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ジェット
7.紡ぐ
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僕は港町を見回して驚く。
隣には語り部に称賛の拍手を贈るヤード先輩の存在が。前を向けば先程と打って変わって笑顔の語り部達がこちらに手をふっていた。
(……………戻ってきたっぽい?)
そして、先程の語り部と一緒に見ていた世界よりも港町は様々な音で活気が溢れていた。そのせいで、先程の世界が冷たいものに感じれた。良くも悪くも僕が先程まで見ていた世界は美しく、それでいて人を拒んでいるようだった。
音が溢れ、温かい人の声がそこかしこから聴こえてくるこの港町テノールとは似ても似つかない。町から聴こえてくる音色の暖かさが今はよく分かる。
僕はテノールに戻ってこれた事に少しの間ホッとしていた。そんな僕にティシャが声をかけてくる。
「どうだったかしら?…途中から貴方が瞬きもせずに舞台に魅入ってて私は面白かったわよ」
「舞台??」
ティシャにそう言われて気づく。最初は何も無かった語り部たちの居た場所に大きな劇場が出来ていた。そして、先程の語り部と同じ民族衣装を着ている人が増えていた。真ん中でこちらに手を振っている老婆と、その隣の青年は分かる。だけど、他の語り部には見覚えが無かった。
「________皆様、ありがとうございました! 皆様の中にはこれから箱舟でフューデスに向かうお客様も居るでしょう。ぜひ、私達の語った話を思い出して観光してみてください」
語り部たちの話も聞き終わった僕達はフューデス行きの船に向かう。
「凄いよ! あんなにもテノールが付与魔法に特化してたなんて驚きだな。そもそも特殊魔法消失で損害はこの港町も膨大だったはずなのに、それを感じさせない工夫に痺れそうだ!!」
「古のテノールにはフューデスから渡ってきた技師たちも多かった話を母や父から聞きました…その技師たちの技術が今も根付いてる証拠ですね」
「あら、テノールもフューデスには負けてないわよ? 楽器の事なら古から世界一なんですもの…_」
「「「伝説(よ)」」」
僕以外の三人が声を合わせて笑った。
三人から聞く語られた御伽噺の内容は僕の聞いた内容とは全然違った。
(もしかして、僕だけ皆と観ていた内容違う?…………………じゃあ、あの青年は…)
思い返してみると、先程の語り部たちをまとめていた青年に似ていたが…それでも青年の瞳や髪色は違っていた。
では、何処から僕は皆と違う御伽噺を聞いたのか。
「舞台ができた瞬間が圧倒的だった…あの波で俺たちの目線を誘導して、その隙に舞台を収納カバンから出していたんだろうな」
ヤード先輩の言葉で確信する。語り部が出したあの波に目を瞑った瞬間が皆と僕が切り離された時だと。他にも3人は、語り部の舞台について僕に面白い話をした。
「私、最後に竜の影を見た気がしたの…あれも魔法なのかしら?」
ティシャの話に、僕はとある伝承を思い出した。それは慌ただしかったおかげで、今まで忘れていた事だった。
「…竜の影…………凄いじゃないか!! 本物かもしれないよ! 竜は御伽噺が大好きだから、御伽噺を話していれば姿を表すって伝承があるくらいだし」
「ヒガシ、いくらなんでも盲目すぎだよ? 6年も姿を表さない竜たちが今更、人間の語る御伽噺を聞きに影を見せる失態なんて犯すかな? 竜が生きてることは俺も信じてる。だけど、あの魔法生物たちは俺ら人間には(今は)使えない特別な魔法を使うからね」
「…竜って特別な魔法使うんですか!?」
「はは、もしかして王子たちにでも情報制限されてた?」
「それ、ありえます」
「王子たちは相変わらず番を囲ってるんだね…その番の友人すら手綱を握られてるとかある種の狂気だよ」
ヤード先輩の言葉にイドガ先輩の表情が強張り、ヤード先輩を叱るような低い声でイドガ先輩は言葉を発した。
「…ヤード、殿下たちの事を悪く伝えない。それを知られて首が閉まるのはヤード自身なんだぞ」
そんな言葉に素知らぬ顔でヤード先輩は気の抜ける返事を返した。
