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第1部:スーツの中のワタシ
第二十二章:美容院へ。鏡の奥の輪郭
翌朝。
洗面所の鏡に映るのは、肩に届くくらいに伸びた自分の髪。
寝ぐせのついた毛先をそっと撫でながら、なおは思った。
(……ウィッグ、いつまで使うんだろう)
最近はウィッグの下の地毛が完全に収まらなくなってきていた。
特に首のあたりで違和感が出やすく、暑い日などは蒸れて仕方がなかった。
“なお”として過ごす時間が増えれば増えるほど、ウィッグの重みと嘘っぽさが気になってくる。
(このまま、地毛を伸ばせたら……)
けれど、そうするには“それらしく”整える必要がある。
美容院に行って、「女性として髪を整えたい」と言わなければならない。
心がざわつく。
その日の午後、バイトの合間に真帆と話す機会があった。
「ねえ、真帆さんって、どこの美容院行ってるの?」
「え、私? 渋谷のほうだけど……なんで?」
なおは迷ってから、小さく打ち明けるように言った。
「私も……そろそろ、自分の髪で“なお”になりたくて。
でも、美容院って、男として入るべきか、女の子として予約するか、わからなくて」
真帆は一瞬きょとんとしたあと、すぐににっこり笑った。
「そっか、地毛で“なお”になりたいって思ったんだ。
それ、すっごく素敵なことじゃない?」
そして、スマホを取り出す。
「私が行ってるところ、女性客中心の個人サロンでね、オーナーさん柔らかい人だから絶対大丈夫。
“友達がメイクもするタイプの子で”って言っとく。……どう? 一緒に予約しよっか」
数日後。
サロンの前に立ったなおは、喉の奥がひりつくような緊張を抱えていた。
今日の格好は、白いニットとロングスカート。
ナチュラルメイクに、口紅はやや控えめなピンク。
ウィッグはしていない。
自分の地毛――寝ぐせをブローで整え、分け目をつけて、精一杯“女性らしく”見せた。
「こんにちは。……ご予約のなおさん、ですね?」
店内に入ると、柔らかなアロマの香りと、優しい声が迎えてくれた。
「はい……お願いします」
声がかすれていた。
椅子に座り、ケープをかけられると、もう逃げられなかった。
「今日は、どんな感じに?」
「えっと……できれば、このまま伸ばしていきたくて……女の子っぽいシルエットに、少し整えてもらえたら……」
美容師は頷きながら、優しく髪を梳いた。
「髪質、きれいですね。前髪は軽めが似合いそう。首も長いし、女性らしいライン出しやすいですよ」
“女性らしい”。
その一言に、耳の奥が熱くなった。
シャンプー台に仰向けになり、ぬるま湯が首筋を流れていく。
両手が頭皮をやさしく揉みほぐすたび、体の奥から“なお”が浮かび上がってくるような気がした。
(このまま、ずっとこうしてもらいたい……)
仕上がった鏡の中には、
ふわりと顔周りが軽くなった“なお”の輪郭が映っていた。
ウィッグじゃない、“私の髪”でつくった“なお”。
「すごく、素敵です。これからメイクも、もっと映えると思いますよ」
美容師の笑顔に、「ありがとうございます」と返す声が、少し震えていた。
店を出る頃、真帆からメッセージが届いた。
「どうだった? 自分の髪で“なお”になれた?」
「……はい。嬉しかった」
返信を打ったあと、なおは駅前のウィンドウに映る自分を見た。
(もう、“戻る”って感覚じゃない。
私は……このまま、前に進みたい)
洗面所の鏡に映るのは、肩に届くくらいに伸びた自分の髪。
寝ぐせのついた毛先をそっと撫でながら、なおは思った。
(……ウィッグ、いつまで使うんだろう)
最近はウィッグの下の地毛が完全に収まらなくなってきていた。
特に首のあたりで違和感が出やすく、暑い日などは蒸れて仕方がなかった。
“なお”として過ごす時間が増えれば増えるほど、ウィッグの重みと嘘っぽさが気になってくる。
(このまま、地毛を伸ばせたら……)
けれど、そうするには“それらしく”整える必要がある。
美容院に行って、「女性として髪を整えたい」と言わなければならない。
心がざわつく。
その日の午後、バイトの合間に真帆と話す機会があった。
「ねえ、真帆さんって、どこの美容院行ってるの?」
「え、私? 渋谷のほうだけど……なんで?」
なおは迷ってから、小さく打ち明けるように言った。
「私も……そろそろ、自分の髪で“なお”になりたくて。
でも、美容院って、男として入るべきか、女の子として予約するか、わからなくて」
真帆は一瞬きょとんとしたあと、すぐににっこり笑った。
「そっか、地毛で“なお”になりたいって思ったんだ。
それ、すっごく素敵なことじゃない?」
そして、スマホを取り出す。
「私が行ってるところ、女性客中心の個人サロンでね、オーナーさん柔らかい人だから絶対大丈夫。
“友達がメイクもするタイプの子で”って言っとく。……どう? 一緒に予約しよっか」
数日後。
サロンの前に立ったなおは、喉の奥がひりつくような緊張を抱えていた。
今日の格好は、白いニットとロングスカート。
ナチュラルメイクに、口紅はやや控えめなピンク。
ウィッグはしていない。
自分の地毛――寝ぐせをブローで整え、分け目をつけて、精一杯“女性らしく”見せた。
「こんにちは。……ご予約のなおさん、ですね?」
店内に入ると、柔らかなアロマの香りと、優しい声が迎えてくれた。
「はい……お願いします」
声がかすれていた。
椅子に座り、ケープをかけられると、もう逃げられなかった。
「今日は、どんな感じに?」
「えっと……できれば、このまま伸ばしていきたくて……女の子っぽいシルエットに、少し整えてもらえたら……」
美容師は頷きながら、優しく髪を梳いた。
「髪質、きれいですね。前髪は軽めが似合いそう。首も長いし、女性らしいライン出しやすいですよ」
“女性らしい”。
その一言に、耳の奥が熱くなった。
シャンプー台に仰向けになり、ぬるま湯が首筋を流れていく。
両手が頭皮をやさしく揉みほぐすたび、体の奥から“なお”が浮かび上がってくるような気がした。
(このまま、ずっとこうしてもらいたい……)
仕上がった鏡の中には、
ふわりと顔周りが軽くなった“なお”の輪郭が映っていた。
ウィッグじゃない、“私の髪”でつくった“なお”。
「すごく、素敵です。これからメイクも、もっと映えると思いますよ」
美容師の笑顔に、「ありがとうございます」と返す声が、少し震えていた。
店を出る頃、真帆からメッセージが届いた。
「どうだった? 自分の髪で“なお”になれた?」
「……はい。嬉しかった」
返信を打ったあと、なおは駅前のウィンドウに映る自分を見た。
(もう、“戻る”って感覚じゃない。
私は……このまま、前に進みたい)
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