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21 最後の誕生日会
頻繁に会う人より偶に会う人の方が、人の変化には気付き易いものだ。
あの誕生日会の日、セフィール殿下と共に侯爵家に来た私を見た祖父母は驚き、目に涙を浮かべた。
一年ぶりに会った私が、彼らの記憶に残る私と比べ余りにも痩せていたからだ。
祖父母は直ぐに医師を呼び、私を診察させた。
その結果、私は低栄養による栄養不良だと診断された。
その後私は暫くの間、祖父母の命で療養生活を送る事となった。
そんな私を支えてくれたのがセフィールだった。
彼は馬車の中での言葉通り、ずっと私を気遣い守ってくれた。
彼は毎日、違う花を持って私の見舞いにやって来た。
「庭園の花が綺麗に咲いてたから、君にも見せたくて……」
セフィールは何時もそう言って、照れ臭そうに私に花を差し出した。
軈て、痩せていた私の体が少し丸みを帯び、彼の持って来た花で侯爵邸が一杯になった頃、彼は言った。
「私の妻になってくれませんか。実はアイリスは私の初恋の人なんだ。私はずっと君が諦め切れなかった。そんな時、君の婚約が白紙になったと噂で聞いた。その時思い出したんだ。以前君から聞いた『幸せになるチャンスはそんなに沢山落ちている訳じゃない。だから自分から掴み取りに行かなくちゃ』 そのアリア様の言葉を……。だからずっとチャンスが来るのを待っていた」
私の初恋もセフィールだった。彼も自分と同じ思いを抱いてくれていた。
何より、私が以前何気なく話した母の言葉を彼が覚えていてくれた事が嬉しかった。
「はい。宜しくお願いします」
私はそう答え……頷いた。
セフィールは私と婚姻を結んだあと、臣籍へと下り、領地と公爵位を賜った。
私はその後、男の子一人と女の子を一人、二人の子の母となった。
公爵夫人の仕事と子育て。
毎日忙しく過ごすうちに、気がつけばあの誕生日会の日から十三年の月日が流れていた。
あれ以来、父とは一度も会っていない。
私が養女となった後、祖父母は父やメラニアを許さなかった。そのせいで父は随分と苦労したようだ。あれ程心血を注いできた仕事を失い、メラニアはあんな亡くなり方をした。
そして実の父が母を刺す所を見てしまったラデッシュは、母を弔うため自ら修道女となる道を選んだと聞いた。
父はきっと私を恨んでいるだろう……。
でも私は後悔はしていない。
あのままあの家にいたら、私は今頃どうなっていたか分からない。
少なくとも、一生子を授れない体になっていただろう。
可愛い二人の子を見るたびに、あの日の選択は正しかったのだと思う。
あの日、全てを捨てたお陰で、私はこうして自分の家族を持つ事が出来たのだから……。
そんなある日のこと、私の元へノアから訪問を伺うための先触れが届いた。
ノアは母親こそ違えど、私の血を分けたたった一人の弟だ。
当然ノアとも、あの日以来一度も会ってはいなかった。そのノアが突然私に会いたいと言う。
嫌な予感がした。
きっと父に何かあったのだ……。そう思った。
セフィールに相談すると、私の不安な気持ちを察してか彼は言った。
「では、その日は私も同席するよ」
公爵邸を訪れたノアは、父と面影がよく似ていた。彼は昨年既に成人を迎え、今では父の後を継ぎ王宮で文官として働いているそうだ。
執事から応接室に案内された彼は、私と共に椅子に座るセフィールを見て驚いたように瞠目し、頭を下げた。
「お初にお目に掛かります。ゾールマン伯爵が嫡子ノアと申します。本日は夫人との面会をお許し頂きありがとうございます」
彼は私を姉ではなく夫人と呼んだ。
「そんな堅苦しい挨拶は良いから座りなさい」
セフィールがノアを椅子へと誘う。
「はい。では失礼します」
ノアが椅子に腰掛けるとセフィールは言った。
「今日、私は妻に付き添っているだけだ。私の事は気にしなくても良い。何か妻に用があるのだろう?」
夫のその言葉を聞いたノアは、1枚の封筒を差し出した。
「はい。今日はこれを夫人にお届けしたいと思い、やって参りました」
私はその手紙を受け取る。中には誕生日会への招待状が入っていた。
「これは……?」
問い掛ける声が震える。
それは、私の誕生日会への招待状だった。