「はいはい~…まぁいいよ、俺は俺でやらせてもらうし。俺は新しい魔法付与さえ増やしていければ万々歳だよ。そして、今ある付与魔法も後世まで伝え残していく。グラジオラス王、万々歳!! ジェットに栄光あれ!」
そんなこんなで、僕達はいつの間にか船に着いていた。
「じゃあ、私はここまでね。短い間だったけど貴方達と町を回れて楽しかったわ」
「こちらこそ! またラタルシュの付き添いでこのテノールに来ることになると思うけど、その時は一緒にお酒でも飲もうね?」
ヤード先輩はティシャの手をとって、その手にキスをした。
「…少女に飲酒を勧めるな。………お嬢さん、また何処かでお会いましょう。ですが、その時は貴方が分からないかもしれません。きっと、今より美しくなっているだろうから」
イドガ先輩もティシャの手にキスを贈る。
そして、イドガ先輩の言葉にティシャではなく傍から聞いていた僕が恥ずかしさに赤面した。ティシャは軽く受け流していた。
「あら、私だと気づいてくださらない紳士様なのね? 嫌よ、ちゃんと貴方から私に声をかけてくださらないと。私も必ず声をかけるわ…今度は父の付き添いで私が貴方達に会いに行くかもしれないのだから」
「はは、ラタルシュの負けだね」
「………………何処から勝負になってたんだ。あと、なんの勝負だ」
ティシャの言葉にヤード先輩が笑う。イドガ先輩は少し困っていた。それでも、新たな出合いに嬉しそうだった。
僕達はこれからフューデスに向かう。だから、ティシャともここでお別れになる。それでも、それは次の出合いで「初めまして」の言葉から「また、お会いしましたね」に変わるだけだ。そう、これは決して最後の別れじゃない。
ティシャが僕に向かって微笑む。
「ねぇ、最後に貴方の名前を私に教えてくださらないかしら」
「最後じゃないよ」
「あら、ちゃんと教えに来てくださるってことかしら?」
「そういう事。それに、コートのツケもあるしね」
「ふふ、義理堅い人なのね」
僕は咳払いして、ティシャの目を真っ直ぐ見る。そして、僕の名前をティシャに教えた。
「僕はヒガシ……ナナセ・ヒガシ」
「ナナセ・ヒガシ様………………では、ヒガシ様、貴方がまた音楽の港町テノールに訪れることを心より楽しみにお待ちしていますわ」
ティシャがこちらに手を差し出してくる。
「?」
「ヒガシ、立派なレディに恥をかかせるなよ~」
「…ヒガシ様、手の甲に軽くキスを送るのが"またお会いしたい"という意味が込められた了承ある男女の別れの定番挨拶なのです(貴族では…)」
イドガ先輩がそう僕に耳打ちしてくれる。
僕はなるほど?と思いティシャの手に軽くキスを贈った。
「もし、真相を掴めなくても…旅の話は聞かせに来なさいよ? 私はいつまでも待ってるわよ」
「ああ!」
面倒な少女に捕まったと最初は思っていたけど、僕も何だかんだティシャとテノールを見て回るのが楽しかった。僕の旅の話がそのお礼になる気がするから、僕はまたこの港町に…ジェットに帰ってこようと思えた。
それに、僕は竜のことばかり気にしてジェットを見ていなかった。ジェットも立派な異世界都市だったのに…
(世界を旅したらジェットを旅するのも良いかもしれない)
今はちょうど、戦争の起こらない平和な世界になっている。平和な旅には持って来いだろう。
別れの挨拶も終えティシャに見守られる中、空で停泊している大きい箱舟の周りを旋回していた小舟がゆっくりと地上に降りてくる。
その小舟には人が二人乗っていた。箱舟から降りてきたと思われる乗客を降ろし、その小舟を操作していると思われる従業員がこちらに気づく。
「______貴方がたは浮船でフューデスに?」
「はっ…「ああ、グラジオラス王からの招待状もあるんだけど…連絡行ってないかな?」」
僕の声を遮ってヤード先輩がウキウキ顔で従業員にいった。しかも、あの顔は何かを企んでいる時の顔だ。イドガ先輩は僕に申し訳無さそうに耳元で謝ってきた。
「…申し訳ございません。少しの間ヒガシ様の護衛をジェットの王族の一人であるタイラン王子から命じられています…護衛と言ってもフューデスに行き旅立つまでの間ですので…本当に申し訳ございません」
