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二章〈fireworks〉〜儚いひと夏の花〜
三
アナスタシアの仕事の都合で平日は難しく、花火は日曜日にすることに決まった。それまでは夏休みの宿題をしたり、夏休みの特番を観たり、読書をして過ごしていた。目的の花火を買うのも忘れていない。
そして日曜日の夜。薄っすらと暗くなった時間に家の前で待っていると見るからに高級そうな車が停まった。運転席からわざわざ運転手が出てきて後部座席の扉を開けてくれる。
「どうぞ」
「あ……どうも」
「やっほー」
「おう」
後部座席には意気揚々としている有馬が乗っていた。開襟したポロシャツ姿はチャラく見える。
有馬が隣にずれて、空いた席に座りシートベルトを装着する。
運転手も運転席に戻りエンジンをかけた。
父親……ではないよな、明らかに日本人だし
「本日はよろしくお願い致します。ドライバーの佐久間と申します」
「あ、ああっ、明路拓っていいますっ。運転よろしくお願いします!」
「はい、承りました」
車は静かに発進する。車体が大きいからなのか安定感もバッチリだ。
「俺は親しみを込めてジョーって呼んでるんだ。藍庭家の専属ドライバーなんだよ」
「へ、へえ……専属なんているのか。スゲーな……」
「あの……実はさ、いつも学校帰りはジョーに迎えに来てもらってるんだ」
「え、いつも電車で帰ってるだろ。違ったのか?」
「ごめん、電車はフェイクなんだ。予めジョーにいつ頃終わるか連絡しといて、いつもの分かれ道で別れてから、駅前で迎えの車に乗って帰ってるんだよ」
「そうなのか。それって学校の日は毎日ってことか?」
「うん、そうだね」
「それって面倒くさくねぇか? どうせ迎えに来るなら校門前とか、もっと近くに来てもらえばいいだろ」
「それだと目立っちゃうからね」
そう言って苦笑する有馬。目立つのが好きなクセに気にすることなのだろうか。
「金持ちだって知られたくないし、この年で迎えに来てもらってるなんて恥ずかしいからさ」
金持ちだと知られたくない。特定の相手しか家に呼ばないと言っていたのはこういう理由もあるんだろう。
「金持ちって分かったからってなんかあるわけでもねぇと思うけど。それに金持ちのお坊ちゃんって、こういう車で送迎されてるイメージがないこともないし、別に恥ずかしいことってわけじゃないんじゃねぇの」
「俺の考え過ぎなのかな……」
あんなに機嫌が良さそうだったのに今は沈んでいる。ころころと表情が変わる。気持ちの変化が激しくて、実は繊細なのかもしれないと最近になって思う。
「俺としてはさ、ちょっとの距離だけど、あの分かれ道までチョコと一緒に帰れるのが嬉しいんだ。だから迎えのシステムはこのままでいいと思ってるんだよ。校門まで来てもらったらチョコと一緒に帰れないだろ?」
「んあ、ああ……そう、だな」
有馬もあの数分の帰りを嬉しいと思ってる。それを聞いたら嬉しくなって反応が遅れた。それと同時に、この会話を佐久間さんも聞いてるのだと思うと複雑な気分にもなる。
敷地に入り家の前で停車する。降りると車は車庫へ向かっていった。
何度見てもこの庭も建物も全てが上等で驚嘆してしまう。
「さっ、行こっか」
「なあ」
「ん?」
入って行こうとする有馬を引き止めて、聞こうか聞くまいか思案していたことを聞くことにする。後悔してからでは遅い。有馬の耳にそっと近づいてひそひそと囁く。
「佐久間さんとか家政婦さんとか、俺たちが付き合ってること知ってるのか?」
「知らないと思うよ。そもそも俺がバイってことも知らないから」
「じゃあどうしてアナスタシアには付き合ってるって言ったんだ? 俺がアナスタシアを恋人と勘違いしたからハッキリさせる為か……?」
