昭和家出娘

ぽんたしろお

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家出の帰り路

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 「ひとりで帰ることができるの?」
 来たのだから帰れるというわけにはいかないだろう、と静子は思う。怒った勢いを失った智子に出来るだろうか? 判断が付きかねた。
「一人で帰らなきゃならない、と思う……」
 智子はしぼみきった状態で、それでも、決意は曲げないと決めたようだ。
「そう、じゃあ汽車の時間調べようか」
 静子は汽車の時刻表を取り出した。
「四時四十三分にあるね、それに乗るかい?」
 智子が再び時計を見た。三時五十分だ。
「うん、それで帰る」
 智子は土間に脱いだ靴を履き始める。
「まだ時間あるから、もう少し居なさいよ?」
 静子が言うと、智子は靴を履き終えると、言った。
「隣の大西商店でアポロチョコ二つ買ってから汽車に乗る」
 静子は答えがわかったが、あえて尋ねた。
「なんで二個?」
 智子は、気まずそうにぼそっと言う。
「……お母さんと私の分」
「お金は足りる? 切符も買わなきゃならないんだよ?」
 しまった、切符代のことを忘れていた! 智子は慌てて、がま口バッグを開けて確認した。
「だ、だいじょうぶ」
 智子は答え、サンダルをはいた静子とともに、店内を横切ろうとした。と。店で受け取った夕刊を開いていた正二が、新聞から顔をあげ、のんびりと智子に声をかけた。
「帰るのか」
 店の入り口のサッシの引き戸の手前で、智子は店の中を向いた。
「じいちゃん、ばあちゃん、お世話になりました」
 智子なりのケジメをつけようとしているのはわかったが、ここに来てたかだが二、三時間である。正二も静子も、お辞儀したおかっぱ頭を眺めて、その後、二人で顔を見合わせた。
 智子は礼を尽くし終わった田中文房具店を出て、大西商店に向った。

 祖父母の店と似た造りの店舗付き住宅だ。入り口は開いている。ちょっとうす暗い店内に入ると奥から大西のおばさんの声がした。
「いらっしゃい。久しぶり、田中さんちのお孫さんだね」
「はい」
 返事をして、お菓子の棚を探す。アポロチョコがあった。二つ、手に取ると奥のおばさんのところに持って行った。
 値札シールを見ながら、そろばんをはじく。
「お金もらうよ」
 おばさんの言う金額にうなづいて、智子はがま口バッグを開けた。百円玉と十円玉をおばさんの前にある台に並べていく。
「はい、ちょうどだね」
 おばさんがアポロチョコを小さな茶色の紙袋に入れてくれた。紙袋を受け取って、大事に抱えながら智子は
「ありがとうございます」
 言いながらお店を後にした。駅舎は見える。切符を買って汽車に乗って帰るんだ。駅舎の街頭時計は午後四時二十一分を指していた。智子は走り出した。汽車に乗り遅れたら「大変」だからだ。
 駅に駆け込んで、窓口の駅員さんに二つ先の駅を言う。駅のおじさんは、智子が言わなくても行く先はわかっていたが、智子が
「切符をください」
 と言うのを待ってくれていた。切符をもらったところに、汽車が入ってきた。
「え、じ、時間、まだ」
 オタオタする智子に、窓口のおじさんが笑って教えてくれた。
「ここは線路が一本しかないだろ? 上りと下りの列車が、この駅ですれ違えるようになっているんだよ。もうすぐ反対車線に汽車が入ってくるから。その汽車がホームに入ったら、出発するよ」
 智子はぼんやり思い出す。この線路のずうっと先にある都会の方には、線路が二本敷いてあった、そうだ思い出した。走りながらすれ違うから汽車の窓がビキビキ揺れたっけ。
 改札口の駅員さんは、到着した汽車から下りてくるお客さんの切符を回収している。窓口のおじさんが言った。
「降りるお客さん、出て行ったから、汽車の中で待っているといいよ」
 智子は、切符を改札のおじさんに渡して切込みを入れてもらった。
「汽車に乗る時、気を付けて」
 智子はうなづいて、改札口の前のホームの停車している汽車に近づいた。デッキとホームのすき間の広くてに智子の足がすくむ。来た時は、家出することに気を取られていたから、全然怖くなかったのに、と不思議に思う。
 そういえば、お母さんが言っていたっけ。
「智子は高所恐怖症だね」
 そんなこと、思い出したくなかった。ホームと汽車のすき間が智子を待ちかまえてニヤリと笑っている。智子は震えそうになるのを必死にこらえてデッキに乗り込んだ。無事に乗れた!
 車内に入り、四人掛けの椅子に着席した。安堵して気が付く。アポロチョコレートの入った紙袋はグチャグチャとしわが付いていた。
 手に持っていたのが失敗だった、智子はリュックにアポロチョコを入れることにした。リュックには、
智子が家出用に準備した宝物が入っている。そこに
「あれ?」
 細長い箱が綺麗に包装されて入っていた。包装紙は、田中文房具店でよく使っているものだ。智子は包装紙を開いて驚いた。
「シャープペンシル?」
 万年筆とセットになっている「高級」なシャープペンシルが一本、専用の箱に収まって入っていた。メモが添えてあった。
『今日は一人でじいちゃんとばあちゃんの所に来たから、大人になった智子へプレゼントだよ。もっと大きくなったら次は万年筆だよ』
 煎餅を食べてお茶を飲んでいる間に、用意したのだろうか? 大人になったねという文字を読んで、智子は涙を我慢できなくなった。
「全然、大人になっていないや」
 智子はメモに涙をぼとぼと落とす。汽車の窓の外は空が赤く染まっていた。
 智子の座っている向かいに大人の男性が着席した。泣いているの? とは尋ねられたくなかった。リュックの中の、おしゃれハンカチを引っ張りだして、涙を拭いた。とっておきのハンカチを使ってしまったのは残念だったが、緊急だから仕方がない。帰ったら綺麗に洗わなきゃと智子は思った。
 汽車が動きだす。智子はシャープペンシルを箱にしまって、包装紙でもう一度包もうとした。うまく行かない。駅二つ分で降りるから、ゆっくりはしていられないのだ。包装するのは諦めた。包装紙を畳んで、シャープペンシルの箱といっしょにアポロチョコの入った紙袋の横に並べて詰めた。
 リュックを背負いなおして、がま口バッグの中から切符を取り出して握りしめ、デッキに移動した。次の駅で降りなくちゃならない。デッキとホームのすき間がまた笑ったらどうしよう? くじけそうになった智子は、リュックの中を思い出す。お母さんに渡すアポロチョコ、大人になった証のシャープペンシル。背負った分だけ、しっかりしなきゃと、智子は思う。

 三両編成の汽車の先頭車両に智子を、一両おいた車両から正二は、そっと見守っていた。

(つづく)

 
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