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ジェット

2.竜の存在した世界

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学園の箱庭で初めて竜を見た時の恐怖…そして、何物にも嫌悪しがたい興奮。
 
 僕が初めてこの世界で竜を目にしたのは、学園に入って直ぐのことだった。ジェットに居るはずのない生物…竜がロビアン学園の美しく広い秘密の庭を襲って、火の海にしてしまったのだ。
 その時、一人の教授が爆炎魔法をその竜に向け放たなければどうなっていたかと思うと、今でも足が震えてくる。…それも恐怖なのか興奮からなのか僕には分からない。その時の竜は、爆発に驚き秘密の庭から飛び去って逃げて行ってしまった。
 そして、その教授が使った魔法も今では使えなくなってしまった特別な魔法だろう。


 次に竜を見たのは、ジェットの王城から…前王からホタルと共に逃げ出そうとしていた時だった。二匹の竜がベランダの外に、その大きな翼を羽ばたかせて、こちらをじっと覗いていた。鱗が室内の灯りに反射してキラキラと小さく宝石のように美しく輝いて見えた。
 そんな竜の姿に息を呑んで魅入ってしまった時、グラジオラス王が豪華な部屋に入ってきて驚いたけど…結果的にグラジオラス王は僕とホタル、そしてホタルを二匹の竜に乗って助けに来たハレンさんとサージュさんを見逃し逃してくれた。

 僕もそれに便乗してサージュさんの乗る竜の後ろに乗らせてもらった。

秘密の庭を一瞬にして焼け野原にした竜の…あの恐ろしい竜と同じ竜である背中に乗っていることに僕は、内心大はしゃぎした。
 現実では、もう会えなくなるかもしれないグラジオラスを目の前にシリアスな雰囲気を漂わせながらね。でも、全部本当だから仕方がないし、あの時した会話も嘘じゃない。
それに、あの一時の別れだって最後じゃないって信じてたし…それも嘘にならなかったから結果オーライ!

 その後、直ぐにあの6年前の終末戦争の中心になる場所に向かうことになったんだけどね。それはホタルのお兄さんを救うための…ゲーム世界では悪役だったルリ・ルーベンスを止めるためのハレンさんの決死の行動だった。
 港町についた時、少し雲の下に出て港町の様子を伺ったハレンさんに離脱しろって言われた時はヒヤッとしたけど、直ぐにサージュさんと揉めてくれたから僕も戦場に行きたいと発言できた。
 もちろん、そんな危ないところに行きたいなんて、これっぽっちも思ってもなかった。だって、それは命を捨てる行為だ。それでも、僕が行きたいと言ったのは少しでも竜の背中に乗っていたかったからだ。あの時の僕の脳内は打算だらけだった。

 僕の乗った竜の背中は硬い鱗に覆われてる割に、思ったより柔らかかった。…あちらの世界(日本)で飼ってた蛇と同じ感触だった。きっと、外からの攻撃や刺激には強く反応して鱗がその部分だけ固くなるんだ。それは、飛んでる時に少しノックするように背中を叩いててわかった。


 そして、そんな事をしている中で数刻雲の中を飛んで終末戦争の中心に到着する。そこで、僕は竜の大群と空に浮く何千の箱舟…海に浮かぶ船と、水面から長い首を出した竜たちを見ることになった。
 それは本当に、僕が異世界に来てしまったと強制的に理解させられる…そんな余りにも幻想的かつ今までの記憶の全てをふっ飛ばすような、圧巻の光景を僕の瞳に魅せてくれた。

僕は、その戦場で竜たちの歌声と奇跡を目にした。6年の歳月が流れた今も、昨日の事のように瞼の裏にその光景が焼き付いて離れない。






そして、僕は今からあの日いっせいにこの世界から姿を隠してしまった竜を探しに行く_。





 最終車両から見えるこの世界の空の青が美しい。大きな月が昼間なのに見えている。その白っぽい月は僕が出てきた王城の裏に被さるようにして姿を人々に見せている。


 この世界は僕の知っているゲームの世界とは全く違う。本当に僕はこの世界をプレイヤーとしてゲームを通じて画面の先で見ていたのだろうか?転移した時、王城の兵士たちにスマホを武器で壊されてしまったので今となっては確認すら出来ない。


ここは異世界…何が起こっても可笑しくない、僕の常識なんて通じない世界。ジェットにいれば自由は少なくても安全な生活は保証されていた。

それでも、僕はこの世界を旅したいと思った。

絶対に元の世界に帰る前に竜たちを探し出してもう一度…美しくも何処か残酷さを持った竜たちをこの目に焼き付けたいのだ。



この世界で語られる竜は様々だ。だから何が正解かなんて分からない。ただ、竜のどの資料やお伽噺のあとがきにも一つだけ同じ言葉が綴られている。


_______竜は古の記憶を受け継ぐ生き物。



僕はこの言葉には意味が隠されてると思っている。



そして、各国の竜のお伽噺の中、フューデス国の竜と青年のお伽噺には、竜の誕生秘話が絵とともに描かれていた。



__________古に竜は生れた。

竜は自然に同化していた。

それは本当に生きていたのか?

否、生きていたし生きていなかった。

古に一人の青年が竜達に命の理を与えた。

それは闇の魔法だった。

青年は許されざる罪を犯した。

青年は何を世界に差し出す。

青年は竜に命を差し出した。

今も竜たちは待っている__________




 僕が今から向かおうとしている国、フューデスは竜の始まりの地とされている島国だ。


ここに書かれている"闇の魔法"とは、6年前の終末戦争でこの世界から消えてしまった特殊魔法の隠語だ。

僕も最近、特殊魔法が闇の魔法と言われていることに気づいた。6年前に僕が使えた魔法の一つ…癒やし魔法もそれにあたったらしい。

僕には、まだ、この世界の事でわからないことだらけだ。だから、旅をしながらでも世界について…竜についても知れたら良いなと思ってる。




「__________…あ、そろそろ汽車の中に入んないと」

(…車掌が切符を確認しに来るかもしれないもんな。…駅内に切符見せる場所なかったし、乗る時も…あったかもしれないけど、急いでたからなぁ…どうしよ、だとしたら無線乗車だな。切符は鞄に入ってるらしいけど…大丈夫かな?…まぁ、今までも何とかなったし、大丈夫だよね)


 僕はグラジオラス王から渡された、日本の大きめの財布の大きさとそこまで変わらない旅鞄を片手に汽車扉を開け汽車内に入っていく。
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