受付バイトは女装が必須?

なな

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第1部:スーツの中のワタシ

第三十二章:わたしから話します

日を改めて会う約束をした日は、曇り空だった。

駅前のベンチに座って待っていると、河合の姿が人ごみの中からゆっくりと現れた。

変わらない優しい雰囲気。
けれど、なおは今日、その笑顔に対して“嘘をつかない”と決めていた。

「なおさん、こんにちは」

「こんにちは。……来てくれて、ありがとうございます」

お互いに軽く頭を下げ、静かに歩き出す。
向かったのは、何度か訪れた静かな喫茶店。
それでも、今日の空気はまるで違っていた。

注文を済ませ、紅茶が運ばれてくるまでのあいだ、ふたりは言葉少なだった。

テーブルの上、なおの手は膝の上で重なっていた。
小刻みに震える指先を、何度もぎゅっと握りしめて。

(言おう。言うって決めたんだ)

紅茶の湯気が揺れ始めた頃、なおは唇を開いた。

「河合さん……あの、今日、お話ししたいことがあって」

彼は表情を崩さずに、なおの言葉を待っていた。

「私は……いま、“なお”という名前であなたと会ってきました。
 でも本当は、……大学では“春川直人”という名前で生活しています」

河合は、瞬きを一度だけして、何も言わずに黙っていた。

「私は……男性です。
 でも、あなたと出会ってから、“なお”として過ごす時間が、
 本当に、本当に幸せで……」

声が震えた。
喉の奥が焼けるように熱くなって、でも目だけは逸らさなかった。

「ずっと言えなくて、ごめんなさい。
 怖かったんです。
 この時間が終わってしまうのが、あなたに嫌われるのが……怖くて」

沈黙。

カップに手を伸ばしかけた河合の指が、途中で止まる。

「……ありがとう、話してくれて」

なおは息を止めた。

「驚いた。けど……なんとなく、そうかなって、どこかで思ってた」

「……!」

「でも、だからといって――あなたが“なお”であることに、何かが変わるのかって言われたら……
 うまく言葉にできないけど、俺は、“なお”という人に惹かれてきたんだと思う」

なおの目から、涙がすっとこぼれた。

「……ほんとうに、それでいいんですか?
 私、完全な女の子じゃないんです」

「それでも、優しさも笑顔も、言葉も仕草も……嘘じゃなかったでしょ?」

「……はい」

「だったら、それが“あなた”であることに、何も嘘なんてないと思う」

彼はそう言って、テーブル越しに手を差し出した。

「もう一度、なおさんとして……これからのこと、ちゃんと考えてみてもいいですか?」

なおは、震える手でそっとその手を取った。

涙がこぼれても、隠そうとは思わなかった。




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