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優しい隣人
しおりを挟む鮎川リンコはしがない会社員だ。
実家を離れて東京のアパートに一人で暮らし、家と会社を往復する日々を送っている。
ある日、リンコがいつも通り錆びた階段を登っていると、ある異変に気が付いた。
彼女の部屋のドアが、わずかに空いているのだ。
家を出る時、確かに鍵は閉めたはずだった。田舎にある彼女の実家が開放的だったため、都会に出たら注意しろと散々に言われていたのでそれだけは忠実に守っていた。
しかしドアが空いている。
これは変だ。
強盗かもしれない。
リンコは携帯を手に持ち、すぐにでも通報する準備を整えながらドアを開ける。
中は暗い。人の気配もない。
しかし、朝とは何かが違う違和感がある。
「だ、誰かいますか?」
そう暗闇にかけても返事はない。物音もしない。
ドアを開けたまま中へ入り、電気を付けるとリンコは目を見開いた。
物が飛び散らかした部屋、ズタズダに切り裂かれた壁。
タンスや机の引き出しが乱暴に開かれ、中はグチャグチャに乱されている。
さらには台所のシンクから水が溢れ出て、部屋中水浸しだった。
信じられなかった。
思わずリンコは携帯を床にゴトンと落とし、ヘナヘナとその場に座り込んでしまう。
誰がこんなことを...。
強盗?
まさか自分がこんな目に遭うなんて思ってもみなかった。
そ、そうだ取り敢えず警察に通報しないと...。
取り乱したリンコが慌てて携帯を探そうとした時
「あのー大丈夫ですか?」
そう背後から声が聞こえ、リンコは飛び上がった。
戻ってきた強盗かもしれないと震えながら恐る恐る振り返る。
すると、そこには心配そうな顔をした女性が立っている。
白い、長い裾のワンピース。どう見ても強盗ができる格好ではない。
それによく見れば、何度か顔を合わせたことがあるアパートの住人だった。
確か隣人の...高宮と言ったか。自分より少し年上の美人という印象で覚えていた。
「これは...どうしたんですか?」
高宮はリンコの部屋の惨状を見て驚いているようだった。
玄関からでもわかるほど、部屋は酷い。
「たぶん......強盗かもしれないです」
「ええっ!」
強盗かもしれない。
そう言葉に出すと恐怖で思わず声が震えた。
リンコの目にじんわりと涙が浮かぶ。
それを見た高宮はハッとして急いで駆け寄り、リンコの手を握った。
「落ち着いて、大丈夫よ。落ち着いて」
手を握られ、それから高宮に大きく抱擁されたリンコは思わず高宮の胸にしがみついて大きく息を吸った。
それだけ恐怖だった。
自分の家に害意をもった誰かがやってくるというのは恐怖でしかない。
高宮に抱擁されることでその恐怖が少しずつ和らいでいくのをリンコは感じた。
「取り敢えず私の部屋に来ない?
ここにいるより......一旦気持ちを落ち着かせたほうがいいわ」
「あ、ありがとうございます。
じゃあそれに甘えて...」
「うん」
今のリンコにとって高宮は誰よりも安心できる存在だった。
自分の場所がめちゃくちゃにされ、そこへ居場所を与えてくれる人がいれば当然安心する。
リンコは高宮に抱き支えられた形で立ち上がり、そのまま部屋を出た。
夜風は冷たい。
しかし高宮の温もりが逆に際立って感じられた。
そのままリンコの隣の部屋、高宮の部屋に入るとリンコの緊張の糸が切れた。安堵の波が襲ってきて、リンコはその場でぺたんと座り込んだ。
ここは安全なんだ。
そんな思いで力が抜ける。
「大丈夫?」
そう言って再び高宮がリンコを抱擁する。
それがリンコにとって何よりも安心するものであった。
恐怖というより安心の涙をリンコは拭き取る。
「......もう少し、このままでもいいですか?」
「もちろんよ。落ち着くまで......ずっとこのままでいいのよ。落ち着いてからもずっと......」
高宮はリンコの髪をゆっくりと撫でる。
リンコはその優しい温もりを感じながら、ゆったりと力を高宮に預けていく。
「ずっとこのままで.......ずっと.....」
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