上 下
10 / 21
ジェット

9.歪み己は正しけれ

しおりを挟む
昔むかし、ある大国にそれはそれは心の美しい聖女様とその聖女様を守る騎士様がいました。
 聖女様は、癒しの魔法を使って多くの民を救いました。ですが、大国の国王様は聖女様の力を私利私欲のために無理やり使わせようとしたのです。
 それを止めようとした騎士様は、国王様に手を上げてしまいます。国王様はそれを理由に騎士様を処刑してしまいました。

聖女様は絶望しました。

聖女様は騎士様に想いを寄せていました。

聖女様は闇の魔法を使い王国全土を巻き込んで自害しました。



_____________________________________

ヤードさんは淡々と聖女様と騎士様の御伽噺を語った。この話は魔法を教わる子供達に必ず読み聞かせられる絵本の御伽噺だ。実際にこの異世界で起こった一番古いと言われる御伽噺だ。



「…それも、なんで嫌いかって救いがなさすぎるからなんだよ。聖女様は本当は…男性で聖人だった可能性が高いんだ。おまけにフューデス出身だったと言われている。………しかも、ラタルシュから聞いた話、フューデスでは青年と竜の御伽噺のモデルである…青年が聖女様だった可能性が出てきた。…………聞いてて最初は聖女様が生きて国に帰って幸せになれると思ってたんだ。…………はは、御伽噺は総じて幸せになれる確率は低い。現実は不幸だらけって事が子供ながらに思えたね」


ヤードさんが一息つく中、僕にイドガさんはなぜヤードさんがこう言うのかを教えてくれる。

「…実は聖女様がヤードや貴方と同じ性だったと言われても居るんです。諸説ありますけど、学者たちの間でそれが一番納得いく話に行き着いてしまったんですよ。…そんな特別な力を持ってしまった普通の青年が、特別な力を持って生まれてしまったせいで国や人々に潰される…それが、ヤードは今も悔しくてしかたがないんだと思います…酔うと偶にこの話になるので」


イドガさんの話を聞き終わると、またヤードさんが話しだす。次は僕たちでなく月に向かって語りだした。相当、酔ってるらしい。


「________…彼は偉大だった。彼が付与魔法全てのきっかけになった。彼は闇の魔法を世界に解き放った。人々は恐れる。恐れながら利用する………あぁ、なんて俺たちは汚い生き物なのか。彼が幸せであれば闇の魔法は生まれなかった…そしたら、付与魔法も生まれてなかったかもしれない。………俺も罪深い…。あぁ、騎士様こんな俺を許してくれ。貴方の大切な聖女様に不幸になってくれてありがとう…と言葉を贈りたい」






なかなかな性格をしている…酔うとここまでヤードさんは変わってしまうのか。ヤードさんは高揚したように笑っていた。


「…悔しいは違うような。…熱量についてけず少し引きます」


「引かないでやってくれ…あれでも自己嫌悪しながら自身と向き合っている。…懺悔は未来に残す付与魔法なんだと…________」


ヤードさんはイドガさんの言葉を遮って今度こそ月に吠えるように叫びだした。…この人もう駄目かもしれない。


「…俺は懺悔する! 必ず未来に多くの付与魔法を後世まで伝え残していく事を誓う。…聖女様の滅ぼせなかった王国が滅んだ未来でも付与魔法が多くの人間を笑顔にできるように。聖女様の憎んで愛したであろう人々の為に俺も残すよ」



実は、この話に出てくる大国はジェットのことだった。だから、聖女様と騎士様の御伽噺が絵本になって今も子供達に読み聞かせられている。



月に叫び終わったヤードさんは、ワイングラスに入ったシャンパンを飲み干した。そして、ワイングラスをほん投げ…服に手をかけ脱ぎ始めた。これには僕も慌てた。



「きゃーッッ!!この人何脱いでんの!ここ何処だと思ってんの!?」


そんな慌て騒ぐしか出来なかった僕に変わってイドガさんがヤードさんを羽交い締めにして、ロープは痛いだろうと包帯でヤードさんを雁字搦めに縛る。


「…………フューデスにつく頃には酔いも収まってるだろう。それまでは俺が責任持って抱えとく。…ヤードのことは居ないものとして扱ってくれ」


無理がありすぎるイドガさんの言葉に、とりあえず頷いておく。ここで問題起こされてフューデスに降りれなかったらヤードさんを少しの間恨むことになりそうだから、これが一番、平和的で良い解決方法だと思った。
 僕は、美しい月を見る。月は太陽よりも輝いて見えた。それは、きっと夜の暗闇だからこそ月の美しさが際立つのだと思う。



(…お袋も親父も元気かな。僕に連絡つかなくても心配せずにやってけてんのかな。親父は都会の女にやられたんだって軽く受け流してそうだけど、お袋はヒステリックだからなぁ。…まぁ、そんなお袋に惚れた親父がついてるし大丈夫だよな)


 僕は異世界に転移して、ずっと家族の事を考えていた。あちらに居たときは漸く口煩い家族から開放されて一切家族の事を思う時間なんて無かったのに。この世界に転移してから、漸くまた煩い家族の声を聞きたいと泣いた日も数え切れない程出来ていた。25になっても未だに家族の事を思うと泣けてくる。


「…帰りたい」


そう心では思っている。言葉にだって出てしまう。なのに心の何処かで"帰れない"とも思ってしまっていた。

(…6年。6年って短いようで長かったな。恋人は居ないけど、それでも同じように大切に思える友人とは出会えた。僕が元の世界に帰ったら、多分永遠に会えなくなる)


