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第7部:新しい春に、もう一人の“僕”
題1話: はじまりの制服と、初めてのまなざし
春の午後、少しだけ風の強い日だった。
なおは大学の講義を終え、鞄を肩にかけながらビルの階段を上がる。
目的地は、アンブローズ・ホールディングスが手がけるイベント施設――その受付スタッフ用の控え室。
中へ入ると、いつもの香りが迎えてくれた。
柔らかな化粧品とスーツ地の織りなす空気。
髪をほどき、鏡の前に立つ。
ブラウスの第一ボタンを外し、コルセットに包まれたウエストに沿うように、シルクのスカーフを巻く。
ハーフアップに整えた地毛の黒髪が、少しだけ揺れた。
(もうすっかり慣れたな、この姿も)
中にはコルセットと、しっかりと施された鍵付きの構造。
でもなおはそれを「苦しさ」ではなく、自分をきれいに保つ“輪郭”として受け止めていた。
さっきの美月との会話を思い出す。
---
「なお、ちょっといい?」
「うん?」
「受付のバイト、イベント数増えて人手が足りなくて。で、ね……今日、面接に来た子、ちょっと前のあなたに似てたの」
「えっ」
「声も柔らかくて、体格も悪くないし。本人は“普通の女性向けのバイト”だと思ってるけど……ちょっと、任せてみたいと思ってるの」
そして、美月が笑って続ける。
「今度は、あなたが教える番。大丈夫でしょ、なお?」
---
控え室のドアがノックされた。
「失礼します……美月さんに、こちらで着替えるようにって……」
入ってきたのは、見知らぬ少年――
いや、年下の学生。制服ではなく、私服に近い格好だったけれど、明らかにまだ“少年”の気配を残した大学1年生くらいの男の子。
(……この感じ、どこかで見たことがある)
ぎこちない歩き方、両手に制服用の袋を持って、
まるで「間違えて女子更衣室に入ってしまった」みたいな空気をまとっている。
「こんにちは。今日から、なの?」
なおが声をかけると、彼は一瞬びくっとして、深くお辞儀をした。
「は、はい。ひ、柊です……」
「柊くん。よろしくね、私は“なお”。今日は私がいろいろ手伝うから、安心していいよ」
彼は、なおの姿をまっすぐ見て、目を丸くした。
(……気づいてない、というか、“わからない”んだ)
そのまなざしには、“女性に見えている驚き”が浮かんでいた。
なおは、美月に教わったとおりのトーンで微笑んだ。
「制服、着てみようか? 最初はびっくりするかもしれないけど、大丈夫。わたしも、最初は戸惑ったよ」
柊は口をぱくぱくと開いたまま、しばらく何も言えなかった。
「え、えっと……え、これって、ほんとに……?」
「そう。“女性として”の受付、っていうのがルールなの」
「で、でも……ぼ、僕……」
その不安な声を、なおはふわりと包み込む。
「うん。でもね、それは“最初だけ”だから。
着てみて、鏡で見て、それでも違うって思ったら、すぐ相談すればいいから」
そうして、はじまった柊の“最初の女装”。
シャツを脱ぎ、細身の身体にフィットするブラウスを通し、
ストッキングの履き方をなおがゆっくり教える。
「片足ずつ、膝まで、ね。伝線させないように」
下着は肌触りの良いベージュ。
サイズもやや緩めで、最初の違和感を軽減させる設計。
でも――着せられるたびに、柊の身体が、
少しずつ赤く、反応していくのがわかった。
「……大丈夫?」
「う……うん……でも、なんか、へんな感じがして……」
なおは笑った。
「それ、よくあることだよ。はじめてって、どんなことでも体がびっくりしちゃうから」
「……“なおさん”は、最初から、こんなに……綺麗だったんですか?」
「ううん。全然。
最初は、スカートが脚に当たるたびにドキドキしてたし、化粧なんてよく分からなかった」
鏡の前。
柊は、ウィッグではなく、自然なまま整えられた自分の姿を見つめて、
言葉を失っていた。
(ああ、この気持ち……)
なおは思った。
自分が初めてこの場に立ったときも、同じ気持ちだった。
その日、柊は何も言えないまま、受付の制服を着て立っていた。
でも、どこかで――
“新しい何か”が、彼の中で静かに芽生えていた。
