが、彼の仕事の手腕だ。
様々な状況でも臨機応変に対応する柔軟性、重大な責任がのし掛かる仕事でもおそれは愚か、緊張すらしない精神力、また、患者に対する説明の簡潔さや、手術に携わるメンバーへの適切な指示能力は極めて高かった。端的に言えば、人を操ることに長けていた。
そんな才能の塊である美城拓魔だが、畑中純は彼を尊敬こそすれど、彼の様になりたいとは思わなかった。
それは彼の人格に原因があった。
まず第一に、仕事以外で(一部の女性を除いて)他者と関わる事が全くない。少なくとも純が拓魔に職務以外の質問に答えて貰った事は、一度もなかった。彼は自分の話もしなければ、純やその他の人間に興味を持つ事も無かった。拓魔は自分が居る高い所から全てを見下す様に、自分よりも下の人間は駒としか見ていなかったのだ。
第二の理由は、いつも彼を取り巻く怪しい噂だ。受付の若い女性のマンションに寝泊りしてるとか、看護師の女性とホテルに入る所を目撃したなど。それが事実かは純には分からなかったが、火のない所に煙は立たない。都合の良い関係を築いたり壊したりしているのだろうと想像がつく。なにより、そんな噂が回っているということは美城拓魔は周囲の人間に好かれてはいないとも言える。
以上の理由から、純は拓魔の事を冷徹な天才外科医と(心の中で)呼んでいる。
仕事においては間違いなく天才であったのだが、それ以外の人間関係は自らの欲望に合った関係しか築かず、自らにとって価値のない者は受け付けないのだから冷徹という言葉はこの上無い程最適だった――
――だからこそ、今、畑中純は戸惑っている。
「え、えっと、もう一度言ってくれるかな?」
この壊れた世界を歩いてやってきた少年の言葉に、自分の耳を疑った。
「ですから、僕は父の美城拓魔に会うためにここに来たんです。子が父に会う事になんの疑問があるんですか?」
まさか、あの冷徹な外科医に子供がいたとは。彼は結婚指輪をしていただろうか。しない主義か、或いは離婚か? そもそもあの冷たい人間に育児が出来るのか? しかしこの少年は礼儀正しく知性も高そうだ。本当に彼の子か?
純は首を振ってあらゆる疑問を捨て去り、左腕を失っている少年にはにかんだ。
「すまないね、少し驚いてしまって。直ぐに案内するよ。君のお父さんは本当に凄い人だよ」
門を閉めた病院の駐車場で魔物が入ってこないように見張っていた純は、同じく見張り当番だった同僚にこの場を任せ(彼も美城拓魔の息子に驚いていた)少年を連れて病院内に入って行った。
「父は元気なんですね?」
過酷な世界を歩いてやって来た少年に不安げな表情で問われると、純は憐みから何でも話してしまった。
「うん。そして君のお父さんのお陰で沢山の人が元気でいられているんだよ。今ではこの病院内をまとめ上げてるのは拓魔先生なんだ」
「よかった。でも父は外科医長でも、病院内にはもっと偉い役職の人がいたでしょう? どうして父が仕切ることに?」
「よく知ってるね」純は目を丸くした。
「偉い人は大抵お年寄りだ。彼らは世界の改変について行けずに皆死んでしまったよ」
「世界の改変について行けず……? どういう事ですか?」
「そうか、君の周りにはご老人や幼子がいなかったからわからなかったのか……話すと長くなるからお父さんに聞くと良いよ。もう直ぐ五階の手術室だ、今日はそこにいるよ」
純が歩きながら現在登っている階段の上を指差した。だが、少年は四階で立ち止まり、首を振った。
「いや、先にその話を聞かせてください」
純は再び戸惑った。父に会いに来たのに、それよりも先に別の話を聞かせて欲しいなんて。親子の仲は良くないのか? やっぱり実の親子ではないのだろうか。
ともかく、純は立ち止まった少年に付き合う事にした。