「はい、父は昨年病に倒れました。そのせいで仕事も辞め、今は屋敷で静養しています。医師の話ではもう長くは生きられないそうです」
その言葉に息を飲んだ。
「えっ? お父様が……?」
確かに父は昨年、退官したと王妃様から聞いていた。でもそれはノアが成人し、王宮で文官として働き始めたからだと思っていた。
まさか命に関わるような病を患っていたなんて……。
私は絶句し、次の言葉が出てこない。
するとノアがそんな私を見て言葉を繋げる。
「この十三年、父はずっと夫人の事を気に掛けていました。毎年、夫人の誕生日にはケーキを買って帰って来て、一人で夫人の誕生日を祝っていました。でも恐らくそれももう今年で最後だと思います。夫人、不躾なお願いである事は充分に分かっています。ですがお願いです。最後に父に貴方の誕生日を共に祝う機会を与えてあげては頂けないでしょうか?」
今までの経緯から考えて、ノアはきっと私に複雑な感情を抱いているだろう。
何しろ、私は彼の家族の幸せを壊した張本人だ。だがノアは父を思い、私にそう言って頭を下げに来たのだ。
そして彼はテーブルの上に幾つかの見覚えのある宝石を並べた。
それを見た私は息を飲んだ。それらは間違いなく、嘗てメラニアに取り上げられ返って来なかった母の遺品だった。
「母が亡くなったあと、侯爵家はもうアリア様の遺品の賠償を求める事はありませんでした。それでも父は王都中の店に侯爵家から頂いたリストを配り、アリア様の遺品を探し続けていました。そうして買い戻したのがこれらです」
ノアは私にそう説明した。
「夫人には信じて頂けないかも知れませんが、父は母がアリア様の遺品を売っていた事を知らなかったのです。だから自分が死んだら、これを夫人に返して欲しい。そして、全てを買い戻す事が出来なくて申し訳なかったと伝えて欲しい。父はそう言っていました」
ノアは視線を落としながら、寂しそうに告げた。
そのノアの顔を見て思った。
彼は一体どれ程の思いを抱いて、この屋敷を訪れてくれたのだろうと……。
嘗て父は王妃様と喧嘩して泣いていた母に言った。
『意地を張っていては大切な人を失ってしまいますよ』
ノアは私に父と和解する最後のチャンスをくれたのだ。
このまま大切な人を永遠に失ってしまわない様にと……。
******
考え抜いた挙句、 誕生日の日、私は家族揃ってゾールマン伯爵家を訪れることに決めた。
それでも……伯爵家へ向かう馬車の中、私の胸は不安で押しつぶされそうだった。
父は私を見て、どんな顔をするだろうか……
私は13年前、屋敷を出た日の父の姿を思い出していた。
最後まで私の話を何も聞かず、メラニアとラディッシュを庇い続け、挙げ句、私に向かって拳を振り上げた父。
もう1度……これで最後……
これで分かり合えなければ、もう仕方がない。
自分に言い聞かせて、また胸にかかる母のロザリオを握りしめた。
馬車が屋敷に着く。私の体は震えていた。
「お母さま、大丈夫?」
そんな私を持て、子供たちが不安げに声をかける。
「大丈夫よ」
私は向かいに座る子供たちの頭を撫でた。
そう……。私だけじゃない。今日を逃せばこの子たちにも、もう二度と祖父の顔を見せてあげることは出来なくなるのだ。
すると、その手にセフィールが自分の手を重ねた。
「大丈夫だよ。お父様もついているからね。さぁ、みんなでお母様の誕生日をお祝いに行こう」
セフィールが声を掛けると、子供達もうれしそうに頷いた。
こうして、馬車から降りた私は自分の目を疑った。
何故なら屋敷のエントランスには、懐かしい顔が並んでいたいたからだ。
彼らは母の生前、この屋敷に仕えてくれていた使用人たち。でも、メラニアが屋敷の実権を握ると、次々に解雇されていた。
「お嬢様、お帰りなさいませ」
彼らは整列し、私達に向かって頭を下げる。その中には、私の乳母シーラの姿もあった。
「あぁ……」
懐かしさに涙が溢れた。
「さぁ、父が待っていますよ」
そんな私にノアが声をかけた。
私達はノアに応接室へと案内された。
「父上、公爵様ご一家が来てくださいましたよ」
部屋に入り、ノアが父に声をかけた。
父の視線が私達に向けられる
私達の姿を見た父は
「これは夢なのか……。本当にこんな日が訪れるなんて……。もう一生……会えないと思っていた……」
そう言って涙を流した。
