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コーヒーを巡る朝
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コーヒーを子供が飲むことを禁止する――高岡家の三姉妹に言い渡されたルールは、一子が
「コーヒーを飲んでみたい」
とわざわざ高岡両親に許可を申請したことにより、発布されてしまったルールである。
「なぜ禁止なのか?」
一子の問いに、高岡母は言い放つ。
「親が駄目と言ったら、駄目なの」
そこは科学的エビデンスに基づいて語るべきではないか、と一子は心の中で毒づくが、同時に発布されてしまったからには従うしかない、と一子は肩を落とし受け入れた。
一子の行動を、二子と三子は余計なことをしやがってと、ため息をついていた。
お姉ちゃんは、いらないことを言っては、がんじがらめにするばっかりだ、と二子は三子に小さく毒づいた。三子は二子に形ばかり同意しながら、さて、この状況をいかに楽しむかを考え始めていた。
朝、高岡父と高岡母は、目覚めのコーヒーをドリップで落とす習慣になっていた。その独特の香りを一子は胸いっぱい吸い込んだ。香りを吸い込むのは禁止されていないからだ。
「あぁ、飲んでみたい……」
禁止されたコーヒーは更に魅惑的であった。
その日、高岡両親は、いつもより早く家を出るようで、三人の子供に言い聞かせた。
「三人で、固まって学校に行くように。一子、二人をよろしく」
高岡両親は一子に言うと、次いで二子と三子に釘を刺した。
「お姉ちゃんの言うことをきくこと」
二子と三子がうなづいたのを確認すると、高岡両親は慌てて家を飛び出した。
テーブルには、両親が飲み干したコーヒーカップが置かれたまま残っていた。一子がキッチンにカップを持っていく。飲みたいなぁ、と思いながら。
二子はコーヒーサーバーに近づいた。注がれなかったコーヒーが残っている、それを狙っているのだ。二子は自分用のマグカップを持ってくると、それを注ぎ始めた。
「コーヒー飲んじゃ駄目って言われているんだよ!」
一子が二子をとがめ始めた。二子は、一子に向って
「うるさいなぁ、このチャンス逃すわけないじゃん」
と反論した。一子に見せつけるように、マグカップに注ぎ、ぐっと飲み干した。
「あぁっ!?」
二子の顔が瞬時に歪む。一子はびっくりして二子に駆け寄った。
「に、にがいっ!!」
二子が叫び、マグカップをテーブルに放り出して、新しいコップに水を入れてごくごく飲み始めた。
「お父さんとお母さんの言うこと聞かないから、そんなことになるんじゃん」
一子が二子の様子を見て、親の言うことはやはり聞くべきなのだと、びびりつつ言った。
そこまでの顛末を黙って見ていた三子が、口を開いた。
「お姉ちゃんもニ子ちゃんも、両方バカだよね……」
しみじみ、呆れたと盛大に息を吐き、インスタントコーヒーを持ち出してくる。
「ドリップなんて、面倒だから。インスタントで十分」
三子は、ガラスのコップにインスタントコーヒーとミルクと砂糖を、ちゃちゃっと入れた。
「これは、冷たくても溶けるし便利」
三子はニタッと笑う。
一子とニ子は、三子の手慣れた様子に目を見張った。
三子は、インスタントコーヒーと砂糖を溶かしきると、氷をいれて、更に水を適量注ぎ入れた。
ガラスのコップに氷が当たってカランカランと涼し気な音をたて、三子はアイスコーヒーにしたそれを、飲み干した。
「めちゃくちゃ慣れている、ように見えるんだけど?」
一子がたずねると、三子は視線を向けることなく、コップを洗い始めた。
「何度も飲んでいるから」
コップを洗うと、布巾で水滴を拭う。棚にコップを戻し、インスタントコーヒーも所定の場所に戻して確認すると、一子とニ子にようやく顔を向けた。
「証拠消せば、いいだけ、だよ。インスタントコーヒーなら、片づけも簡単」
続けて三子はニ子に言った。
「コーヒーサーバーから注いだ分、今から誤魔化すには時間足りないと思うよ、後で素直に怒られて」
まだコーヒーデビューしていない一子と、苦々しいコーヒーデビューを果たしたニ子は、三子の鮮やかな手さばきに、ぐうの音も出なくなっていた。
「お姉ちゃんたち、学校に遅刻するよ、早く行こう」
三子は、ランドセルを背負い、玄関から声をかけた。
「私は、連れて行ってもらう立場なんだから」
三子の催促で、一子とニ子は、動きだした。
「三子は絶対敵に回せない……」
一子が呟く。
「お姉ちゃんなら、お父さんお母さんに、ちくるんじゃないの?」
二子がぼそりと言うと、一子は不本意を顔に滲ませた。
「あの頭脳犯をちくったら、どうなるか想像したくないよ」
一子とニ子は、背中が寒くなりながら、うなづきあった。
「じゃあ出発するよ」
姉としての威厳は散ってしまった朝だったが、それでも一子は責任感を果たすべく。キリッと声をかけると、右手で二子を、左手で三子と手を繋いだ。身長の違う三人は凸凹と並んで通学路を歩き出した。