その言葉を呟かれた時の僕の顔は、苦虫を噛んだ時の顔と一致していた。
「それは、とんだ失礼を働きましたこと申し訳ございません!………誠に申し上げにくいことなのですが、間違いがないか私に招待状も拝謁させては頂けないでしょうか?」
「わかったよ~…ヒガシ、ほら見せてあげで」
「…………………招待状というか切符らしきものなんですけど…あの、これでも大丈夫で「大丈夫、大丈夫、なんでもいいって」」
ヤード先輩の煩い声が飛んで来る。そんなヤード先輩に白目を向けてると、またもやイドガ先輩の言葉が耳元に聞こえて来た。
「すみません…ヤードは護衛の件を知りません。なので、これもヤードの独壇場です。…こうならなければ私がヒガシ様に何も言うことは無かったのですが」
「つまり、僕が切符を持ってることに勘づいて…それに便乗してヤード先輩だけはタダでフューデスに行こうと動いてると??あってます?」
僕の静かに耳打ちした言葉にイドガ先輩は頷いた。その顔はさっきの僕の苦虫を潰した顔と瓜二つだった。
(苦労してるんだな…)
そして、僕は従業員に切符を見せながらフとあることを考えてしまった。
(……………もしかして、ヤード先輩も王子たち誰かのうちの監視対象者?…だからイドガ先輩は連れてこなくてもいいヤード先輩を連れてきた。……それにヤード先輩は学園でも新しい魔法付与を作り出していた。そんな先輩の才能を埋もれさせないために好きに行動させている?…はは、考えすぎかな)
でも、僕は直ぐにその考えを捨てた。僕が、今一番に考えるべきことは先輩の事では無い。
僕が気になってることはやっぱりティシャの言った竜の影の事だった。
万年前の古の出来事すら、今もこうして人々に御伽噺として大切に語り継がれている。僕は銀髪の青年の言葉を思い出す。
『_______竜は古の記憶を受け継ぐ生き物。…古の出来事を追求なさるのなら竜に問え。御伽噺は竜の記した愛が隠されている…それは、人間の記した御伽噺の数々の中に隠されている』
あの時は、そのまま竜に聞くのかと思った。でも、今はその地域で行われる御伽の語りを聞けということだと思っている。何故かは分からない…ただ、あの時の語り部の舞う姿が僕には竜に投影できた。
ここは異世界。僕には理解できないことだって日常で起きている世界。あの青年は人間じゃなかったのかもしれない…人間じゃない何かが僕に竜を語ってくる気さえ起こさせる。
「________感慨なお心に感謝します。確認が終わり本物だと拝見いたしました…この小舟にお乗りください。あちらにお見えになる停泊船までご案内します」
考えに飲まれていた僕を呼び戻したのは従業員の声だった。従業員の声にヤード先輩が僕の背中を小舟まで押していく。
「ささ、早く行くよ~日暮れの景色が見れそうで楽しみだな! 夕日を上から見下ろすなんて何年ぶりだろ」
「…押さないで下さいよ」
僕たちが小舟に乗り座り終わると、従業員が停泊してる大きな箱舟に行く合図を送るのが分かった。手鏡で何か合図を送っている。
小舟がゆっくりと僕たちを乗せ浮き上がっていく。
「ヒガシ、約束よ! 忘れたら針千本飲ませに行くわ!!」
ティシャの方から懐かしい言葉が僕に向かってかけられてくる。
「…針千本だって、おっかないね」
「はは」
「流石にやらないよね?…死ぬ未来しか見えてこないけど」
ティシャの中で、僕の生きてきたあちらの世界が今もこの世界で根付いてるようで嬉しい。ずっと、ホタルと僕だけがあの世界があった事を証明する全てだと思っていた。でも、違った。僕達の世界は繋がっていた。
それは分かりやすく目に見える形ではなかったけど、それでも僕と同じようにこの世界に来てしまった人は逞しくこの世界に僕達の生きていたあちらの世界を伝え紡いでいた。
「ティシャ、またね!! ありがとう、楽しかった!」
僕は届くか分からない声を、大声でティシャに叫んだ。
隣には語り部に称賛の拍手を贈るヤード先輩の存在が。前を向けば先程と打って変わって笑顔の語り部達がこちらに手をふっていた。
(……………戻ってきたっぽい?)
