おっ☆パラ

うらたきよひこ

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第2話 猛暑の現場に咲く笑顔!ガテン系おじさんが熱視線

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 朝から突き刺すような日差し。ビルのアスファルトを照り返す熱気だけで、早くも汗が吹き出してくる。そんな中、僕──佐藤一真(さとう かずま)は、会社のビル修繕工事の進捗確認と打ち合わせのため、現場に向かっていた。外気温は既に30度を超えているらしい。梅雨明けしたばかりの真夏日が続くとは、今年はやたら厳しい気がする。

「おはようございますっ……うわ、暑いですね……」

 施工会社の職人たちが作業している足場の下へ向かいながら、誰ともなく声をかける。返事があるかどうかと思いきや、聞こえてくるのはドリルの騒音と人々の掛け声。みなさん忙しそうだ。僕が遠慮がちにウロウロしていると、奥のほうから大きな声が飛んできた。

「おーい、そこの若いの! もしかしてここの社員さんか?」

 声の主を確認すると、体格が良く腕っぷしの太い男性──年のころは40代後半だろうか。日焼けした肌とガッシリした輪郭、眉もごつくて、どちらかと言えば怖い系の見た目だ。ただその表情は柔らかく、汗で光る額にはタオルが巻かれている。
 一瞬ひるみそうになったが、僕は自社ビルの担当として来ているわけだし、ここはしっかりしなくては。

「はい、弊社で今回の修繕工事担当をしている佐藤です。今日は段取りの打ち合わせで伺いました!」

 そう伝えながら、慌てて名刺入れを探す。が、工事用の作業ズボンのポケットに入れたままだったのか、なかなか見つからない。冷や汗をかきつつなんとか名刺を取り出して差し出すと、相手は笑いながら「オレは棟方健造。今回、この現場を任されてんだ」と名乗ってくれた。ゴツい手と名刺のサイズ感が合ってないのも、なんだか微笑ましい。

「棟方さん……ですね。本日はどうぞよろしくお願いします」

「おう! よろしく頼む。つっても、工事はあと二週間もすりゃ終わる予定だから、よほど問題がなけりゃ心配ないぞ」

 頼もしそうな声だ。実際、足場のあちこちで作業がテキパキ進んでいるように見える。職人さんたちが声を掛け合いながら、壁の塗装を丁寧にやっている。けれど、こんな炎天下で作業をするって相当つらいんじゃ……と思った矢先、視界の端に見えたのは、作業員が額の汗を拭いながらふらつくような素振り。あれは大丈夫だろうか。

「すいません、ちょっと……」

 僕は気になって駆け寄る。ペットボトルの水を手渡し、「無理しないで休んでくださいね」と声をかける。すると作業員の方は恐縮しつつも「助かるよ、若いの」と笑ってくれる。隣で見ていた棟方さんが「おお、気が利くじゃねぇか」と大きく頷いた。

「昼前に一度休憩挟むんだが、この暑さだと水分補給はいくらでも必要だからな。今度の担当者は随分優しいやつだな?」

「いえいえ……僕が職人さんだったら絶対、こんな暑い日差しの下で作業なんか無理ですよ」

「ははは! 確かに。まあ、オレらは慣れてるが、それでも熱中症は怖いからな」

 棟方さんはワイルドな顔に似合わず、笑うと優しい雰囲気がにじみ出る。職人仲間からの信頼も厚そうだ。こういう現場監督って、怒号を飛ばすイメージがあったが、この人にはどこか親分肌というか、面倒見のいい兄貴分っぽさがある。

 僕は少し安心して「打ち合わせの場所を……」と切り出すと、棟方さんが「工事用の仮設事務所がビル裏手にあってな」と案内してくれた。そこはエアコンが弱々しく動いている簡易プレハブ。扇風機も回っているが、冷気が逃げているのか、やはり蒸し暑い。

「じゃあ、工程表をチェックしてくれ。特に追加要望とか急な変更があればここに書き込んでくれりゃ助かる」

「はい……えーと、外壁部分の補修箇所のマッピングですね。なるほど、今こんな感じで進んでるんですね」

 僕は会社で作った書類や図面と照らし合わせながら確認していく。それほど大きな問題はなさそうだ。僕がチェックを終え、「異論ありません」と結論づけると、棟方さんは「了解だ」とうなずく。

