ちいさな物語屋

うらたきよひこ

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#282 増殖するこけし

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「これ、もらってくれる?」

隣に住むおばあさんがそう言って、僕に一体のこけしを手渡してきた。

手のひらサイズの、素朴で、わずかに微笑を浮かべたような顔のこけし。

「昔、部屋に置き場所がなくなってしまってねぇ」と、おばあさんはにこやかに言った。

僕はとくにこけしに興味があったわけではないが、断る理由もなかったので、「そうなんですね。ありがとうございます」と丁寧に受け取った。

部屋に持ち帰り、本棚の隅にちょこんと置いた。

その夜は特に何も起こらず、僕はいつも通り眠りについた。

翌朝、目を覚ますと、不思議な違和感があった。

ふと本棚を見ると、昨日もらったこけしの隣に、同じこけしがもう一体並んでいる。

最初は見間違いかと思った。だが、手に取ってじっくり眺めると、間違いなく二体ある。

「……もしかして、昨夜すでに二体もらったんだろうか」

そんなはずはない。

念のためおばあさんに確認しに行くと、「私があげたのは一つだけよ。どうして二つあるのかしらね」と、首を傾げた。

不安に駆られつつ、二体のこけしを並べて写真を撮った。

その夜、寝る前にもう一度こけしを見ると、三体に増えていた。

頭の中にじわじわと奇妙な恐怖が広がる。

次の日には四体、五体……

一日ごとに一体ずつ増えていく。

こけしの顔はどれもそっくりで、素朴な笑みを浮かべている。

しかし、部屋の隅やカーテンの陰、果ては冷蔵庫の上にまで現れ始めた。

気味が悪くなり、ある晩こけしを全て段ボール箱に詰めてガムテープで封をした。

「これで増えたりしないだろう」

だが翌朝、目を覚ますと、箱はしっかり閉じたままなのに、部屋の各所にこけしがまた現れている。

封印は何の意味もなさなかった。

僕はこけしを捨てることを決意した。

夜中、近所のゴミ捨て場にこっそりと持っていく。

翌朝、胸騒ぎを覚えて部屋に戻ると、やはりこけしたちは戻っていた。

しかも、前より数が増えている。

ついに恐怖に耐えきれず、おばあさんに助けを求めに行くと、彼女は静かに首を振った。

「そのこけし、返すことはできないの。受け取った人の元で増え続けるのよ」

「どういうことですか?」

「うちも、もともとは一体だったの。でも、いつの間にか増えて、どうにもならなくて……あなたが引き取ってくれたとき、正直ほっとしたのよ」

「そんな……!」

途方に暮れながら家に戻ると、部屋はこけしで埋め尽くされていた。無数のこけしが静かにこちらを見上げている。

気がつけば、僕の夢の中にもこけしが現れるようになった。

夢の中のこけしたちは、言葉を発しないが、何かを訴えるような眼差しで僕をじっと見つめてくる。

目を覚ますと、こけしの数はさらに増えている。

どうしても止めたい一心で、ネットで「増えるこけし」「こけし 呪い」などと調べてみる。

似たような体験談が世界各地に点在していた。ある掲示板には、こんな記述があった。

「増えるこけしは、元の一体を見つけ出し、それを誰かに譲ることでしか手放せない。捨ててもムダ」

だが、誰かに押し付けることに抵抗があった。僕は悩み続けたが、ついに限界が訪れた。

こけしは毎日、増殖し続ける。

気がつけば、僕の部屋はすでにこけしで埋め尽くされていた。

ある日、訪ねてきた友人が僕の部屋に一歩足を踏み入れ、こう呟いた。

「すごい数のこけしだな……なあ、一つもらってもいい?」

一瞬、迷った。だが、チャンスだと思ってしまった自分もいた。

そして、僕はうなずいてしまった。

幸い大元になったこけしは、ずっと同じ場所にある。一度捨てた後に入れ替わっていなければ、間違いない。写真も撮ってあるので、間違いようがなかった。

そのこけしをつかんで、そっと友人に渡すと、部屋の空気がすっと軽くなったような気がした。

友人はなんの疑いもなくそれを持ち帰った。おそらく僕は友人を一人失うことになるだろう。

それ以来、部屋のこけしは少しずつ減っていった。

しばらくして友人から電話がかかってきた。僕はそれを無視した。

僕が隣のおばあさんに抱いたような不信感を向けられていると思うと、怖くて電話に出られなかったのだ。隣のおばあさんみたいに「どうしてだろうね?」と、とぼけられるほど強くない。

解決法を見つけて、なんとか切り抜けてくれ。僕は再度鳴りはじめた電話をじっと見つめた。
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