ハンガク!

化野 雫

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第六十六話

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「僕はね、中学生になってすぐ両親を交通事故で亡くしたんだ。
 僕もその時に一緒に車に乗ってて僕だけ奇跡的に助かったんだ。
 一人になった僕を母方の祖母が引き取って養子にしてくれたんだよ。
 たまたまその祖母の家が京都の旧家でって訳。
 まあ、母が家出同然で父と結婚したので、
 母方の祖母とはその時まで絶縁状態でね。
 僕個人的には子供なりに色々と気苦労みたいなものがあったんだ」

 板額はそう言って今まで僕に話してなかった自分自身の過去を話し始めた。

 なるほど、そんな事情で引き取られた先が、またまたそんな複雑な関係だったのなら板額も大変だっただろうと僕は漠然と思った。僕自身も父親を亡くして、今は他に頼れる親戚もなく母と二人暮らし。その上、唯一の肉親であるその母も人気作家と言うかなり変わった家庭環境だが、板額のそれは僕のに輪をかけた複雑さだ。まさにアニメや小説の世界そのものって感じだ。だからなのだろうか、板額のあの性格と言うか気質もそんな複雑な家庭環境の中で生きて行く子供なりの努力の結果だったんだろうなと妙に納得してしまった。

「色々大変だったんだね」

「まあ、最初は色々とね」

「一つ立ち入った事を聞いても良いかい?」

「与一なら何を聞いても大丈夫だよ」

 僕がそう前置きすると板額は微笑みながらそう答えてくれた。

「京都のお婆さんとは上手く言ってるのかい?」

 そうなのだ。板額が京都を離れてわざわざこんな所に一人暮らししてるのは、もしかしたらと僕は思ったのだ。だって、有名進学校の葵高とは言え、今の実家が京都なら普通に関西方面の高校へ行った方が進学の面では有利なはずだ。それをわざわざ二年の途中で地方都市に転校してくるなんて何か大きな理由がありそうに思えた。ただ、もし京都のお婆さんと上手くいってないのなら、板額だけの為にこれだけ手の込んだマンションの部屋を用意するもちょっと合点がいかない。

「まあ、普通の祖母と孫って訳には行かないよ。
 親戚関係も多いし、祖母が戸籍上の母になってるからね」

「えっ……待て待て、板額。
 お婆さんが戸籍上のお母さんって?」

 僕は驚いていきなり聞き返してしまった。祖母が母なんてアニメやラノベでも滅多にない設定だ。それはちょっと僕の理解を越えていた。

「だって仕方ないじゃないか。
 祖母が僕を養子にしたんだよ。
 戸籍上は親子になるのは当然だろ」

 板額はそう事も無げに言った。まあ、言われてみれば確かにそうだし、不思議はない。むしろ当然と言えば当然なのだ。でもやっぱりそれを言葉にするとかなり違和感がある。

「それまで絶縁状態。
 母がまったく自分の実家の事を話さないから、
 それまで僕は、勝手に母方の祖父母はもう無くなってるんだと思ってからね。
 急にちゃんと血の繋がった祖母だと言われてもねぇ」

「やっぱりそうだろうなぁ」

 そう言って笑った板額に、僕はそう言って相槌を打った。そりゃそうだ。僕だって今急に祖母だと名乗る人が出てきたら戸惑うに決まってる。 

「でもそれ最初の頃だけ。
 今は祖母と仲が悪い訳じゃないよ。
 むしろ良い関係にあると僕は思ってるよ。
 まあ、当然、最初は戸惑うばかりだったよ。
 しかも、祖母の家は京都の旧家。
 それまで一般庶民の子供だった僕には何から何まで戸惑う事ばかりだった。
 でも、祖母は表向きは烏丸家の家長だから厳しい人だったけど、
 家で二人きりの時はそれなりに優しくしてくれたんだよ。
 まあ育ちが育ちだから祖母も色々不器用な所はあったけどね。
 僕もそんな祖母に教えられながら旧家で生きるすべを色々学んだ」

 そう言って板額は一旦、話を切って空になっていた僕と自分のカップにポットから紅茶を再び注いだ。そして一口紅茶を飲んでから板額は再び語り始めた。
 
「もともと祖母だって本当は母が憎くて絶縁してたわけじゃない。
 旧家のしがらみって奴で対外的にそうせざるを得なかったんだ。
 母にしてみればそんな実家が嫌だったんだろうね。
 父も天涯孤独の身で助けてくれる親類なんてものはまったくなかった。
 僕も事故直後は、怪我や火傷も結構酷くてね。
 生き延びられるどうかもわからなかった。
 生き延びられても後遺症とか心配もあったんだ。
 子供心に僕は『このまま父さんと母さんの所へ行きたい』って思ってた。
 生きる希望を失ってたんだ」

 そう語った板額の目は、当時を思い出していたのだろうか、とても悲しげだった。
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