「勘違いは想定外だったけど、初めから恋人だって紹介するつもりだったよ」
「なんで? 普通に友達だって言っても良かっただろ」
「それは……」
ガチャン
「おや、有馬坊ちゃんじゃないか」
目鼻立ちがくっきりとしたエキゾチックな顔立ちの日焼けした女性が家から出てきた。
「友だち連れて晩餐会するのかい?」
「いいえ、これから花火するんですよ。ヴァレンも一緒にどうですか?」
「お誘いは嬉しいけど、これから夕飯作らないとだからねぇ。旦那とチビたちが待ってるからさ」
「ああそっか……気をつけて帰ってくださいね」
「はいよ。ありがとう。お友達も、花火楽しみな」
「あ、はい」
気さくに話しかけてくれたその女性は、ウェーブのかかった長い黒髪を靡かせながらその場を去っていく。
「今の人はここの庭師なんだよ」
「庭師って……庭作る……? えっ、このやたら広い庭作ったのか!?」
「あはははっ。作った時は勿論一人じゃないよ。今は定期的に手入れをしてくれてるんだ。季節の変わり目なんかは他の庭師も来て一斉に伐採したりもしてるよ」
「へえ。つーか女の庭師っているんだな。男ばっかなイメージあるけど」
「実際男ばっかりみたいだよ。体力がいるし、成り上がるのに苦労したって。親方に認めてもらえないと木一本すら任せてもらえないらしいから」
「そういう職人の世界って厳しそうだよな……」
「そうだね。それだけ夢に向かってひたむきに努力出来るっていうのは素晴らしいと思うよ」
「夢、なぁ……」
「行こう。アーシャが待ってるよ」
「お、おお」
結局、どうしてアナスタシアにだけ恋人として紹介したのかという謎は聞けずじまいだ。
家に入ったらまた家政婦たちに迎えられるのかと緊張していたがそんなことはなかった。玄関には誰もいない。
「あれ……今日はあの家政婦さんたちいないのか」
「家政婦さんたちは夕方までだからこの時間にはいないよ」
そう言われると、今日はもう他に会うとしたらアナスタシアか他の家族くらいだろうと安心し、ほっと胸を撫で下ろした。初対面の人や慣れない人と会うのは根気が必要だ。
そして日曜日の夜。薄っすらと暗くなった時間に家の前で待っていると見るからに高級そうな車が停まった。運転席からわざわざ運転手が出てきて後部座席の扉を開けてくれる。
「どうぞ」
「あ……どうも」
「やっほー」
「おう」
後部座席には意気揚々としている有馬が乗っていた。開襟したポロシャツ姿はチャラく見える。
有馬が隣にずれて、空いた席に座りシートベルトを装着する。
運転手も運転席に戻りエンジンをかけた。
父親……ではないよな、明らかに日本人だし
「本日はよろしくお願い致します。ドライバーの佐久間と申します」
「あ、ああっ、明路拓っていいますっ。運転よろしくお願いします!」
「はい、承りました」
車は静かに発進する。車体が大きいからなのか安定感もバッチリだ。
「俺は親しみを込めてジョーって呼んでるんだ。藍庭家の専属ドライバーなんだよ」
「へ、へえ……専属なんているのか。スゲーな……」
「あの……実はさ、いつも学校帰りはジョーに迎えに来てもらってるんだ」
「え、いつも電車で帰ってるだろ。違ったのか?」
「ごめん、電車はフェイクなんだ。予めジョーにいつ頃終わるか連絡しといて、いつもの分かれ道で別れてから、駅前で迎えの車に乗って帰ってるんだよ」
「そうなのか。それって学校の日は毎日ってことか?」
「うん、そうだね」
「それって面倒くさくねぇか? どうせ迎えに来るなら校門前とか、もっと近くに来てもらえばいいだろ」
「それだと目立っちゃうからね」
そう言って苦笑する有馬。目立つのが好きなクセに気にすることなのだろうか。
「金持ちだって知られたくないし、この年で迎えに来てもらってるなんて恥ずかしいからさ」