父はもう既に自分の足で立ち上がる事さえ出来なくなっていた。
父は私に詫びた。深く深く頭を下げて……
「お前には本当に申し訳ない事をした。もっとお前と向き合っていれば……。私は大切な物を見失っていた……」
それだけで充分だった。
「もういいのです……」
私は首を振る。
ただでさえ父に残された時間は少ない。後悔や謝罪に時間を使うなんて勿体ないと思った。
その私の気持ちを汲み取ったのか、ノアがケーキを持ってやって来た。
「うわー! おっきなケーキだ!」
それを見て子供たちが目を輝かせる。
「こらこら、今日はお母様の誕生日だぞ。まずはお母様が蝋燭の火を消してからだ」
セフィールが子供達を注意する。
「じゃあお母様、早く蝋燭に火をつけなきゃね。叔父さん、早く火をつけてよ!」
「え? 叔父さん?」
戸惑うノアに子供達が早く早くと囃し立てる。
「ごめんなさいね。もう十一歳と九歳になるのにいつまでも騒がしくて……」
私が謝ると「いや、子供は元気な方が良い」父がそう言って笑った。
穏やかで幸せな時間が過ぎて行った。
勇気を出して、来てよかったと心から思った。
父とこんな時間を与えてくれたノアに心から感謝した。
それからと言うもの、私はノアに許可を取り、できる限り伯爵邸を訪れようにした。
失われた父との13年間を少しでも取り戻したかったのかもしれない。
セフィールも時間の許す限り、私に付き添ってくれた。
だが父の病状は訪れる度に悪くなっていき、最後はもう話をする事さえ出来なくなっていた。
それでも父は最期、声にならない声で「幸せだった」と、そう……唇を動かせた。
そして私の誕生日会から2ヶ月後、父は家族たちに見守られながら眠る様に息を引き取った。
私は母が亡くなってからずっと身に着けていたロザリオを外し、そっと父の手に握らせた。
「お母さま、お父様をよろしくね」
そう……父の冥福を祈りながら……。
完
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
沢山の読者の皆様のお気に入り登録、いいね、エールに励まされ、無事、完結を迎える事が出来ました。
特にこれほど沢山のエールを頂いた事は作者自身初めての事で、本当に皆様には感謝の言葉以外見つかりません。
本当にありがとうございました🙇
まるまる⭐️
あの誕生日会の日、セフィール殿下と共に侯爵家に来た私を見た祖父母は驚き、目に涙を浮かべた。
一年ぶりに会った私が、彼らの記憶に残る私と比べ余りにも痩せていたからだ。
祖父母は直ぐに医師を呼び、私を診察させた。
その結果、私は低栄養による栄養不良だと診断された。
その後私は暫くの間、祖父母の命で療養生活を送る事となった。
そんな私を支えてくれたのがセフィールだった。
彼は馬車の中での言葉通り、ずっと私を気遣い守ってくれた。
彼は毎日、違う花を持って私の見舞いにやって来た。
「庭園の花が綺麗に咲いてたから、君にも見せたくて……」
セフィールは何時もそう言って、照れ臭そうに私に花を差し出した。
軈て、痩せていた私の体が少し丸みを帯び、彼の持って来た花で侯爵邸が一杯になった頃、彼は言った。
「私の妻になってくれませんか。実はアイリスは私の初恋の人なんだ。私はずっと君が諦め切れなかった。そんな時、君の婚約が白紙になったと噂で聞いた。その時思い出したんだ。以前君から聞いた『幸せになるチャンスはそんなに沢山落ちている訳じゃない。だから自分から掴み取りに行かなくちゃ』 そのアリア様の言葉を……。だからずっとチャンスが来るのを待っていた」
私の初恋もセフィールだった。彼も自分と同じ思いを抱いてくれていた。
何より、私が以前何気なく話した母の言葉を彼が覚えていてくれた事が嬉しかった。
「はい。宜しくお願いします」
私はそう答え……頷いた。
セフィールは私と婚姻を結んだあと、臣籍へと下り、領地と公爵位を賜った。
私はその後、男の子一人と女の子を一人、二人の子の母となった。
公爵夫人の仕事と子育て。
毎日忙しく過ごすうちに、気がつけばあの誕生日会の日から十三年の月日が流れていた。
あれ以来、父とは一度も会っていない。
私が養女となった後、祖父母は父やメラニアを許さなかった。そのせいで父は随分と苦労したようだ。あれ程心血を注いできた仕事を失い、メラニアはあんな亡くなり方をした。