 ちょうどそのとき、僕のスマホが震えた。画面を見ると、会社の上司・神田さんからだ。昨晩のやりとりでは「明日は現場のことは全部佐藤に任せたからな」と言われていたけど、やはり気になって電話してくるらしい。

「佐藤、そっちはどうだ? ちゃんと打ち合わせできてるか?」

「はい、大丈夫です。棟方さんという方が現場の監督をされていて、とても頼りになります。問題なさそうです」

「そっか。ま、せいぜいお前も監督さんに気に入られるように愛想振りまいとけよ」

 神田さんが嫌味というより冗談っぽく笑って電話を切る。切り際に「あとで社に戻って報告書まとめとけよ」と付け足すあたり、あの人らしい。僕は少し気が抜けたようにため息をついた。それを見ていた棟方さんが「上司か?」と尋ねてくる。

「はい、まあ、心配して電話くれただけなんですけど」

「ふーん。会社の偉いさんってのは、大抵口うるさいか、無関心かのどっちかだと思ってたけど……お前のとこは割と面倒見いいんだな」

「面倒見というか……うちは年上の人が多くて、可愛がってもらってます。なんというか、ありがたいんですけど……ちょっと戸惑うこともあって」

 自分で言っておきながら、なんとも曖昧な気持ちになる。実は僕、なぜか年配男性──いわゆる“おじさん”世代の人たちに妙に好かれやすい。先日も大学教授の藤堂先生からやたら気に入られてしまったばかりだ。もちろんありがたいけれど、まだその理由がピンと来ていない。

「ははっ、お前、いい奴そうだもんな。ちょっとわかるぜ。人当たりが柔らかくて、愛想がいいって言うか……」

 棟方さんは大きな手で頬をかくと、「ま、とにかくよろしくな」と笑いかける。その笑顔には確かに兄貴分っぽさがある。ただ、話をしているうちに気づいたのは、よく見るとこの人、体はガッシリしているが、目が結構優しい形をしてる。いかつい見た目とのギャップに妙な安心感を覚えた。

 打ち合わせが一段落したので、そろそろ帰社しようかと席を立つ。だが、外に出る直前、プレハブの扉を開けるだけでむわっとした熱気が入り込んでくる。これから午後の作業が続くだろう職人さんたちは大丈夫なんだろうか。ちょっと心配だ。

「あの、棟方さん。午後、皆さん休憩は十分取られますか?」

「ん? まあ適宜とってるけど、職人ってのは一回流れに乗ると止まりたくなくなるんだよ。追い込みかけるって言うか……まあ、それはオレの仕事で制御してるつもりだが」

「そうですよね……」

 実は僕、ちょっと気になることがあって。近所に大きなコンビニがあったし、冷たい飲み物の差し入れでもしたら喜ばれるかな。とはいえ、工事現場の人数は多いから、全員分買うと出費が痛いかもしれない。でも見て見ぬ振りはできない性格なのだ。

 意を決して、「すみません、少し抜けてもいいですか?」と棟方さんに断りを入れる。何かあったのかと怪訝そうな顔をするが、「すぐ戻ります」とだけ告げ、僕はコンビニへダッシュした。

 ──約15分後、ビニール袋を両手にぶら下げて、戻ってきた僕。中にはスポーツドリンクや麦茶のペットボトル、それにゼリー飲料などを合計で20本以上。お会計は結構な額だったが、まあ月末までは耐えられるだろう……はず。

「すみません、急にいなくなって。差し入れってほどでもないんですが、皆さんもしよかったら飲んでください」

 僕がドリンクの袋を差し出すと、最初は職人さんたちも「え、いいよ、気を遣わなくて」と遠慮する。でも、汗だくだくの彼らが蓋を開けてごくごく飲む姿を見ると、こっちまでスッキリした気分になった。思わず「いやあ、よかった」と胸をなでおろす。

