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第一話:人の口に戸は立てられぬ《unconscious》
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幕上 日暮という青年が、代理人、凩 風凪と接触したのは、一月十二日、成人の日を二日後に控えた土曜日のことだったらしい。
だったらしい、という表現は些か無責任というか、他人事というか、そのように聞こえるかもしれないが、何せこれから僕が語ろうとする物語において、僕の置かれた立場の重要性というのは、極めて低い。
低いどころか、無いと言っていい。
あくまで、語り部として、傍観者として、位置外の立場として、僕はこの物語を語ろうとしているのである。
さらに付け加えて言うのであれば、重要な場面において僕はその場に居合わせてすらいないので、傍観者とも言えないかもしれない。
しかしながら、傍観しているということが、無関係であるということと必ずしも一致しない、ということが主題になりうるこの物語を語ろうとする上で、僕は自分がこの物語に無関係であったと言うことはすまい。するべきではない、と思う。
いや、べき、などと言ってしまうと僕が何某かの矜持を持っているような誤解を招くかもしれない。矜持など持ち合わせない僕が、それでも自分の無関係性を否定しようとするのは、単に恐れているからだ。
自分が知らず知らずのうちに、関係してしまっていることに気づかないことが、気づこうとしないことが、どれほど恐ろしい事態を招くのかを知ってしまった今となっては――教訓などというには程遠いが――それを恐れずにはいられないのだった。
だから僕はこの物語を傍観する立場であったと自らを位置付ける。
何も関わらなかったのではなく、何もできなかったのだと。
とはいえ、僕が何もできなかった、ということが、物語の帰結においてマイナスに働いたのかというと、実はそうとも言い切れないところだった。
何かを為してしまうことが、取り返しのつかないことになってしまうこともまた、知ってしまっている僕としては、そう言わざるを得ないのだった。(それを語ることはないことを望みたいところだが、そうもいかないのだろう。だから、今のところはそれについてはまた別の機会に語るとしよう、というありきたりな表現で留めておくことにする)
ダラダラと言い訳のように、自分の立場について弁明してきたわけだが、結局のところ理解をしていただきたいのは、これから僕が語ろうとする物語のほとんどは伝聞によるものだということである。
僕が傍観者であるならば、伝聞の出どころである凩 風凪は、目撃者といったところだろうか。
この物語の一人の当事者として、その一部始終を目の当たりにした目撃者――主人公と言ってもいい。
つまり、これから僕が語る物語の視点というのは、彼女のものである。
彼女が、幕上 日暮と接触したことにより生じた物語である。
もちろん、二人が接触しなかったとしても起こり得た、という反論は否定しきれないにしても、観測されない物語というのは物語足り得ない、語り得ないのだということを思うと、便宜的にそう言ってしまっても差し支えないであろう。
それゆえに、この物語には彼女の視点を通しているがために生じるバイアスを含む可能性がある、ということは注釈として始めに述べておかなければならないだろう。
実のところ、彼女に対して、「バイアスが生じうる」という表現を用いるのは些か滑稽というか、皮肉というか、嫌味めいたものがあるのだが、やはり公平性を保つためにはそういった誤謬が生じうることを予めお伝えさせていただくのが、語り部として自らを位置付けている僕としての、果たさなければならない責務だと思うのである。
彼女の視点で語るがゆえに生じるバイアス、などと言ってしまったが、別にそれは彼女に非があることではない。
それはただそういう立ち位置に彼女が置かれていた(僕が語り部、傍観者という位置に置かれているように)というだけの話なのだから。
ただ、彼女を保護するという立場にある僕としては、彼女の何にでも首を突っ込んでしまう性質だけはどうにかしたいと思う。
自分の責任の外にあることだというのに、それを自分ごとのように捉えて行動してしまう、危うさのようなものを、彼女は有している。
そういう性質がなければ、彼女が幕上 日暮と彼を取り巻く事象に関わることはなかったかもしれないと思うと、なおさら。
一方で、今回の物語の中で、僕と彼が関わることがなかったことは、僕にとって、そしてあるいは幕上 日暮にとっても幸運だったかもしれない。
そんな世界線がもし仮にあったとしたら、もっと悲惨なことになっていたかもしれない。それがどんな悲劇になるのか、は今の僕には語りえないけれど(僕が過去を語りたくないのと同じように、僕と彼のありえるかもしれない未来についても語ることがないことを望んでいる。本当に)、幕上 日暮にとっては出会ったのが、僕ではなく凩 風凪であったことは、不幸中の幸いだったと思う。
無意識、という名の災禍に襲われた彼を、僕では救うことができなかっただろう。
といっても、本当に彼が凩 風凪によって救われたのかは、彼自身にしか分からないし、それこそ今となっては、彼に救われたかどうかを確かめることもできないというのは、それこそ救いのない話ではあるのだが。
「それでも、君の出る幕はなかったよ、二不二」
僕と目を合わせることなく、カウンター席に座ってグラスを眺めている男は、僕の名前を呼んでそう言う。
口には出していないはずのここまでの述懐を、さも聞いていたかのように僕の介入の可能性を否定したその男――明日語 飛鳥の方を、僕もまた見ることはしないままに、分かっているよ、と返答する。