金持ちだと知られたくない。特定の相手しか家に呼ばないと言っていたのはこういう理由もあるんだろう。
「金持ちって分かったからってなんかあるわけでもねぇと思うけど。それに金持ちのお坊ちゃんって、こういう車で送迎されてるイメージがないこともないし、別に恥ずかしいことってわけじゃないんじゃねぇの」
「俺の考え過ぎなのかな……」
あんなに機嫌が良さそうだったのに今は沈んでいる。ころころと表情が変わる。気持ちの変化が激しくて、実は繊細なのかもしれないと最近になって思う。
「俺としてはさ、ちょっとの距離だけど、あの分かれ道までチョコと一緒に帰れるのが嬉しいんだ。だから迎えのシステムはこのままでいいと思ってるんだよ。校門まで来てもらったらチョコと一緒に帰れないだろ?」
「んあ、ああ……そう、だな」
有馬もあの数分の帰りを嬉しいと思ってる。それを聞いたら嬉しくなって反応が遅れた。それと同時に、この会話を佐久間さんも聞いてるのだと思うと複雑な気分にもなる。
敷地に入り家の前で停車する。降りると車は車庫へ向かっていった。
何度見てもこの庭も建物も全てが上等で驚嘆してしまう。
「さっ、行こっか」
「なあ」
「ん?」
入って行こうとする有馬を引き止めて、聞こうか聞くまいか思案していたことを聞くことにする。後悔してからでは遅い。有馬の耳にそっと近づいてひそひそと囁く。
「佐久間さんとか家政婦さんとか、俺たちが付き合ってること知ってるのか?」
「知らないと思うよ。そもそも俺がバイってことも知らないから」
「じゃあどうしてアナスタシアには付き合ってるって言ったんだ? 俺がアナスタシアを恋人と勘違いしたからハッキリさせる為か……?」
「勘違いは想定外だったけど、初めから恋人だって紹介するつもりだったよ」
「なんで? 普通に友達だって言っても良かっただろ」
「それは……」
ガチャン
「おや、有馬坊ちゃんじゃないか」
目鼻立ちがくっきりとしたエキゾチックな顔立ちの日焼けした女性が家から出てきた。
「友だち連れて晩餐会するのかい?」
「いいえ、これから花火するんですよ。ヴァレンも一緒にどうですか?」
「お誘いは嬉しいけど、これから夕飯作らないとだからねぇ。旦那とチビたちが待ってるからさ」
「ああそっか……気をつけて帰ってくださいね」
「はいよ。ありがとう。お友達も、花火楽しみな」
「あ、はい」
気さくに話しかけてくれたその女性は、ウェーブのかかった長い黒髪を靡かせながらその場を去っていく。
「今の人はここの庭師なんだよ」
「庭師って……庭作る……? えっ、このやたら広い庭作ったのか!?」
「あはははっ。作った時は勿論一人じゃないよ。今は定期的に手入れをしてくれてるんだ。季節の変わり目なんかは他の庭師も来て一斉に伐採したりもしてるよ」
「へえ。つーか女の庭師っているんだな。男ばっかなイメージあるけど」
「実際男ばっかりみたいだよ。体力がいるし、成り上がるのに苦労したって。親方に認めてもらえないと木一本すら任せてもらえないらしいから」
「そういう職人の世界って厳しそうだよな……」
「そうだね。それだけ夢に向かってひたむきに努力出来るっていうのは素晴らしいと思うよ」
「夢、なぁ……」
「行こう。アーシャが待ってるよ」
「お、おお」
結局、どうしてアナスタシアにだけ恋人として紹介したのかという謎は聞けずじまいだ。
家に入ったらまた家政婦たちに迎えられるのかと緊張していたがそんなことはなかった。玄関には誰もいない。
「あれ……今日はあの家政婦さんたちいないのか」
「家政婦さんたちは夕方までだからこの時間にはいないよ」
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