そして実の父が母を刺す所を見てしまったラデッシュは、母を弔うため自ら修道女となる道を選んだと聞いた。
父はきっと私を恨んでいるだろう……。
でも私は後悔はしていない。
あのままあの家にいたら、私は今頃どうなっていたか分からない。
少なくとも、一生子を授れない体になっていただろう。
可愛い二人の子を見るたびに、あの日の選択は正しかったのだと思う。
あの日、全てを捨てたお陰で、私はこうして自分の家族を持つ事が出来たのだから……。
そんなある日のこと、私の元へノアから訪問を伺うための先触れが届いた。
ノアは母親こそ違えど、私の血を分けたたった一人の弟だ。
当然ノアとも、あの日以来一度も会ってはいなかった。そのノアが突然私に会いたいと言う。
嫌な予感がした。
きっと父に何かあったのだ……。そう思った。
セフィールに相談すると、私の不安な気持ちを察してか彼は言った。
「では、その日は私も同席するよ」
公爵邸を訪れたノアは、父と面影がよく似ていた。彼は昨年既に成人を迎え、今では父の後を継ぎ王宮で文官として働いているそうだ。
執事から応接室に案内された彼は、私と共に椅子に座るセフィールを見て驚いたように瞠目し、頭を下げた。
「お初にお目に掛かります。ゾールマン伯爵が嫡子ノアと申します。本日は夫人との面会をお許し頂きありがとうございます」
彼は私を姉ではなく夫人と呼んだ。
「そんな堅苦しい挨拶は良いから座りなさい」
セフィールがノアを椅子へと誘う。
「はい。では失礼します」
ノアが椅子に腰掛けるとセフィールは言った。
「今日、私は妻に付き添っているだけだ。私の事は気にしなくても良い。何か妻に用があるのだろう?」
夫のその言葉を聞いたノアは、1枚の封筒を差し出した。
「はい。今日はこれを夫人にお届けしたいと思い、やって参りました」
私はその手紙を受け取る。中には誕生日会への招待状が入っていた。
「これは……?」
問い掛ける声が震える。
それは、私の誕生日会への招待状だった。
「はい、父は昨年病に倒れました。そのせいで仕事も辞め、今は屋敷で静養しています。医師の話ではもう長くは生きられないそうです」
その言葉に息を飲んだ。
「えっ? お父様が……?」
確かに父は昨年、退官したと王妃様から聞いていた。でもそれはノアが成人し、王宮で文官として働き始めたからだと思っていた。
まさか命に関わるような病を患っていたなんて……。
私は絶句し、次の言葉が出てこない。
するとノアがそんな私を見て言葉を繋げる。
「この十三年、父はずっと夫人の事を気に掛けていました。毎年、夫人の誕生日にはケーキを買って帰って来て、一人で夫人の誕生日を祝っていました。でも恐らくそれももう今年で最後だと思います。夫人、不躾なお願いである事は充分に分かっています。ですがお願いです。最後に父に貴方の誕生日を共に祝う機会を与えてあげては頂けないでしょうか?」
今までの経緯から考えて、ノアはきっと私に複雑な感情を抱いているだろう。
何しろ、私は彼の家族の幸せを壊した張本人だ。だがノアは父を思い、私にそう言って頭を下げに来たのだ。
そして彼はテーブルの上に幾つかの見覚えのある宝石を並べた。
それを見た私は息を飲んだ。それらは間違いなく、嘗てメラニアに取り上げられ返って来なかった母の遺品だった。
「母が亡くなったあと、侯爵家はもうアリア様の遺品の賠償を求める事はありませんでした。それでも父は王都中の店に侯爵家から頂いたリストを配り、アリア様の遺品を探し続けていました。そうして買い戻したのがこれらです」
ノアは私にそう説明した。
「夫人には信じて頂けないかも知れませんが、父は母がアリア様の遺品を売っていた事を知らなかったのです。だから自分が死んだら、これを夫人に返して欲しい。そして、全てを買い戻す事が出来なくて申し訳なかったと伝えて欲しい。父はそう言っていました」
ノアは視線を落としながら、寂しそうに告げた。
そのノアの顔を見て思った。
彼は一体どれ程の思いを抱いて、この屋敷を訪れてくれたのだろうと……。
嘗て父は王妃様と喧嘩して泣いていた母に言った。
『意地を張っていては大切な人を失ってしまいますよ』
ノアは私に父と和解する最後のチャンスをくれたのだ。