なおは大学の講義を終え、鞄を肩にかけながらビルの階段を上がる。
目的地は、アンブローズ・ホールディングスが手がけるイベント施設――その受付スタッフ用の控え室。
中へ入ると、いつもの香りが迎えてくれた。
柔らかな化粧品とスーツ地の織りなす空気。
髪をほどき、鏡の前に立つ。
ブラウスの第一ボタンを外し、コルセットに包まれたウエストに沿うように、シルクのスカーフを巻く。
ハーフアップに整えた地毛の黒髪が、少しだけ揺れた。
(もうすっかり慣れたな、この姿も)
中にはコルセットと、しっかりと施された鍵付きの構造。
でもなおはそれを「苦しさ」ではなく、自分をきれいに保つ“輪郭”として受け止めていた。
さっきの美月との会話を思い出す。
---
「なお、ちょっといい?」
「うん?」
「受付のバイト、イベント数増えて人手が足りなくて。で、ね……今日、面接に来た子、ちょっと前のあなたに似てたの」
「えっ」
「声も柔らかくて、体格も悪くないし。本人は“普通の女性向けのバイト”だと思ってるけど……ちょっと、任せてみたいと思ってるの」
そして、美月が笑って続ける。
「今度は、あなたが教える番。大丈夫でしょ、なお?」
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控え室のドアがノックされた。
「失礼します……美月さんに、こちらで着替えるようにって……」
入ってきたのは、見知らぬ少年――
いや、年下の学生。制服ではなく、私服に近い格好だったけれど、明らかにまだ“少年”の気配を残した大学1年生くらいの男の子。
(……この感じ、どこかで見たことがある)
ぎこちない歩き方、両手に制服用の袋を持って、
まるで「間違えて女子更衣室に入ってしまった」みたいな空気をまとっている。
「こんにちは。今日から、なの?」
なおが声をかけると、彼は一瞬びくっとして、深くお辞儀をした。
「は、はい。ひ、柊です……」
「柊くん。よろしくね、私は“なお”。今日は私がいろいろ手伝うから、安心していいよ」
彼は、なおの姿をまっすぐ見て、目を丸くした。
(……気づいてない、というか、“わからない”んだ)
そのまなざしには、“女性に見えている驚き”が浮かんでいた。
なおは、美月に教わったとおりのトーンで微笑んだ。
「制服、着てみようか? 最初はびっくりするかもしれないけど、大丈夫。わたしも、最初は戸惑ったよ」
柊は口をぱくぱくと開いたまま、しばらく何も言えなかった。
「え、えっと……え、これって、ほんとに……?」
「そう。“女性として”の受付、っていうのがルールなの」
「で、でも……ぼ、僕……」
その不安な声を、なおはふわりと包み込む。
「うん。でもね、それは“最初だけ”だから。
着てみて、鏡で見て、それでも違うって思ったら、すぐ相談すればいいから」
そうして、はじまった柊の“最初の女装”。
シャツを脱ぎ、細身の身体にフィットするブラウスを通し、
ストッキングの履き方をなおがゆっくり教える。
「片足ずつ、膝まで、ね。伝線させないように」
下着は肌触りの良いベージュ。
サイズもやや緩めで、最初の違和感を軽減させる設計。
でも――着せられるたびに、柊の身体が、
少しずつ赤く、反応していくのがわかった。
「……大丈夫?」
「う……うん……でも、なんか、へんな感じがして……」
なおは笑った。
「それ、よくあることだよ。はじめてって、どんなことでも体がびっくりしちゃうから」
「……“なおさん”は、最初から、こんなに……綺麗だったんですか?」
「ううん。全然。
最初は、スカートが脚に当たるたびにドキドキしてたし、化粧なんてよく分からなかった」
鏡の前。
柊は、ウィッグではなく、自然なまま整えられた自分の姿を見つめて、
言葉を失っていた。
(ああ、この気持ち……)
なおは思った。
自分が初めてこの場に立ったときも、同じ気持ちだった。
その日、柊は何も言えないまま、受付の制服を着て立っていた。
でも、どこかで――
“新しい何か”が、彼の中で静かに芽生えていた。
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