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旅立ち

旅立ち 1

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 スティングがカルム村にやって来てから、7年の月日が流れた。
 あの日、ララはガリウスにやられ、気を失い、事の顛末を知ったのは翌日の事だった。
 クーデリカの夫はあの後、スティングに剣で無惨にも斬殺され、泣き叫ぶクーデリカ本人も、スティングに無理やり連れて行かれた。
 そして、その1ヶ月後にスティングに連れられ、姿を現した時には、クーデリカの首には首輪と鎖をつけられ、お腹の膨らみは無くなっていた。スティングは本当に、お腹の子供を切開して殺してしまったのだ。
 その姿に、ララも村人も全員、怒りに身を震わせていた。

 『何でこんなに残酷な事が出来る!』
 『クーデリカが何をしたから、こんな目にあわなければならない!』
 『貴族だから、何をしても許されるのか!!』

 思いはそれぞれだ。
 しかり、ララは自分を責めた。

 『自分が聖剣を抜かなければ、こんな事は起きなかった。クーデリカも、夫も、お腹の子も、幸せに暮らせていたはず。』
 『あの時、ガリウスに勝てる力があったら、こんな事にはならなかった。』
 『自分が……悪い。』

 優しかったララは、幼いながらに自分で十字架を背負ってしまったのだ。そして、その事がララに新たな変化を生んだ。


 一方、スティングは、さも愉快そうに笑いながら、村人の周りをわざとらしく徘徊する。ペットを散歩させるように。
 その扱いに、クーデリカは反抗する素振りを一切見せない。それどころか、スティングに連れられ歩く姿きは、生気を感じなかった。
 夫に子供、それを理不尽な形で失ったクーデリカは、もう生きる希望を無くしたのだろう。瞳から光を失い、ただ生きているだけの人形になってる感じさえした。
 そして変化があったのは、ララやクーデリカだけではない。村にも変化が訪れる。
 スティングが村にやって来た日から、手下のガリウス達、冒険者数人に統治を任せ、用心棒代わりに村に滞在させたのだ。
 ガリウス達は、モンスター除けの結界も魔石ではり、村には平穏が戻ったように思えた。
 しかし、実状はそうならなかった。
 この世界で勇者の出身地というのは、娯楽が少ない為か、後々、観光名所になる。その事を知っていたスティングは、村を発展させるため、先行投資で村を整備させたのだ。
 面積も広げるにも、建物を新しくして整備するのにも人手が必要になる。スティングは、又しても貴族権限で、余所の住民をこの土地に連れてきたのだ。
 もちろん、それで簡単に上手くいくはずがない。
 元から住んでいる村人との間で、最初は争い事が絶えなかった。
 身ぐるみ一つで無理やり連れてこられた、右も左も分からない者達だ。住む家も金もない。働けば賃金が貰えるだろうが、その働く場所も無い。スティングの命令で村の面積を広げても、建物を新しくしても、その事に見合った賃金を貰える訳でもない。それにあの時はもう直ぐ厳しい冬が始まる時期だっただけに、余計だろう。
 なんとか一冬を越えた村人の結束は高まったがまた問題が発生する。
 一冬越え、一旦、王都に帰っていたガリウス達、冒険者が村に戻り、本格的に統治を初めてからは地獄だった。
 スティングが自分権限で、処罰してよいと言ったものだから、毎日、誰かが殺され、秩序は崩壊し、混迷を極めた。村は発展したが、笑顔というものは消えてしまったように思える。
 現に、ララに優しい微笑みをくれていた元の村民は、村長以外、みんな殺されてしまった。
 一年前に亡くなったララの祖母、エレノアの死因が加齢による老衰だった事は、ララにとって救いだったかも知れない。
 一方、ララ本人は、あの日以来、更に感情を聖剣によって、凍らされていった。言葉は自分が思うように発する事も出来なくなり、表情も凍ってしまったかのようだ。しかも、この村の環境がララを更に蝕んでいった。好きだった、ピチョンパ釣りにも行かなくなり、来る日も来る日も、外のモンスターやダンジョンに潜って強くなる事だけを望んだ。




 「『ライトニング』」

 10歳になったララは、村より少し離れたダンジョン『エグロマの洞窟』で一人、モンスターと戦っていた。
 身長は140cmを越え、ブロンドの髪は腰に届く程長く、白い真珠のような輝きを放ったていた肌は更に輝きを増して美しさに磨きをかけているようだ。しかし、青く輝く宝石のような瞳だけは、その奥に黒い闇を孕み、生気を失っているようだ。その姿は、まるで宝石で出来た人形のようだった。
 無表情のまま、ララは中級雷魔法、『ライトニング』を放ち、目の前のモンスター数匹を貫いて倒した後、そのまま、後ろへ高く飛び、背後から迫っていた、モンスターの群れを聖剣で瞬殺する。
 この七年間で、ララの戦闘能力は信じられないくらいに成長した。
 聖剣『エクスカリバー』は常人には扱えないくらい重く、それを操るララの筋力は細腕なのに信じられないくらい強くなり、魔法は頭の中に流れ込んでくる言葉を言えば使えるようになった。その言葉を覚えて使えるようになると、無詠唱でも魔法が放てるようになっていたのだ。
 そして、10歳になった今日。聖剣『エクスカリバー』は今までの重さが嘘のように軽くなった。手には、一本の細い木の枝を持っている感覚。体も、物凄く軽い。身体能力が更に向上したのを肌で感じられる程だった。

 「……これなら……このダンジョンのボスも手こずらない……はず。」

 ララは何度も倒した、このダンジョンのボスの元へ足早に向かった。
 『エグロマの洞窟』地下20階 主の間。
 ララはこのダンジョンのボス、『ロックベア』と対峙する。
 2m程とそれ程の大きさはないロックベアだが、全身が岩で出来ている。体全体の強度もさることながら、動きも恐ろしく速い。
 昨日まで、ララはこのモンスターに苦戦を強いられていた。
 ララの能力では、この岩で出来たモンスターの体を剣で切り刻む事は出来ず。あのスピードについていける程の身体能力はなかった。避ける事に集中し、魔法で少しずつ体力を削りながら倒す。持久戦を強いられていたのだ。
 しかし、今日のララは違う。
 あんなに速かったロックベアの後ろを簡単に取れるくらいにスピードが上がっていた。そして、岩で出来た体も紙を切るように簡単に切れる。そして、頭の中にある言葉が流れてきた。

 『魔法剣 炎』

 もう七年間も聞いてきた声だ。ララは躊躇無く、その言葉を口にした。
 その瞬間、白銀だったエクスカリバーが炎を纏い、炎を宿したように赤色に変わる。不思議と魔法と同じように自分には熱さを感じない。
 そしてまた、頭の中に声が聞こえた。

 『魔法剣 炎 一の秘剣 炎撃』

 ララはそう唱えながら、ロックベアに切りかかる。
 ロックベアの体は、熱したナイフでバターを切るように何の抵抗もなくあっさりと切れ、ロックベアの体は溶け炎に包まれる。ララの圧勝だ。
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