このまま大切な人を永遠に失ってしまわない様にと……。
******
考え抜いた挙句、 誕生日の日、私は家族揃ってゾールマン伯爵家を訪れることに決めた。
それでも……伯爵家へ向かう馬車の中、私の胸は不安で押しつぶされそうだった。
父は私を見て、どんな顔をするだろうか……
私は13年前、屋敷を出た日の父の姿を思い出していた。
最後まで私の話を何も聞かず、メラニアとラディッシュを庇い続け、挙げ句、私に向かって拳を振り上げた父。
もう1度……これで最後……
これで分かり合えなければ、もう仕方がない。
自分に言い聞かせて、また胸にかかる母のロザリオを握りしめた。
馬車が屋敷に着く。私の体は震えていた。
「お母さま、大丈夫?」
そんな私を持て、子供たちが不安げに声をかける。
「大丈夫よ」
私は向かいに座る子供たちの頭を撫でた。
そう……。私だけじゃない。今日を逃せばこの子たちにも、もう二度と祖父の顔を見せてあげることは出来なくなるのだ。
すると、その手にセフィールが自分の手を重ねた。
「大丈夫だよ。お父様もついているからね。さぁ、みんなでお母様の誕生日をお祝いに行こう」
セフィールが声を掛けると、子供達もうれしそうに頷いた。
こうして、馬車から降りた私は自分の目を疑った。
何故なら屋敷のエントランスには、懐かしい顔が並んでいたいたからだ。
彼らは母の生前、この屋敷に仕えてくれていた使用人たち。でも、メラニアが屋敷の実権を握ると、次々に解雇されていた。
「お嬢様、お帰りなさいませ」
彼らは整列し、私達に向かって頭を下げる。その中には、私の乳母シーラの姿もあった。
「あぁ……」
懐かしさに涙が溢れた。
「さぁ、父が待っていますよ」
そんな私にノアが声をかけた。
私達はノアに応接室へと案内された。
「父上、公爵様ご一家が来てくださいましたよ」
部屋に入り、ノアが父に声をかけた。
父の視線が私達に向けられる
私達の姿を見た父は
「これは夢なのか……。本当にこんな日が訪れるなんて……。もう一生……会えないと思っていた……」
そう言って涙を流した。
父はもう既に自分の足で立ち上がる事さえ出来なくなっていた。
父は私に詫びた。深く深く頭を下げて……
「お前には本当に申し訳ない事をした。もっとお前と向き合っていれば……。私は大切な物を見失っていた……」
それだけで充分だった。
「もういいのです……」
私は首を振る。
ただでさえ父に残された時間は少ない。後悔や謝罪に時間を使うなんて勿体ないと思った。
その私の気持ちを汲み取ったのか、ノアがケーキを持ってやって来た。
「うわー! おっきなケーキだ!」
それを見て子供たちが目を輝かせる。
「こらこら、今日はお母様の誕生日だぞ。まずはお母様が蝋燭の火を消してからだ」
セフィールが子供達を注意する。
「じゃあお母様、早く蝋燭に火をつけなきゃね。叔父さん、早く火をつけてよ!」
「え? 叔父さん?」
戸惑うノアに子供達が早く早くと囃し立てる。
「ごめんなさいね。もう十一歳と九歳になるのにいつまでも騒がしくて……」
私が謝ると「いや、子供は元気な方が良い」父がそう言って笑った。
穏やかで幸せな時間が過ぎて行った。
勇気を出して、来てよかったと心から思った。
父とこんな時間を与えてくれたノアに心から感謝した。
それからと言うもの、私はノアに許可を取り、できる限り伯爵邸を訪れようにした。
失われた父との13年間を少しでも取り戻したかったのかもしれない。
セフィールも時間の許す限り、私に付き添ってくれた。
だが父の病状は訪れる度に悪くなっていき、最後はもう話をする事さえ出来なくなっていた。
それでも父は最期、声にならない声で「幸せだった」と、そう……唇を動かせた。
そして私の誕生日会から2ヶ月後、父は家族たちに見守られながら眠る様に息を引き取った。
私は母が亡くなってからずっと身に着けていたロザリオを外し、そっと父の手に握らせた。
「お母さま、お父様をよろしくね」
そう……父の冥福を祈りながら……。
完
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本当にありがとうございました🙇
まるまる⭐️
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