そして、先程の語り部と一緒に見ていた世界よりも港町は様々な音で活気が溢れていた。そのせいで、先程の世界が冷たいものに感じれた。良くも悪くも僕が先程まで見ていた世界は美しく、それでいて人を拒んでいるようだった。
音が溢れ、温かい人の声がそこかしこから聴こえてくるこの港町テノールとは似ても似つかない。町から聴こえてくる音色の暖かさが今はよく分かる。
僕はテノールに戻ってこれた事に少しの間ホッとしていた。そんな僕にティシャが声をかけてくる。
「どうだったかしら?…途中から貴方が瞬きもせずに舞台に魅入ってて私は面白かったわよ」
「舞台??」
ティシャにそう言われて気づく。最初は何も無かった語り部たちの居た場所に大きな劇場が出来ていた。そして、先程の語り部と同じ民族衣装を着ている人が増えていた。真ん中でこちらに手を振っている老婆と、その隣の青年は分かる。だけど、他の語り部には見覚えが無かった。
「________皆様、ありがとうございました! 皆様の中にはこれから箱舟でフューデスに向かうお客様も居るでしょう。ぜひ、私達の語った話を思い出して観光してみてください」
語り部たちの話も聞き終わった僕達はフューデス行きの船に向かう。
「凄いよ! あんなにもテノールが付与魔法に特化してたなんて驚きだな。そもそも特殊魔法消失で損害はこの港町も膨大だったはずなのに、それを感じさせない工夫に痺れそうだ!!」
「古のテノールにはフューデスから渡ってきた技師たちも多かった話を母や父から聞きました…その技師たちの技術が今も根付いてる証拠ですね」
「あら、テノールもフューデスには負けてないわよ? 楽器の事なら古から世界一なんですもの…_」
「「「伝説(よ)」」」
僕以外の三人が声を合わせて笑った。
三人から聞く語られた御伽噺の内容は僕の聞いた内容とは全然違った。
(もしかして、僕だけ皆と観ていた内容違う?…………………じゃあ、あの青年は…)
思い返してみると、先程の語り部たちをまとめていた青年に似ていたが…それでも青年の瞳や髪色は違っていた。
では、何処から僕は皆と違う御伽噺を聞いたのか。
「舞台ができた瞬間が圧倒的だった…あの波で俺たちの目線を誘導して、その隙に舞台を収納カバンから出していたんだろうな」
ヤード先輩の言葉で確信する。語り部が出したあの波に目を瞑った瞬間が皆と僕が切り離された時だと。他にも3人は、語り部の舞台について僕に面白い話をした。
「私、最後に竜の影を見た気がしたの…あれも魔法なのかしら?」
ティシャの話に、僕はとある伝承を思い出した。それは慌ただしかったおかげで、今まで忘れていた事だった。
「…竜の影…………凄いじゃないか!! 本物かもしれないよ! 竜は御伽噺が大好きだから、御伽噺を話していれば姿を表すって伝承があるくらいだし」
「ヒガシ、いくらなんでも盲目すぎだよ? 6年も姿を表さない竜たちが今更、人間の語る御伽噺を聞きに影を見せる失態なんて犯すかな? 竜が生きてることは俺も信じてる。だけど、あの魔法生物たちは俺ら人間には(今は)使えない特別な魔法を使うからね」
「…竜って特別な魔法使うんですか!?」
「はは、もしかして王子たちにでも情報制限されてた?」
「それ、ありえます」
「王子たちは相変わらず番を囲ってるんだね…その番の友人すら手綱を握られてるとかある種の狂気だよ」
ヤード先輩の言葉にイドガ先輩の表情が強張り、ヤード先輩を叱るような低い声でイドガ先輩は言葉を発した。
「…ヤード、殿下たちの事を悪く伝えない。それを知られて首が閉まるのはヤード自身なんだぞ」
そんな言葉に素知らぬ顔でヤード先輩は気の抜ける返事を返した。
「はいはい~…まぁいいよ、俺は俺でやらせてもらうし。俺は新しい魔法付与さえ増やしていければ万々歳だよ。そして、今ある付与魔法も後世まで伝え残していく。グラジオラス王、万々歳!! ジェットに栄光あれ!」
そんなこんなで、僕達はいつの間にか船に着いていた。
