上 下
23 / 23
第23章

その後のこと

しおりを挟む
 自動車学校を卒業して、残るは本免の学科試験。
4か月前、自動車学校に「入学」するための「運転適性相談終了書」を発行してもらって、すでにお世話になっているが、ついに免許取得のために来ることが出来た。合格のランプが点いた時は嬉しかった。緑色のラインの入った免許書はキラキラしていた。
免許取得後、自動車免許試験所で初めての免許取得者の講習を受けた。警察の担当官の言葉を書いておこうと思う。
何度でも何度でも心に刻みつけなければならない言葉だから。
「自動車免許を取得したことで、人を傷つけるリスク、交通事故の加害者になるリスクを背負うのだ」

 我が家の乗用車は1台しかなく、夫が通勤で使うので私が運転するのは専ら休日だ。ペーパードライバーになる気は一切ないので、初心者マークを付けて運転を始めた。
蛇足であるが、自動車の任意保険は私も運転する旨の申請を免許取得前には済ませておいた。「家族限定」になっていたので、特に保険料の追加はなかった。50才の初心者マークの保険料追加設定はないとのことだった。まぁレアケースだよな。
そんな任意保険に加入中の我が家の車は、初心者が運転することを想定していない3ナンバーの無駄にでかいセダンなので、初心者マークを付けた違和感は、異様なオーラを放っていた。
そんなでっかい車が左右によろけ、速度も一定しないのだから、道路ではクラクションを何回鳴らされたか、数えるのは最初からやめている。
 たった一人で買い物に初めて出かけた時は、心細かった。発進させた車をヨロヨロ運転しながら思ったことは、車は駐車させなきゃ、運転を終われないという、ごく当たり前のことだった。
ごく当たり前のことだが、助手席からするっと出る魔法の右手がない車内に自分一人しかいないのは、心細かった。
広いスーパーの駐車場の端っこにはなんとか止めることはできたが、帰宅した駐車スペースに収めるのに1時間格闘した。魔法の右手も掛け声もない空間で孤独な戦いだった。

 私は下手な運転を恐怖とともに続けている。運転の間隔が開いたら二度と運転できなくなる自信があったからだ。
免許取得して半年たった頃、初めて有料駐車場を利用した。地方都市なので有料駐車場がそもそも少ないのだ。車をヒヤヒヤしながら発券機に寄せたそれはまさしく狭路への侵入だった。窓を開けて手をのばして……
「うえっ?」
 駐車券に手がと、届かない…。シートベルトを外したけれど、それでも届かない…。ブレーキを踏んでいる足が浮きかけ車がクリープ現象で動きかける、まずい、無理だ。私は、車を完全に止めることにした。サイドブレーキをかけ、シフトをPにして車から降りて、駐車券を引っこ抜いた。駐車券をゲットした私は、心の中でゼェハァしながら、シートベルトをしめ(ルーティンなので駐車場に入場するだけでも欠かせない)、サイドブレーキを解除し、シフトをDに入れ、ブレーキから足を外して車を発進させ、駐車場内にようやくの想いで進入した。後続車が怒っていたけれど、迷惑をかけてごめんなさいと心で謝るしかできない。そして駐車スペースに止めるのに四苦八苦を始めたのであった。
運転を始めて半年たっても、この有様だった。でも、私は運転をやめようとは思わない。

 車を運転するようになって大きく意識が変わったことが二つある。
 一つ目は洗車だ。免許を持っていない時、外出の帰り、夫が洗車に行きたがったのを、あまり快く思っていなかった。ぶっちゃけ、外出した帰りはさっさと家に戻りたかった。
でも、運転免許とってようやくわかったのは、車が汚れているー特に窓ガラスが汚れていることは運転中の視界を確保できなくなる恐れがある危険なことであるということを知って愕然とした。今までの態度を猛反省した。
免許とってすぐは、自動洗車機に車を入れる技術は当然まったくなかったので、ガソリンスタンドまで必死に運転して店員さんに洗ってもらうことから始めた。その後、自動洗車機にチャレンジ、駐車券はいまだに車の中から取れない状態だが、決まった自動洗車機で車を入れることはできるようになった。今では、自称アライグマである。他の人に洗車の重要性を力説するようになっている。
 二つ目は、歩行態度が良くなったということだ。交差点では、左折車、右折車を確認するようになった。運転手と目が合う。ああ、やっぱり歩行者を見ているのだと感じる。
信号が点滅したら、むやみに信号を渡ることもやめるようになった。運転する人がヒヤリとする場面が出来るだけ作りたくないと思うようになった。交差点での運転手の気持ちがわかれば、歩行者としての態度も変わってくるものなのだなというのは正直なところだ。
 
 車の運転に「絶対」はない。車の初心者マークはとれ、さらに私の免許の色は緑色のラインではなくなった。でも、今でも怖い。車の運転に慣れたと思ったことは一度もない。運転する前はいつも憂鬱な気分になる。運転を楽しいと思うことは、これからもないだろうと思う。
おそらく、それが50年染み付いた歩行者の速度感覚で車の運転を始めた者の感覚なのかもしれない。
 運転を楽しいとは思えないけれど、運転免許をとったことは、コスパが悪かろうが良かったと思う。
人の往来、物の往来に車が走行するかぎり、車を動かすこと術を覚えたことは、自分にとってマイナスではないと思っている。

しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

2020.12.12 ユーザー名の登録がありません

退会済ユーザのコメントです

ぽんたしろお
2020.12.13 ぽんたしろお

 読んでくださって感想までありがとうございます。
 すんなり進めなかった学びの場でした。通ってる間は胃がねじきれそうでしたが、ほんとにいい学びだったと思います。一筋縄でいかなかった体験の中で、順調に進む方がまぶしかったです。
 楽しく読んでいただけたら、この上ない喜びです。

解除

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。