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慌てるチャラ医(守)
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甘いものが欲しい……
仕事の合間にコンビニへ買いに行こうとして、ロビーの方へ向かって歩いていた。
淡いオレンジ色の服を着た女の子が、椅子に座って俯いているのが遠くからでも見え、酷く寂しそうな雰囲気に目が離せなかった。
急ぎ足でロビーへ近付くと、その子は人の気配に気づいたように、ふっと顔をあげた。
あ、数子ちゃんだ……
彼女は俺と目が合うと、ふらりと立ち上がった。
その顔は、何か怖いものでも見てきたかのように真っ青で、手は小刻みに震えていた。
「数子ちゃん、どうしたの!?」
彼女は俺の質問に答える代わりに、震える声で言った。
「佐藤先生……お父さん、病気なんですか?」
バレたのか!?
確信めいた嫌な予感が脳裏をかすめる。
「えっ、なんで急にそんなこと聞くの?」
「さっき雨宮梨々花…さんから電話があって、父は病気で手遅れだって」
色を失った唇から零れ落ちた言葉に愕然とする。
あの女、なんて事を……。
すぐに司に連絡しないとまずい。
「鈴田先生、あんな綺麗な人と付き合ってたんですね……。でもいくら綺麗でも性格悪すぎ。相手の気持ち考えたら、普通そんなこと言えないのに、蟻んこでも踏み潰すみたいに」
見開いたままの目から溢れ出したものが、赤みの無い頬を伝い落ちる。
「でも、本当に病気なら何も知らないなんて嫌だし、たとえ悪意があっても、教えてもらえて良かったのかも」
胸を締め付けられるような、悲しい声だ。
あのバカ女、数子ちゃんに嫉妬したとしても、人としてやっちゃいけないだろう。
ったくホントにどこまで自己中なんだ……。
それにしても海老沢さんの病気のことなんて、まだごく限られた人間しか知らないはずなのに、一体どこのバカが喋りやがった、あああくそっ、無性に腹が立つ。
「佐藤先生、父は何の病気なんですか?」
「いや数子ちゃん、ちょっと待って……」
この様子だと海老沢さんは、やっぱり全く話してないんだよなぁ?
それを俺の口から話すわけにはいかないし、ただあんまり嘘をついても恐らく信じないだろうし、信じたとしても後でバレた時に傷つくのは数子ちゃんだし、あああ、困ったなぁ……。
「えぇと、色んな検査はしたけどね、結果はまだ揃ってないんだよ」
「そうなんですか」
数子ちゃんは消え入りそうな声で呟いて、「先生、嘘ついてますよね?」と。
ギクッ!!
「え?」
「知り合いが言ってました。人は嘘を吐く時に、無意識にチラッと右斜め上を見るそうです。先生いま、思いっきり見てました」
しまった。結構有名な説だし、女の子関係の時は地雷踏まないように注意して正面向くようにしてたのに、今は頭が回らなかった。
肝心な時に、何やってんだよオレ。
「先生、本当の事を教えて下さい」
「それは……」
数秒言葉につまりながら頭をフル回転させたが、良い考えなんて浮かびはしなかった。
「あのね数子ちゃん、医者は本人の許可がないと、家族にも病状を話しちゃいけない事になってるんだ」
これじゃ嘘ついたと認めてるも同然だ。
束の間の沈黙が流れた。
心細そうに、それでいて真剣に俺を見つめる潤んだ瞳を見ながら、胸がキリキリと痛んだ。
「分かりました。でも、そういう事なんですね?」
か細い声が、ズンと心に突き刺さる。
可愛いらしい顔は、痛々しいくらい悲しげに歪み、俺は一瞬言葉が出なかった。
その刹那、胸ポケットのPHSが鳴り始めた。
「先生、お忙しいのに済みませんでした。私、もう帰ります」
消えそうな声で早口に言って、彼女は俺から数歩離れた。
「待って!」
駆け寄って引き止めながら、電話に出る。
『検査室ナースです。さっき大腸カメラした石川さんですけど、お腹に痛みがあるようなので診て頂けますか?』
「分かった、すぐ行く」
電話を切った直後、先に口を開いたのは数子ちゃんだ。
「先生、私は大丈夫ですから、お仕事へ戻って下さい」
そう言って、弱々しく微笑んだ。
大丈夫? とてもそうは見えない。
「数子ちゃん、呼ばれたから今は行かなきゃいけないけど、困ったことがあれば必ず相談にのるからね」
彼女は何とも言えない物悲しい表情で頷き、
「有難うございます。ご心配をおかけして申し訳ありません」
と、小さく頭を下げ踵を返すと、静かに去って行った。
俺も直ぐにその場を離れた。
検査室へ走りながらチラリと一瞬振り返ったが、数子ちゃんの姿はもうどこにもなかった。
何とも後味が悪い。
俺が検査室に到着した頃には、患者さんの腹痛は治まってきていた。
念のためCT検査を行ったが問題はなく、患者さんはケロっとした顔で帰って行った。
おっとこうしちゃいられない、と慌てて司に電話をかける。
「司か? さっき数子ちゃんが来て、お父さんの病気のことを聞かれたぞ。梨々花のやつが何でか分からないけど知ってて」
『ああそうか…なるほどな…分かった』
予想に反して冷静な声だった。
「あれ、もしかして今忙しかったか?」
『いや、ちょうど二階で数子に会って、今目の前にいるよ。ありがとうな、またかけ直す』
司はそう言って、電話を切った。
仕事の合間にコンビニへ買いに行こうとして、ロビーの方へ向かって歩いていた。
淡いオレンジ色の服を着た女の子が、椅子に座って俯いているのが遠くからでも見え、酷く寂しそうな雰囲気に目が離せなかった。
急ぎ足でロビーへ近付くと、その子は人の気配に気づいたように、ふっと顔をあげた。
あ、数子ちゃんだ……
彼女は俺と目が合うと、ふらりと立ち上がった。
その顔は、何か怖いものでも見てきたかのように真っ青で、手は小刻みに震えていた。
「数子ちゃん、どうしたの!?」
彼女は俺の質問に答える代わりに、震える声で言った。
「佐藤先生……お父さん、病気なんですか?」
バレたのか!?