本当は旅を終えても帰れないと確信してしまっている。この旅では竜を探しに行く目的以外に、僕がこの世界を離れがたくするための…僕の故郷を見つける目的も隠されていた。
 ティシャに出会って…ティシャやテノールを通してあちらの世界を僕は見てしまった。おかげで少し恋しさに揺らぐ。でも、僕はティシャの言葉に…ヤードさんの言葉に…やっぱりこの世界の人々の生き様に羨んだ。僕もそろそろ親離れしないと行けないのかもしれない。思い出は僕の中だけで…僕のあちらで生きた記憶は嘘にはならない。


(…でも、やっぱり帰りたいな)


分かっていても決めていても僕の心は思い通りに動かない。まだまだ、僕の決意は定まりそうにない。


(…親が子に口煩くするのは、子がまだまだ子供だから。僕もまだまだ子供のまま自立出来てないのかもしれない)


 自立出来ないまま僕は親元から強制的に引き離された。僕は独りでこれから生きていく道を決めなければならない。この旅は僕が大人になるための必要な旅だ。竜を探すと…世界を自分の目で見て歩きたいと…僕は自分で決めてその道を歩いていく。大丈夫。大丈夫、いつも何とかなった。だから、今回もなんとかなる。これからも、僕自身でなんとかする。












「_______…うぇ…ラタルシュ、その持ち方腹に来る…吐きそうになるから横抱きにしてほしい。………………俺もラタルシュに比べれば色白美人なんだと思うけど、…ホタル様相手にしてると思って優しくして~」




「………………………………………」




「無視?! ………吐きそうぅぅぅ」





………………大人ってなんだろう。こちらの世界では15歳で成人になる。イドガさんは十分大人にみえる。なのに、僕やヤードさんは全然大人に思えない。遠くから見てれば大人に見えるのかもしれない。…年齢で大人になってしまったけど、結局実感は感じれなかった。







「フュー………フュ~…」





今度はヤードさんが口笛を吹き始めた。
 上手く吹けてない口笛を直ぐに辞めて、他の話に繋げる。




「ねぇねぇ、フューデスってなんでフューデスなんて名前つけられたと思う?」
 



「……………………………」




「フューは"ごく少数な""わずかな"って意味で、デスは"死"って意味なんだって。フューデスは聖女様の故郷…竜たちの生れた全ての始まりの地。じゃあ、この名前は何に対する意味で付けられたんだろうね?」



「…………名前の由来には他にもある。一つだと決めつけないでほしい。………俺は幼い頃に母から聞いた話を信じてる。フューデスのフューは竜に抱かれた苗床・真珠島の山奥から聴こえてくる口笛のような誰かの歌声が由来になったと聞いた。今では踏み入ることを拒まれる真珠島で、幼い頃は幸せそうな竜の歌声も響いてきたと言っていた。古に誰かが竜に歌を教えたのよ…と子供達に楽しそうに語るくらいだ。もっと幸せな由来でもいいだろ?…不幸に繋げようとしなくていい。幸せな意味を信じるのも勇気なんじゃないのか」




「………………………痛い…吐きそう」




 ヤードさんは酔うと物事をマイナスに考えてることを漏らすようだった。いつもなら周りを前に向けさせるくらいの温かい勇気をくれる言葉を無意識かってくらい発言してくれるのに…今は暗くなってしまうような吐露してしまっている気がする。……………本当は微笑みながら全てを隠してる人なのかもしれない。



「ヒガシさん、俺の願いなんだが…ヤードの言葉にヤードの全てを決めつけないでやってくれ。ヤードの酔って言ってしまった言葉も本心だが、いつも言ってる言葉も本心なんだ」




「そうですね。僕は、どっちの先輩でも変わらず先輩として見ますよ」



イドガさんがヤードさんをどれだけ大切に思って一緒に居るのか分かる言葉に、僕も今までの先輩を思い出して答える。



「あのさー、人間なんて矛盾だらけの生き物だよ?一貫して裏表なくて死ぬまで光みたいな人間いたら国宝に指定できるよ。御伽噺の聖女様だって最後は感情に飲まれた。一人の男を愛した…他の人々には見せない顔を騎士様だけには見せていたのかもしれない。癒しの聖女様に比べれば俺なんて羽虫になる」





「…ヤードさん、羽虫も輝いて生きてるんですよ。羽虫に失礼だとは思いません?」




「いつもヤードが言いそうな言葉をヒガシさんが言ってる…」




イドガさんのその言葉に、僕とヤードさんが我慢できず吹き出して笑った。






「…はぁ、おかしい。…なぁ、頭冷えてきたから解いて? これじゃあ水も飲めない」




 ヤードさんの言葉にイドガさんは無言で、ヤードさんを水が飲める場所まで抱えていった。あれは多分、当分は解くつもりが無いとみた。
過去に何をしたら、あんなになるまで体を拘束されるのか…。
 ヤードさんがシャンパンを最初飲み干した時、イドガさんの言っていた言葉が思い起こされる。



(職場の人を脱いで戦慄させた…本当、変わらず話が尽きない人なんだな)



僕は、ヤードさんの投げたワイングラスを拾う。ワイングラスは割れずに地面スレスレの空中に浮いていた。
 そのワイングラスを月に掲げ、月の光に反射するガラスに目を奪われる。

その輝きがテノールで体験した、水の中で見た輝きにほんの少し似ている気がした。


月が太陽と交代してから時間が長く経ったと思う。空の色は青色から漆黒に変わり始めていた。


「…竜の色だ」


 終末戦争で息絶えた竜を思い起こさせる色に、世界が包まれる。暗く先が見えない漆黒の中にほんのりと月の光で青さが出来る。月のおかげが…その漆黒の色は暖かく感じれた。それは、暗がりでかけた暖かさを月が補うようだった。
しおりを挟む

処理中です...