(『コーヒーを巡る朝』おわり)
「コーヒーを飲んでみたい」
とわざわざ高岡両親に許可を申請したことにより、発布されてしまったルールである。
「なぜ禁止なのか?」
一子の問いに、高岡母は言い放つ。
「親が駄目と言ったら、駄目なの」
そこは科学的エビデンスに基づいて語るべきではないか、と一子は心の中で毒づくが、同時に発布されてしまったからには従うしかない、と一子は肩を落とし受け入れた。
一子の行動を、二子と三子は余計なことをしやがってと、ため息をついていた。
お姉ちゃんは、いらないことを言っては、がんじがらめにするばっかりだ、と二子は三子に小さく毒づいた。三子は二子に形ばかり同意しながら、さて、この状況をいかに楽しむかを考え始めていた。
朝、高岡父と高岡母は、目覚めのコーヒーをドリップで落とす習慣になっていた。その独特の香りを一子は胸いっぱい吸い込んだ。香りを吸い込むのは禁止されていないからだ。
「あぁ、飲んでみたい……」
禁止されたコーヒーは更に魅惑的であった。
その日、高岡両親は、いつもより早く家を出るようで、三人の子供に言い聞かせた。
「三人で、固まって学校に行くように。一子、二人をよろしく」
高岡両親は一子に言うと、次いで二子と三子に釘を刺した。
「お姉ちゃんの言うことをきくこと」
二子と三子がうなづいたのを確認すると、高岡両親は慌てて家を飛び出した。
テーブルには、両親が飲み干したコーヒーカップが置かれたまま残っていた。一子がキッチンにカップを持っていく。飲みたいなぁ、と思いながら。
二子はコーヒーサーバーに近づいた。注がれなかったコーヒーが残っている、それを狙っているのだ。二子は自分用のマグカップを持ってくると、それを注ぎ始めた。
「コーヒー飲んじゃ駄目って言われているんだよ!」
一子が二子をとがめ始めた。二子は、一子に向って
「うるさいなぁ、このチャンス逃すわけないじゃん」
と反論した。一子に見せつけるように、マグカップに注ぎ、ぐっと飲み干した。
「あぁっ!?」
二子の顔が瞬時に歪む。一子はびっくりして二子に駆け寄った。
「に、にがいっ!!」
二子が叫び、マグカップをテーブルに放り出して、新しいコップに水を入れてごくごく飲み始めた。
「お父さんとお母さんの言うこと聞かないから、そんなことになるんじゃん」
一子が二子の様子を見て、親の言うことはやはり聞くべきなのだと、びびりつつ言った。
そこまでの顛末を黙って見ていた三子が、口を開いた。
「お姉ちゃんもニ子ちゃんも、両方バカだよね……」
しみじみ、呆れたと盛大に息を吐き、インスタントコーヒーを持ち出してくる。
「ドリップなんて、面倒だから。インスタントで十分」
三子は、ガラスのコップにインスタントコーヒーとミルクと砂糖を、ちゃちゃっと入れた。
「これは、冷たくても溶けるし便利」
三子はニタッと笑う。
一子とニ子は、三子の手慣れた様子に目を見張った。
三子は、インスタントコーヒーと砂糖を溶かしきると、氷をいれて、更に水を適量注ぎ入れた。
ガラスのコップに氷が当たってカランカランと涼し気な音をたて、三子はアイスコーヒーにしたそれを、飲み干した。
「めちゃくちゃ慣れている、ように見えるんだけど?」
一子がたずねると、三子は視線を向けることなく、コップを洗い始めた。
「何度も飲んでいるから」
コップを洗うと、布巾で水滴を拭う。棚にコップを戻し、インスタントコーヒーも所定の場所に戻して確認すると、一子とニ子にようやく顔を向けた。
「証拠消せば、いいだけ、だよ。インスタントコーヒーなら、片づけも簡単」
続けて三子はニ子に言った。
「コーヒーサーバーから注いだ分、今から誤魔化すには時間足りないと思うよ、後で素直に怒られて」
まだコーヒーデビューしていない一子と、苦々しいコーヒーデビューを果たしたニ子は、三子の鮮やかな手さばきに、ぐうの音も出なくなっていた。
「お姉ちゃんたち、学校に遅刻するよ、早く行こう」
三子は、ランドセルを背負い、玄関から声をかけた。
「私は、連れて行ってもらう立場なんだから」
三子の催促で、一子とニ子は、動きだした。
「三子は絶対敵に回せない……」
一子が呟く。
「お姉ちゃんなら、お父さんお母さんに、ちくるんじゃないの?」
二子がぼそりと言うと、一子は不本意を顔に滲ませた。
「あの頭脳犯をちくったら、どうなるか想像したくないよ」
一子とニ子は、背中が寒くなりながら、うなづきあった。
「じゃあ出発するよ」
姉としての威厳は散ってしまった朝だったが、それでも一子は責任感を果たすべく。キリッと声をかけると、右手で二子を、左手で三子と手を繋いだ。身長の違う三人は凸凹と並んで通学路を歩き出した。
(『コーヒーを巡る朝』おわり)
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