 そんな僕らを見ていた棟方さんが、腕を組みながら苦笑している。

「おいおい、担当者がそこまでしてくれるなんて、どんだけ気前がいいんだよ。ありがとな、助かる。……じゃ、オレも。いただきます」

「あ、はい。少しでも体力回復できたらいいなと思って」

「気の利くヤツだな。はは、まるでオレらのアニキみたいじゃねーか」

 アニキ。いかにも現場っぽい呼び方。だが、明らかに僕のほうが年下だし、どう考えても立場は僕が下である。それなのに、この照れくさい呼ばれ方。周囲の職人さんも「おっ、アニキか!」と面白がっているから、ここで否定するのも変な感じだ。なぜかそのまま「佐藤のアニキ!」と呼ばれるようになってしまった。

 ──しかしまあ、喜んでもらえたのは何より。僕としては「現場のみなさんが少しでも快適に作業できるなら」という思いで買ってきただけ。だけど棟方さんは僕の肩をバシバシ叩きながら、「なんて気前のいい担当だ。困ったことがあったら、お前に頼んでもいいんだろ?」と勢いよく言ってくる。

「い、いいんですけど……僕にできることなら……」
「おう! じゃあ何かあったら声かけるからな、アニキ!」

 隣の職人さんが「棟方さんこそアニキだろ」なんて茶々を入れているのが聞こえる。皆で笑っているうちに、いつの間にか緊張感はすっかり消え、和やかな空気が流れていた。灼熱の中でも、なんだか心は涼しいというか、ほっこりする。

 その後、ちょっとした雑談を経て、僕は「では一度会社に戻りますね」と挨拶をする。棟方さんは残念そうに「もう行くのか」と言うが、いやいや工事の確認は一通り済ませたのだから帰らないと業務が進まない。名残惜しそうにする理由がわからないが、とにかく「また来ますね」と手を振ってその場を後にした。

 駅へ向かって歩いている最中にも、ジリジリと照りつける太陽が汗を誘う。ハンカチで額を拭いながらスマホを見ると、ちょうど昼休みらしく会社のチャットグループがざわついている。何事かと思ったら、どうやら藤堂教授(先日出会った大学教授)から会社宛にお礼のメールが届いたらしく、僕にも「至急読んでおけ」と神田さんが転送してきたらしい。

 添付された文面を開くと、そこには「先日の研究発表会、大変有意義な時間を過ごすことができました。特に佐藤くんとの会話が印象に残りました……」みたいなことが書かれている。それを見た上司たちが「お前、教授にそんなに気に入られたのか?」と興味津々。
 社内チャットには既に「佐藤、お前何したんだ?」「今後あの教授と連携するなら、佐藤がキーマンかもな」などと書き込みがあって、なんだか勝手に盛り上がっている。

「まったく……そんな大したことしてないのに」

 僕は苦笑しつつ、ポケットにスマホをしまう。今朝からの出来事だけで十分不思議な一日だ。猛暑の工事現場に行けば、ワイルドなおじさんに気に入られるし、会社に戻る前から既に別のおじさん(藤堂教授)の話が舞い込んでくる。
 こうして“おじさんにモテてる感”がますます濃厚になっていくのは、一体なぜなのか──さすがに自分でも少しだけ戸惑いを覚える。

 会社に戻り、神田さんに現場の報告書を提出。工事は予定どおり進んでいて問題なし、と伝えると、「じゃあもうお前は次の案件に移れ」と言われ、一旦デスクで昼食をとることにする。弁当を広げながら、先ほどの暑い現場の風景を思い浮かべる。

(あの棟方さん、すごく熱血だけど、やさしいんだよなぁ……)

 そのとき、僕のスマホが再び震えた。今度は見知らぬ番号。なんとなく嫌な予感がするが、出てみる。

「もしもし……佐藤です」

 すると受話器の向こうから聞こえてきたのは、あのよく通る低音ボイス。

『おう、一真か? オレだ、棟方だけど』

 一瞬、「名字じゃなくて名前で呼ぶんだ」と驚いてしまう。でも、それだけでなく心がざわつく理由がある。だって、どうして僕の電話番号を知っているんだろう……?

