プログレた天使たち 

瑠俱院 阿修羅

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16. ギヒテルとロドフェル ジョフィエルの歌詞の変化を分析する

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 夜も更けた頃、六角形の建物の中心部に位置する録音スタジオにロドフェルとギヒテルの姿があった。
彼らはドラム・キットの組み立てと、二段組みペンタゴン配列のキーボード・セットの配置決め、さらに関連機材の設置という、おのおのの演奏能力に見合った作業に今の今まで手こずっていたのだ。
ハイハット・シンバルの上半分を皿回しのように人差し指で回すロドフェルに、機材にもたれかかったギヒテルが言う。

「《Vエンジェルス》のGDに入ってるジョフィエルの歌詞、どう思う?第一期《ケルビム》時代〈聖痕〉や〈聖体拝礼〉といったありがたくももったいない言葉をふんだんに使い、専門用語、神学用語の羅列と意表をつく単語の並べ替えやまわりくどいセンテンスで歌詞をわざわざ難解にしてひとをケムにまいてたのに、急に180度転換して軽薄なラブ・ソング。
時流に乗って方向転換したとはいえ、ちょっと軽すぎないか?あのGDには、ラブ・ソングの他に問題意識の塊のような歌もいくつか入ってる。しかし、どうも感じが前と違うんだ。なんというか、こう、もたもたしてて、どんな稀有壮大な事象でも『これはこう』と、スパッと言い切る、根拠はないが自信はある、みたいな彼特有の姿勢が見受けられない。何か、心境の変化があったのだろうか」

「ああ。それなら、カンタン。後者は主にヒュリエルの作詞らしい。ラブ・ソング担当がジョフィエルで、問題意識がヒュリエル。分担してるんだ」
「え?誰がそんなことを」
「ジョフィエルだよ。情報源が本人で、自慢できることじゃないから、たしかだ。テュリクセルいわく、内容の難解さじゃなく、ポシティブとネガティブで見るとわかりやすいんだそうだ。
ヒュリエルは、容貌の衰えもわりと遅いが、精神年齢のほうは大人になりきれないというか、悩むのが趣味みたいな青年期で止まってる。
直接関知してもいないかつての人間界の不正に怒り、名もない一市民になりきって非力を嘆くところなんか、天賦の才能だな。曲だけでなく彼の詞が、一度は人間だった亡霊たちの心をがっちりつかんだのも無理はない。というわけで、同じように平易な歌詞でも、『生きてるってすばらしい』系がジョフィエルで、『部屋にこもって青臭い悩み、窓を叩いて社会への雄叫び』系がヒュリエル。と、こういうことだ」

「そんなふうに変わってきていたのか。詞だけは専売特許にして意地でも誰にも手出しさせないと思ってたのに」
「結局お流れになった《5エンジェルス》2枚目のGDに、当時既に時代遅れの烙印を押されていた小難しい歌詞を使おうとして不評を買い、『ごめんなさい。もう二度とひとを惑わすような難解な歌詞は書きません』と五線紙に100回書いたうえ、100通りのメロディをつけて歌わされたという話だ」

「あのジョフィエルがか?誰がそんなことやらせたんだ」
「《5エンジェルス》の名でバンドを再建して強気になったテュリクセルだよ。だが、実際それを望んだのはヒュリエルらしい。ヒュリエルにとっちゃジョフィエルは目の上のタンコブだから、いっぺん叩いておく必要があると思ったんだろう。
『丹精込めて並べたかわいい音符たちに、あんなわけのわからない言葉を背負わせるは耐えられない』とヒュリエルがテュリクセルに食ってかかったらしい。
自分が核になって作った曲に関しては、ラウエルもオレも少なからず主張はあったんだ。だけど、あのジョフィエルに面と向かって、作詞を担当させてくれとは言えなかった。『音源がプレスに回ってしまったらもう、プロに徹して意味など考えずに歌いこなすしかない』とはラウエルの言だ。
『どんなムチャクチャな歌詞でも亡霊たちが覚えて口ずさみ始めたら市民権を得る。だから、それまでの辛抱だと自分に言い聞かせている』と話していた。
そこいくと、いかにポップ全盛で追い風の時期とはいえヒュリエルはたいした度胸だよ。再集結第一弾のシングルのタイトルだって『御母とみどり児に捧げるソナタ』に変えようとしたジョフィエルをおさえて『怒りをぶつけたいならスカッシュコートの壁はやめときな』という元々のタイトルで押し切り、歌詞も彼が書いたものを一字一句たがえず使用して空前の大ヒットとなった」

「ヒュリエルという強い味方を得て、テュリクセルの下克上が成立したんだな。かつては愛に目がくらんでひたすら献身し、たいした評価も得ていなかったが、あいつの音楽総監督としての力量がなければ曲作りも録音も自己顕示合戦に終始し、過去の《ケルビム》の数々のアルバムはあれほどの成功を収めなかったはずだ」

「その通り。バンドからバンドへ渡り歩き、ソロでいろんなミュージシャンと組んできて、オレはあいつの真価にあらためて気づいたよ。自分で演奏するより、ばらばらのエネルギーを相互に作用させて一方向にもっていくのがどれほどたいへんなことか。
えばり散らすだけのジョフィエルに代わって、彼はその作業を永年一人でこなしてきたんだ。
昨今、ゾンビのごとく甦りつつある数々の元〈前衛天球派〉による新生天使バンドの中では、メンバーの平行移動にともない活動歴や前にいたバンドでの地位、技術の差によるトラブルが続出してる。力関係のバランスがなかなかとれないから、イニシアチブを巡る争いが絶えないんだ。となると、我々を呼び戻したのはジョフィエルの下克上返し、反革命クーデターととることもできる。新しいバンドで権力を握るために過去の〈戦友〉を呼び寄せる例は今までにも二、三あったはずだ」

「他の〈前衛天球派〉バンドが、解散してそれぞれ新バンドを組んだと思ったら組み合わせを替えに替えて、いつの間にかまた元のメンツに戻ったりしているのはそういうわけだったのか。さすがはロドフェル。裏の事情に詳しいな。酸いも甘いも噛み分け、ブランクのどん底で辛酸をなめつくしたおまえの言うことには、重みというか、深みというか、リアリティがある。おまえのことを《辛酸のソムリエ》と呼んでやろう」
「要らん」

「で、ジョフィエルは二人組のクーデターを境に、いたずらに難解で神学的な詞から離れ、ナイジェルの言っていたように神への愛から人間同士のアムールへ歌詞を変更したのか。よほどの思い切りが要っただろうに」
ギヒテルがこう言うと、とたんにロドフェルが声をひそめた。
「ラブ・ソングは彼にとって、あまり精神的負担にはならなかったかもしれない。一つ、思い当たるふしがあるんだ。ギョーカイの噂では《5エンジェルス》でのジョフィエルの歌詞のモチーフは神への愛アガペーでも、煩悩をひきずる亡霊たちにおもねる人間同士のアムールでもなく、実は神への個人的なアムールらしい」
「どういうことだ。ロドフェル」
「つまり、ジョフィエルがいう〈あなた〉は、神学的な詩のときと同じに神を指している。〈彼〉は、人間界にはびこっていた軽薄な歌詞同様に恋人であり、同時に神でもある。要するに、神とデキているってことさ。そうでもなきゃ、一人だけ、天使らしさを保ち続けていられるはずがない。神にとりいって、えこひいきしてもらってるんだよ」

「じゃあ、今回の声変わりは」
「ずばり、神の心変わり」
ロドフェルが神経質気味に周囲を見回し、さっきよりもさらに声を落として言った。
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