「じゃあ、私はここまでね。短い間だったけど貴方達と町を回れて楽しかったわ」
「こちらこそ! またラタルシュの付き添いでこのテノールに来ることになると思うけど、その時は一緒にお酒でも飲もうね?」
ヤード先輩はティシャの手をとって、その手にキスをした。
「…少女に飲酒を勧めるな。………お嬢さん、また何処かでお会いましょう。ですが、その時は貴方が分からないかもしれません。きっと、今より美しくなっているだろうから」
イドガ先輩もティシャの手にキスを贈る。
そして、イドガ先輩の言葉にティシャではなく傍から聞いていた僕が恥ずかしさに赤面した。ティシャは軽く受け流していた。
「あら、私だと気づいてくださらない紳士様なのね? 嫌よ、ちゃんと貴方から私に声をかけてくださらないと。私も必ず声をかけるわ…今度は父の付き添いで私が貴方達に会いに行くかもしれないのだから」
「はは、ラタルシュの負けだね」
「………………何処から勝負になってたんだ。あと、なんの勝負だ」
ティシャの言葉にヤード先輩が笑う。イドガ先輩は少し困っていた。それでも、新たな出合いに嬉しそうだった。
僕達はこれからフューデスに向かう。だから、ティシャともここでお別れになる。それでも、それは次の出合いで「初めまして」の言葉から「また、お会いしましたね」に変わるだけだ。そう、これは決して最後の別れじゃない。
ティシャが僕に向かって微笑む。
「ねぇ、最後に貴方の名前を私に教えてくださらないかしら」
「最後じゃないよ」
「あら、ちゃんと教えに来てくださるってことかしら?」
「そういう事。それに、コートのツケもあるしね」
「ふふ、義理堅い人なのね」
僕は咳払いして、ティシャの目を真っ直ぐ見る。そして、僕の名前をティシャに教えた。
「僕はヒガシ……ナナセ・ヒガシ」
「ナナセ・ヒガシ様………………では、ヒガシ様、貴方がまた音楽の港町テノールに訪れることを心より楽しみにお待ちしていますわ」
ティシャがこちらに手を差し出してくる。
「?」
「ヒガシ、立派なレディに恥をかかせるなよ~」
「…ヒガシ様、手の甲に軽くキスを送るのが"またお会いしたい"という意味が込められた了承ある男女の別れの定番挨拶なのです(貴族では…)」
イドガ先輩がそう僕に耳打ちしてくれる。
僕はなるほど?と思いティシャの手に軽くキスを贈った。
「もし、真相を掴めなくても…旅の話は聞かせに来なさいよ? 私はいつまでも待ってるわよ」
「ああ!」
面倒な少女に捕まったと最初は思っていたけど、僕も何だかんだティシャとテノールを見て回るのが楽しかった。僕の旅の話がそのお礼になる気がするから、僕はまたこの港町に…ジェットに帰ってこようと思えた。
それに、僕は竜のことばかり気にしてジェットを見ていなかった。ジェットも立派な異世界都市だったのに…
(世界を旅したらジェットを旅するのも良いかもしれない)
今はちょうど、戦争の起こらない平和な世界になっている。平和な旅には持って来いだろう。
別れの挨拶も終えティシャに見守られる中、空で停泊している大きい箱舟の周りを旋回していた小舟がゆっくりと地上に降りてくる。
その小舟には人が二人乗っていた。箱舟から降りてきたと思われる乗客を降ろし、その小舟を操作していると思われる従業員がこちらに気づく。
「______貴方がたは浮船でフューデスに?」
「はっ…「ああ、グラジオラス王からの招待状もあるんだけど…連絡行ってないかな?」」
僕の声を遮ってヤード先輩がウキウキ顔で従業員にいった。しかも、あの顔は何かを企んでいる時の顔だ。イドガ先輩は僕に申し訳無さそうに耳元で謝ってきた。
「…申し訳ございません。少しの間ヒガシ様の護衛をジェットの王族の一人であるタイラン王子から命じられています…護衛と言ってもフューデスに行き旅立つまでの間ですので…本当に申し訳ございません」
その言葉を呟かれた時の僕の顔は、苦虫を噛んだ時の顔と一致していた。
