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ほっかい豆いんこ(いんこ小噺集)
インコとサイクリング
しおりを挟む空はつきぬけるほど青かった。サイクリングにはもってこいの日だ。暖かいタオルにくるんだセキセイインコのピー子を藍子は、自転車の買い物かごに、慎重に入れた。ピー子に青い空が見えるように、ピー子の顔を覆っていたタ
オルを、そっとよける。柵もガラスもない――ピー子と空の間にさえぎるものは、もう何もないし、必要もない。
ピー子の命は、きのうピー子のからだを離れたのだ。
「いいサイクリング日和になったね、ピー子の色と同じ青い空だよ」
自転車にまたがって、かごの中のタオルにくるまれたピー子に藍子は話しかけた。
自転車に付属しているミラーに、前日から泣き続け真っ赤に腫れ上がった、ぶさいくな自分の顔が写っている。でも、そんなこと全然かまわなかった。
ピー子とどうしてもサイクリングに行きたいのだから、と藍子は目をまたゴシゴシこすった。
自転車をこぎ始めると、すぐにさわやかな風が藍子の顔をかすめ始めた。空はどこまでも広く、自転車は軽快に走り続けた。
「ピー子、風は気持ちいい?」
「ピー子、自転車の乗り心地は悪くない?」
返事があるはずもないけれど。藍子はピー子に話しかけ続けながら、ペダルをこいでいた。サイクリングをいつまでも続けたかった。
残念なのは、青い空が映るはずのピー子のまぶたが閉じたままだったこと。
「かごの鳥」――テレビドラマの常套句だ。
萎縮したヒロインに、恋人が叫ぶシーン。
「君は、かごの鳥なんかじゃない!空は、こんなにも広いんだ!」
そんなシーンがテレビで繰り返されるたびに、藍子は心の中でもぞもぞ反論するしかなかった。実際にピー子を空で散歩させることは出来ない話なのだ。
ピー子は鳥かごで飼われることを運命付けられたペットだ。どんなに空が広くても、青くても、空はピー子のものにはならないのだ。
鳥かごごしに風を感じさせてあげることは出来ても、窓越しに外の世界を見せてあげることは出来ても、それが限界だった。ピー子と空の間には、いつも鳥かごの柵や窓ガラスが存在した。それをピー子がどう思っていたのか知る術もないし、例えピー子が望んでもかなえてやれぬ夢だった。
簡単にドラマで「かごの鳥」とセリフが連呼されるたび、藍子はくちびるをかみしめていた。
だから。だから、藍子はピー子の命が召されたら、ピー子とサイクリングに行こうと決めていた。もう病気は治らないと、獣医に言われた日、藍子は決心したのだ。
ピー子の魂が体内から離れた時、ピー子のペットとしての宿命も終るはずなのだから、と。
今までは鳥かごごしにしか見られなかった外の風景、ふりそそぐ太陽の日差し、拭き抜けるそよ風。
命のないピー子には意味のないことだろうか? 藍子は、そうは思わなかった。
「ピー子、ここがピー子の餌を買いに来ていたお店だよ。」
「ピー子、空き地になっちゃったここって、お前を買ったペットショップがあった所だよ」
ピー子に関係のある場所に立ち寄っりながら、藍子はゆっくり自転車を走らせた。
小さな公園に着いて藍子は自転車を停めた。公園にあった石のイスにタオルにくるんだままのピー子をそっとて置くと、自分もその横に座った。
カバンから小さなビニール袋に入れてきた餌を取り出すと、ピー子のくちばしのあたりに置いた。
「ピー子の大好物だった餌だよ」
そして自分用のおにぎりと缶のお茶をカバンから出して、藍子は食べ始めた。
「ピー子とピクニックに来てランチするなんて夢みたいだね」
ゆっくりあたりを見回す。なんて心地良いのだろう。
この数ヶ月、死の淵をさまよい続けたピー子を見守りながら、見守ることしかできない悔しさと悲しみの中で過ごしたのがうそのようなおだやかさの中に藍子とピー子はいた。
「さあ、そろそろ行こうか」
ピー子をくるんだタオルをまた、慎重に自転車のかごに入れる。今度は来た道を戻る。
「ピー子、もうすぐ家だよ」
ペダルをこぎながら、またピー子に語りかけた。でも、何故だろう? 藍子はピー子の何かが違うような感じがした。藍子はもう一度呼びかけた。
「ピー子…?」
やはり違う、と藍子ははっきり悟った。タオルにくるまれたピー子は、ピー子の抜け殻だった。その瞬間はいつ訪れたのだろう? 柵や窓ガラスで囲まれることもなく、ピー子はあの青い空に旅立ったのだ。
藍子は急速にぼやける視界に、こぐのをやめて自転車を押して歩き出した。
ピー子とのサイクリングは終わったんだ……藍子は涙をぬぐうこともなく、自転車を押し続けた。
空とピー子の青が溶け合って、どこまでも広がっていた。
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