「あ、あぁ。君が何をどこまで知ってるかはひとまず置いといて、一応簡単に説明するよ」
親子の再会を邪魔しない為に純は手短に纏めた。
「数日前の地震と同時に世界が変わったのは皆が知る事だろう。魔物が溢れ、それを倒せば魔力を手に入れる。そう、世界には魔力が生まれたんだ。だけど突然狂い始めた世界の環境に、躰が適応出来ない人たちがいた。それが入院中の患者さんや、高齢のお偉いさんだったり、未成熟な赤ちゃんだったり。生命活動力の弱い人は、世界が変わってから僅か二日以内で皆んな亡くなってしまったよ」
「同時に死んだのではなく、死亡時間には個人差があったんですね? 死因は? 誰が環境に適応出来ないから死んだと言ったのですか?」
純はやけに食いついてくるな、と思いながら一つずつ答えて行った。
「そうだよ。変死だった。皆、体の内側に入り込んだ毒を掻き毟るような格好で死んでいた。つまり魔力は彼らにとって毒だったんだ。これらを発見したのは全て拓魔先生だよ。現在彼よりも地位が高い人はいないし、彼よりも知能が優れている人もいない。だから拓魔先生の言う事は皆が信用したし、事実間違っていないんじゃないかな? また、彼の指示は的確で、この病院の防衛も全て拓魔先生が考えた通りに行っている。それでいて恐れを知らずに自ら魔物と立ち向かい、その魔物を持ち帰って研究しているのだから、この病院は拓魔先生無しではやっていけないよ。本当に君のお父さんは素晴らしい人だ」
純の言う通り、世界が変わってから、美城拓魔は皆に尊敬される絶対的リーダーとなった。
今までは人から好かれない人物だったが、元から能力は高かったのだ。この危険な世界で拓魔の様な恐れ知らずのリーダーは心強い。
それに元々外科医として、人を救う仕事をしていたのだ。彼はこの世界でも今生きている人を救う為に、最適な選択を重ねている。安心して全ての決定を委ねられるというものだ。
「そうですか。ありがとうございます」
少年は自分の父の偉業を聞いても、対して感心した風ではなく、当然の様に受け入れていた。
純はやっぱり普通ではないな、と思いながらも、再び階段を登って手術室の扉を強めにノックした。
「拓魔先生、息子さんが来ました!」
暫く沈黙があり、純がもう一度ノックをしようとした時、扉が開いた。中から出て来たのは、いつもの紺の手術着を着た美城拓魔だ。
「……」
少年と拓魔は無言で見つめ合った。
純はこの異様な関係に何を言うでもなく黙っていたが、直後の拓魔の言葉には驚愕した。
「腕か」
腕か。
どういう意味だ?
少年には左腕が無い。まさか、それが会いに来た理由かって事を聞いているのか?
「うん」
うん。
これまた純は驚愕した。うんだって?
この二人は異常だ。
父と子の再会などでは無い。少年は腕を治して貰うためにここに来て、父もそれを一目で見抜いたのだ。
二人の間に、愛情なんてない。
会いたいから会う。心配だから共に居る。そんな感情は微塵も無い。
やはり冷徹とは言い得ていたな。
そしてこの子はちゃんと美城拓魔の子だ。この冷徹な少年は。
「畑中、戻りなさい」
純が彼らの関係に口を出す事なんて絶対に無い。
他人の問題に首を突っ込むより自分の仕事を全うしろというのは、今までの拓魔の態度からよく学ばせて貰った事だ。
「はい」
だから純は大人しく見張り当番に戻った。
彼らがどんな関係だったとしても、どんな人間だったとしても、あの少年は自分達に危害を加えるわけでもないし、拓魔先生はこの病院を守る為に尽力してくれている。
それでいいじゃないか。
純はいつの間にか拓魔に似てきた思考方法で、たちまち彼らへの興味を失った。
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