「それは、とんだ失礼を働きましたこと申し訳ございません!………誠に申し上げにくいことなのですが、間違いがないか私に招待状も拝謁させては頂けないでしょうか?」
「わかったよ~…ヒガシ、ほら見せてあげで」
「…………………招待状というか切符らしきものなんですけど…あの、これでも大丈夫で「大丈夫、大丈夫、なんでもいいって」」
ヤード先輩の煩い声が飛んで来る。そんなヤード先輩に白目を向けてると、またもやイドガ先輩の言葉が耳元に聞こえて来た。
「すみません…ヤードは護衛の件を知りません。なので、これもヤードの独壇場です。…こうならなければ私がヒガシ様に何も言うことは無かったのですが」
「つまり、僕が切符を持ってることに勘づいて…それに便乗してヤード先輩だけはタダでフューデスに行こうと動いてると??あってます?」
僕の静かに耳打ちした言葉にイドガ先輩は頷いた。その顔はさっきの僕の苦虫を潰した顔と瓜二つだった。
(苦労してるんだな…)
そして、僕は従業員に切符を見せながらフとあることを考えてしまった。
(……………もしかして、ヤード先輩も王子たち誰かのうちの監視対象者?…だからイドガ先輩は連れてこなくてもいいヤード先輩を連れてきた。……それにヤード先輩は学園でも新しい魔法付与を作り出していた。そんな先輩の才能を埋もれさせないために好きに行動させている?…はは、考えすぎかな)
でも、僕は直ぐにその考えを捨てた。僕が、今一番に考えるべきことは先輩の事では無い。
僕が気になってることはやっぱりティシャの言った竜の影の事だった。
万年前の古の出来事すら、今もこうして人々に御伽噺として大切に語り継がれている。僕は銀髪の青年の言葉を思い出す。
『_______竜は古の記憶を受け継ぐ生き物。…古の出来事を追求なさるのなら竜に問え。御伽噺は竜の記した愛が隠されている…それは、人間の記した御伽噺の数々の中に隠されている』
あの時は、そのまま竜に聞くのかと思った。でも、今はその地域で行われる御伽の語りを聞けということだと思っている。何故かは分からない…ただ、あの時の語り部の舞う姿が僕には竜に投影できた。
ここは異世界。僕には理解できないことだって日常で起きている世界。あの青年は人間じゃなかったのかもしれない…人間じゃない何かが僕に竜を語ってくる気さえ起こさせる。
「________感慨なお心に感謝します。確認が終わり本物だと拝見いたしました…この小舟にお乗りください。あちらにお見えになる停泊船までご案内します」
考えに飲まれていた僕を呼び戻したのは従業員の声だった。従業員の声にヤード先輩が僕の背中を小舟まで押していく。
「ささ、早く行くよ~日暮れの景色が見れそうで楽しみだな! 夕日を上から見下ろすなんて何年ぶりだろ」
「…押さないで下さいよ」
僕たちが小舟に乗り座り終わると、従業員が停泊してる大きな箱舟に行く合図を送るのが分かった。手鏡で何か合図を送っている。
小舟がゆっくりと僕たちを乗せ浮き上がっていく。
「ヒガシ、約束よ! 忘れたら針千本飲ませに行くわ!!」
ティシャの方から懐かしい言葉が僕に向かってかけられてくる。
「…針千本だって、おっかないね」
「はは」
「流石にやらないよね?…死ぬ未来しか見えてこないけど」
ティシャの中で、僕の生きてきたあちらの世界が今もこの世界で根付いてるようで嬉しい。ずっと、ホタルと僕だけがあの世界があった事を証明する全てだと思っていた。でも、違った。僕達の世界は繋がっていた。
それは分かりやすく目に見える形ではなかったけど、それでも僕と同じようにこの世界に来てしまった人は逞しくこの世界に僕達の生きていたあちらの世界を伝え紡いでいた。
「ティシャ、またね!! ありがとう、楽しかった!」
僕は届くか分からない声を、大声でティシャに叫んだ。
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