花の姫君と狂犬王女

化野 雫

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第29話 そしてそれは衛星軌道上へ

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 そこにはあの小型の宇宙船と化した静がこちら側に向かって上昇して来る姿がはっきりと映し出されていた。クローディアは先ほど『監視衛星の画像』と言っていた。するとこれは衛星軌道に居る人工衛星が自身の方へ向かって上昇して来る静を捉えた物なのだろうとカタリナは理解した。

「これは我が国の衛星からの物なのですか?」

「いえ、これはAHASがこの星を監視する為に
 衛星軌道上の配置された監視衛星群の一つです」

 カタリナが尋ねるとクローディアがそう答えた。

「AHASがそんな物を持っていたなんて。
 でもそんな物が良く今まで見つからなかったものですね」

「いえ、実はすでに見つかってしまった物もあったのですよ」

 カタリナが感心した様に独り言のように言うと、クリーディアが意外な事を言った。

「見つかったって? じゃあ今まで隠されてきたんですか?」

「公式にはロケットの残骸など大きなスペースデブリと思われてたんです。
 たぶん、姫様も名前ぐらいはネット上で聞いたことがあったと思いますよ。
 『謎の衛星 ブラックナイト』」

「えっ! あの都市伝説となってる『ブラックナイト』ですって!」

 クローディアの答えに思わずカタリナが驚きの声を上げた。

 『ブラックナイト』。それは、ネット上などでは結構有名になっている地球を回るどこの国の物とも分からない人工衛星。実際に、これを捉えたとされる画像も結構たくさん存在するが、一般的にはスペースデブリの見間違いとの見解が一般的になっている。

「あの内の一枚は、AHAS監視衛星の一つがステルス機能が不調をきたし、
 それが自動回復が行われる微かな間に偶然捕らえられたんです。
 まあ、それでも大部分はスペースデブリの見間違いですけどね」

 クローディアはカタリナを見ながらそう言って笑った。

 この時、カタリナはこの時、クローディアが言った『本物を偶然捕らえた一枚』と言う物に心当たりがあった。スペースデブリにしては、明らかに違う何か意味のある特殊で複雑な形状の物体を捉えた一枚があったのだ。


 そうこうしている内に、監視衛星から送られてくる映像が、今は宇宙船となって上昇を続ける静の姿をより大きく、そしてより鮮明にし始めた。全体に赤く輝く幾何学模様が走る白銀の丸み帯びた機体を細かく震わせながら上昇してゆくその姿は、細部の構造まで確認できてまるで目の前で見ている様だった。

「これがあの静姉さんだなんて。
 でも一体、どうしてこんな形状に?」

 カタリナは先ほど目の前で起こった、鬼の姿からほぼ一瞬で小型宇宙船に変形した静を想い出しながら呟いた。

「今の静様のお体は、基本骨格であるムーバルフレームも含めて、
 量子コンピュータとジェネレーターユニットを除いてすべてが
 それ一つ一つが極小のロボットとも言えるナノマシンの集合体なのです。
 そのナノマシンを組み替える事で様々な形態と機能を有した姿に
 変形する事が可能なのです。
 今はより短時間で衛星軌道上まで達する為に、
 推進力の大きな宇宙船の様な形態をとっていらっしゃるのです」

「じゃあ、もしかして、あの時、惨殺されたと思っていたのは……」

「はい。静様が実際の人間が受けるであろうダメージを
 飛び散る血液等も含めてナノマシンで再現して見せていたのです。
 ちなみに、大部分の飛び散った血液等も今は静様本体に戻ってますよ。
 ですから、あの現場に静様が惨殺された痕跡はほとんど何も残ってません」

 クローディアのその言葉に思わず自分のドレスを見たカタリナは驚いた。確かに銃で嬲り殺しにされた無残な静の遺体を胸に抱いた時に自身のドレスにべったりと付いた血液の痕跡が、今はきれいさっぱりなくなっていたのだ。

「たぶん、静様が姫様に再接触した時に血液に擬態してたナノマシンを
 本体の方へ再吸収したのでしょうね」

 カタリナが何を思ったのか察したクローディアがそう微笑みながら説明した。

 そして、この時、本当ならかなりの緊急事態なのに、クローディアもマックスもさほど緊張したり慌てたりしてない事にカタリナは気が付いた。そして、それは他でもない、カタリナでは想像すらできない、静の持つ異次元の能力を高さをこの二人が既に良く知っている事を表していた。


 今は完全に宇宙船となった静は成層圏を越え、さらなる加速をしながら上昇し続けていた。

 そしてそれは、その大きさと圧倒的な出力のバランスからすれば明らかに人類の水準を遥かに超えた物だった。今の人類の持てる技術の粋を集めてもその大きさと形状では地上着陸型の大気圏再突入カプセルが限界で、重力を振り切り衛星軌道上まであの様に圧倒的加速力で垂直上昇する事など出来なかった。そもそもそれだけのエネルギーを生む燃料を搭載するスペースがあの機体では存在しない。普通なら燃料を満載したタンクを兼ねた切り離し式の巨大なクラスターユニットが必要になる。なのに、この小さな機体は燃料切れを起こすどころかあたかもブースターロケットでもついているが如き異常な加速を続けているのだ。これは地球の重力圏を余裕で振りほどき、外宇宙へと脱出できるパワーは優にありそうだった。


 静の目には、まるでその機体の最先端にいる様な光景が見えていた。

 星々が綺麗に輝く夜空をバックに、その隅に数々の数値を現した数字が目まぐるしく変化しながら表示されていた。そして、視界の中央にはあのスーツケース核爆弾のタイマー数値が大きく表示されていた。現在その数値は……

『01:02:345』

 つまり残すところ後一分少々と言う所だった。そしてその数字は今も規則正しい速度で減少していた。そしてそれが一分を切ると同時に表示が赤色に代わり静の耳にアラームが響いた。

 実際には、これらは静がこの機体に乗って、そのモニターディスプレーの表示を見たりアラームを聞いている訳ではない。静の体は、今やこの機体その物になっている。この機体の先端部分に設置されたカメラアイが静の目であり、各種センサーがその他感覚器、そして機体のエンジンや姿勢制御系は手足と同じ感覚になっている。

「機体ペイロードハッチ解放」

 静がそう命じると、機体の下部が爆撃機が爆弾庫を開く様に開いた。そして、小型のアームに掴まれたあのスーツケース核爆弾が姿を現した。

「ペイロード放出……3、2、1、NOW!」

 静のカウントに合わせて、小型アームは核爆弾を前方に強く押し出すようにスイングした。
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