辞書的に語る

Justification

文字の大きさ
1 / 1

辞書的に語る

しおりを挟む
僕は辞書というものが好きだ。昔から何か嫌なことがあったりすると、僕は辞書を引いて心を落ち着けた。たとえば、怒りを感じる出来事があったとする。そのような時、辞書を引いた。

「いかり【怒り anger】人間に特有の基本的感情の一つ。〈中略〉怒りは盲目的な攻撃と破壊の衝動ではなく,ある判断から発している。破壊衝動なら何かを破壊すれば満足するはずだが,われわれはある人に腹を立てているとき,皿でも茶碗でもその辺のものをぶち割ったところで怒りは収まらないし,その相手を攻撃したところで収まるとは限らない。」

これは、僕の手元にある「世界大百科事典第2版」の「怒り」についての説明である。

その時、僕が抱いていた燃えたぎるような、真っ赤な「怒り」という感情を「世界大百科事典第2版」はとても客観的で他人事のような(実際、他人事なのだけれども)視点から、冷静に落ち着き払った態度で解説してくれた。「怒りとは人間に特有の基本的な感情の一つに過ぎません」「相手を攻撃したところで収まるとは限りません」

「世界大百科事典第2版」はそう語りかけてくる。僕の「怒り」という主観的な感情を、あくまで客観的に、一つの生理現象かのごとく説明してくれる。僕はそのように辞書を引くことによって、「自分事」な感情や気持ち、状況を「他人事」に置き換え、客観的に現状を把握することで精神的な落ち着きを取り戻すことが出来た。


つまり何が言いたいのかというと、僕は辞書というものが好きだ。しかし、主観的で個人的なものも勿論、大切だ。自分自身の生きた感情や生きた経験、そういったものに基づいた主観的で個人的な辞書があってもいいのではないか。主観的で個人的な、おそらく国語の指定教材には、この世の辞書という辞書が全部燃え尽き、紙切れになってしまっても決してなりえないような、そんな辞書があってもいいのではないか。そう感じた。だから作ろうと思った。

「世界大百科事典第2版」
あい【愛】
【〈愛〉の意味・〈愛〉の言語】
 愛の過不足なく普遍妥当な定義を求めることは,愛の様態の多岐性,愛の解釈の恣意性,愛の用語の混交性のために,困難というより,不可能であり,無意義である。 人類の愛の様態は…〈以下省略〉

「僕の辞書第1版」
あい【愛】
【〈愛〉の意味・〈愛〉の言語】
 【性欲 sexual desire】の項を参照されたし。

「世界大百科事典第2出版」

ばつ【罰 punishment】罰には,社会的規範にそむいた者に対して法的制裁を加える刑罰と,倫理的・宗教的規範を犯した者に加えられる超越的な制裁(天罰,神罰,仏罰)の2種がある…〈以下省略〉

「僕の辞書第1版」
ばつ【罰 punishment】夜の街(新宿、川崎など)にある専門店でお金を払い、キレイなお姉さんによって鞭や蝋燭、三角木馬などを用いて行われるサービスのこと。

「日本大百科全書(ニッポニカ)」

とき【時 time】
とき時間と時刻目次を見る時の概念は、過去から現在へ、さらに未来へと連続して止まることなく過ぎていく現象、すなわち経過していく「時間」と、たとえば一昼夜を区分した時計や十二辰刻(とき)のように定められた「時刻」に分けられる。時の流れを1本の直線に対比して考えるならば、直線のくぎりが点であり、点と点との間の距離が長さであるように…〈以下省略〉

「僕の辞書第1版」

とき【時 time】
いつも無駄にしている。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

意味が分かると怖い話【短編集】

本田 壱好
ホラー
意味が分かると怖い話。 つまり、意味がわからなければ怖くない。 解釈は読者に委ねられる。 あなたはこの短編集をどのように読みますか?

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

残業で疲れたあなたのために

にのみや朱乃
大衆娯楽
(性的描写あり) 残業で会社に残っていた佐藤に、同じように残っていた田中が声をかける。 それは二人の秘密の合図だった。 誰にも話せない夜が始まる。

盗み聞き

凛子
恋愛
あ、そういうこと。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

身体交換

廣瀬純七
SF
大富豪の老人の男性と若い女性が身体を交換する話

処理中です...