「え、あ、棟方さん……どこで僕の番号を……?」

『さっき管理部の担当からもらったんだよ。連絡先がわからんと不便だろ? 工事の件とかさ』

「ああ、なるほど……確かにそうですね。連絡先を交換してなかったですもんね」

 社内ルール的には、外部に勝手に個人情報を渡すのはどうなんだろう……と気になるが、工事の打ち合わせ絡みならありなのかもしれない。今まさに昼休みだし、当の本人から電話が来たわけだし、ここは素直に受け止めることにした。

「それで、どうかしましたか?」

『いや、特にこれといった用事はないんだけど……さっきは差し入れありがとうなって言いたくて。あんまり気にされても困るか?』

「あ、いえ、そういうことなら……どういたしまして。みなさん頑張っているので、ちょっとだけ応援したかっただけなんです」

『そっか……。いや、あれ見て若い子も捨てたもんじゃないなーって思ったわ。お前、やっぱいい奴だな。ははっ』

 電話越しの棟方さんの笑い声は、やっぱり豪快だ。僕はなんだかこそばゆい気持ちで「い、いい奴かどうかはわかりませんけど……」と謙遜する。

『それとな、実は今度の土曜日も半日だけ作業があるんだ。もし暇なら覗きに来いよ。別に仕事じゃなくていいし、顔見せるだけでうちの若いのも喜ぶからさ』

 まさかのプライベート誘い? 正直、土曜日出勤は避けたいところだけど、「頼むわ!」と勢いよく言われると断りにくい。小心者の僕は、「時間が合えば、顔ぐらい出しますね」ととりあえず曖昧に答えてしまう。すると「よっしゃ、サンキューな!」と喜んだ声が返ってきて、なんだか断ったら悪い気がしてきた。

 電話を切ったあとも、僕の頭には「なんでこんなにも気に入られてるんだろう……」という疑問がぐるぐるする。実際、表向きは普通の“お客さんと施工会社の関係”にすぎないはず。だけど棟方さんの言葉の端々には、すでに僕を「仲間」のように扱うニュアンスが混ざっている気がするのだ。

(これが“おじさんにモテる体質”ってやつなのか……?)

 半信半疑で午後のデスクワークに取りかかる。とはいえ、仕事が山積みで考え事をしている余裕などすぐに無くなっていった。発注書やら提案書やら、やるべきタスクを淡々とこなしていくうちに、いつの間にか夕方。

「ふう……今日は暑さと書類でぐったりだ……」

 そう呟きながら、ようやく一日の仕事を終えようと席を立ったところで、またしてもスマホが震える。今度はチャット通知。なんと、先日の藤堂教授から個人的に「研究室へ遊びに来ないか?」とのメールが届いているらしい。社内チャットとは別ルートで、会社の総務が僕宛てに転送してきたようだ。

 さらに確認すると、上司の神田さんから「せっかくだから行ってこいよ」と尻を叩かれている。どうやら近々、藤堂教授が研究室見学会のような小イベントを企画しており、僕を招待したいらしいのだ。

「……どうなってんだ、まったく」

 思わず小声で呟いてしまう。大学教授から招待状、ガテン系の現場監督からは休日のお誘い……次から次へと現れる“おじさん”たち。僕が普通に仕事しているだけなのに、なぜこんなに好かれるのか。

 いや、考えたって答えは出ない。僕は荷物をまとめ、暑い外気を嫌がりつつ会社を出た。昼間の猛暑からほんの少し和らいだとはいえ、アスファルトはまだ熱を持っている。容赦なく汗がにじみ、シャツが背中に張り付く。

(とりあえず、土曜日の棟方さんの件……どうしようかな)

 そんなことを思い浮かべつつ家路を急ぐ。今日だけでいろいろありすぎて、頭の整理が追いつかない。けれど不思議と嫌な気分はしないのだ。むしろ、誰かが自分に期待してくれて、親しみを感じてくれるというのは素直に嬉しい。

「まあ、いいか。おじさんにモテるなんて、ちょっと面白いし……」

 ひとりごとを呟きながら、アスファルトの上に伸びる自分の影を眺める。果たしてこの先、どんなおじさんたちと出会い、どんなふうに気に入られてしまうのだろう? 大学教授の藤堂先生、そして棟方さん……まだまだ僕の出会いは始まったばかりなのかもしれない。

 日が沈む直前のオレンジ色の空を見上げると、じっとりした暑さのなかにも少しだけ爽快感が混ざっている気がした。熱帯夜の予感に溜め息をつきつつも、僕の胸はなぜだかほんのり温かいままだった。
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