確信めいた嫌な予感が脳裏をかすめる。
「えっ、なんで急にそんなこと聞くの?」
「さっき雨宮梨々花…さんから電話があって、父は病気で手遅れだって」
色を失った唇から零れ落ちた言葉に愕然とする。
あの女、なんて事を……。
すぐに司に連絡しないとまずい。
「鈴田先生、あんな綺麗な人と付き合ってたんですね……。でもいくら綺麗でも性格悪すぎ。相手の気持ち考えたら、普通そんなこと言えないのに、蟻んこでも踏み潰すみたいに」
見開いたままの目から溢れ出したものが、赤みの無い頬を伝い落ちる。
「でも、本当に病気なら何も知らないなんて嫌だし、たとえ悪意があっても、教えてもらえて良かったのかも」
胸を締め付けられるような、悲しい声だ。
あのバカ女、数子ちゃんに嫉妬したとしても、人としてやっちゃいけないだろう。
ったくホントにどこまで自己中なんだ……。
それにしても海老沢さんの病気のことなんて、まだごく限られた人間しか知らないはずなのに、一体どこのバカが喋りやがった、あああくそっ、無性に腹が立つ。
「佐藤先生、父は何の病気なんですか?」
「いや数子ちゃん、ちょっと待って……」
この様子だと海老沢さんは、やっぱり全く話してないんだよなぁ?
それを俺の口から話すわけにはいかないし、ただあんまり嘘をついても恐らく信じないだろうし、信じたとしても後でバレた時に傷つくのは数子ちゃんだし、あああ、困ったなぁ……。
「えぇと、色んな検査はしたけどね、結果はまだ揃ってないんだよ」
「そうなんですか」
数子ちゃんは消え入りそうな声で呟いて、「先生、嘘ついてますよね?」と。
ギクッ!!
「え?」
「知り合いが言ってました。人は嘘を吐く時に、無意識にチラッと右斜め上を見るそうです。先生いま、思いっきり見てました」
しまった。結構有名な説だし、女の子関係の時は地雷踏まないように注意して正面向くようにしてたのに、今は頭が回らなかった。
肝心な時に、何やってんだよオレ。
「先生、本当の事を教えて下さい」
「それは……」
数秒言葉につまりながら頭をフル回転させたが、良い考えなんて浮かびはしなかった。
「あのね数子ちゃん、医者は本人の許可がないと、家族にも病状を話しちゃいけない事になってるんだ」
これじゃ嘘ついたと認めてるも同然だ。
束の間の沈黙が流れた。
心細そうに、それでいて真剣に俺を見つめる潤んだ瞳を見ながら、胸がキリキリと痛んだ。
「分かりました。でも、そういう事なんですね?」
か細い声が、ズンと心に突き刺さる。
可愛いらしい顔は、痛々しいくらい悲しげに歪み、俺は一瞬言葉が出なかった。
その刹那、胸ポケットのPHSが鳴り始めた。
「先生、お忙しいのに済みませんでした。私、もう帰ります」
消えそうな声で早口に言って、彼女は俺から数歩離れた。
「待って!」
駆け寄って引き止めながら、電話に出る。
『検査室ナースです。さっき大腸カメラした石川さんですけど、お腹に痛みがあるようなので診て頂けますか?』
「分かった、すぐ行く」
電話を切った直後、先に口を開いたのは数子ちゃんだ。
「先生、私は大丈夫ですから、お仕事へ戻って下さい」
そう言って、弱々しく微笑んだ。
大丈夫? とてもそうは見えない。
「数子ちゃん、呼ばれたから今は行かなきゃいけないけど、困ったことがあれば必ず相談にのるからね」
彼女は何とも言えない物悲しい表情で頷き、
「有難うございます。ご心配をおかけして申し訳ありません」
と、小さく頭を下げ踵を返すと、静かに去って行った。
俺も直ぐにその場を離れた。
検査室へ走りながらチラリと一瞬振り返ったが、数子ちゃんの姿はもうどこにもなかった。
何とも後味が悪い。
俺が検査室に到着した頃には、患者さんの腹痛は治まってきていた。
念のためCT検査を行ったが問題はなく、患者さんはケロっとした顔で帰って行った。
おっとこうしちゃいられない、と慌てて司に電話をかける。
「司か? さっき数子ちゃんが来て、お父さんの病気のことを聞かれたぞ。梨々花のやつが何でか分からないけど知ってて」
『ああそうか…なるほどな…分かった』
予想に反して冷静な声だった。
「あれ、もしかして今忙しかったか?」
『いや、ちょうど二階で数子に会って、今目の前にいるよ。ありがとうな、またかけ直す』
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