冒頭、僕が凩 風凪を「代理人」と称したのは、彼女が明日語 飛鳥の「代理人」だからなのだが、そうだとすると、彼なら幕上 日暮を救えたのだろうか。
しかし、やはりそんな「もしも」の話は無意味なのだ。
きっとあの日、あの時に居合わせたのが彼だったならば、そんな物語が起きることすら、なかったはずなのだから。
改めて言おう。
これは凩 風凪と幕上 日暮が出会ったことで起きた物語だ。
だったらしい、という表現は些か無責任というか、他人事というか、そのように聞こえるかもしれないが、何せこれから僕が語ろうとする物語において、僕の置かれた立場の重要性というのは、極めて低い。
低いどころか、無いと言っていい。
あくまで、語り部として、傍観者として、位置外の立場として、僕はこの物語を語ろうとしているのである。
さらに付け加えて言うのであれば、重要な場面において僕はその場に居合わせてすらいないので、傍観者とも言えないかもしれない。
しかしながら、傍観しているということが、無関係であるということと必ずしも一致しない、ということが主題になりうるこの物語を語ろうとする上で、僕は自分がこの物語に無関係であったと言うことはすまい。するべきではない、と思う。
いや、べき、などと言ってしまうと僕が何某かの矜持を持っているような誤解を招くかもしれない。矜持など持ち合わせない僕が、それでも自分の無関係性を否定しようとするのは、単に恐れているからだ。
自分が知らず知らずのうちに、関係してしまっていることに気づかないことが、気づこうとしないことが、どれほど恐ろしい事態を招くのかを知ってしまった今となっては――教訓などというには程遠いが――それを恐れずにはいられないのだった。
だから僕はこの物語を傍観する立場であったと自らを位置付ける。
何も関わらなかったのではなく、何もできなかったのだと。
とはいえ、僕が何もできなかった、ということが、物語の帰結においてマイナスに働いたのかというと、実はそうとも言い切れないところだった。
何かを為してしまうことが、取り返しのつかないことになってしまうこともまた、知ってしまっている僕としては、そう言わざるを得ないのだった。(それを語ることはないことを望みたいところだが、そうもいかないのだろう。だから、今のところはそれについてはまた別の機会に語るとしよう、というありきたりな表現で留めておくことにする)
ダラダラと言い訳のように、自分の立場について弁明してきたわけだが、結局のところ理解をしていただきたいのは、これから僕が語ろうとする物語のほとんどは伝聞によるものだということである。
僕が傍観者であるならば、伝聞の出どころである凩 風凪は、目撃者といったところだろうか。
この物語の一人の当事者として、その一部始終を目の当たりにした目撃者――主人公と言ってもいい。
つまり、これから僕が語る物語の視点というのは、彼女のものである。
彼女が、幕上 日暮と接触したことにより生じた物語である。
もちろん、二人が接触しなかったとしても起こり得た、という反論は否定しきれないにしても、観測されない物語というのは物語足り得ない、語り得ないのだということを思うと、便宜的にそう言ってしまっても差し支えないであろう。
それゆえに、この物語には彼女の視点を通しているがために生じるバイアスを含む可能性がある、ということは注釈として始めに述べておかなければならないだろう。
実のところ、彼女に対して、「バイアスが生じうる」という表現を用いるのは些か滑稽というか、皮肉というか、嫌味めいたものがあるのだが、やはり公平性を保つためにはそういった誤謬が生じうることを予めお伝えさせていただくのが、語り部として自らを位置付けている僕としての、果たさなければならない責務だと思うのである。
彼女の視点で語るがゆえに生じるバイアス、などと言ってしまったが、別にそれは彼女に非があることではない。
それはただそういう立ち位置に彼女が置かれていた(僕が語り部、傍観者という位置に置かれているように)というだけの話なのだから。
ただ、彼女を保護するという立場にある僕としては、彼女の何にでも首を突っ込んでしまう性質だけはどうにかしたいと思う。
自分の責任の外にあることだというのに、それを自分ごとのように捉えて行動してしまう、危うさのようなものを、彼女は有している。
そういう性質がなければ、彼女が幕上 日暮と彼を取り巻く事象に関わることはなかったかもしれないと思うと、なおさら。
一方で、今回の物語の中で、僕と彼が関わることがなかったことは、僕にとって、そしてあるいは幕上 日暮にとっても幸運だったかもしれない。
そんな世界線がもし仮にあったとしたら、もっと悲惨なことになっていたかもしれない。それがどんな悲劇になるのか、は今の僕には語りえないけれど(僕が過去を語りたくないのと同じように、僕と彼のありえるかもしれない未来についても語ることがないことを望んでいる。本当に)、幕上 日暮にとっては出会ったのが、僕ではなく凩 風凪であったことは、不幸中の幸いだったと思う。
無意識、という名の災禍に襲われた彼を、僕では救うことができなかっただろう。
といっても、本当に彼が凩 風凪によって救われたのかは、彼自身にしか分からないし、それこそ今となっては、彼に救われたかどうかを確かめることもできないというのは、それこそ救いのない話ではあるのだが。
「それでも、君の出る幕はなかったよ、二不二」
僕と目を合わせることなく、カウンター席に座ってグラスを眺めている男は、僕の名前を呼んでそう言う。
口には出していないはずのここまでの述懐を、さも聞いていたかのように僕の介入の可能性を否定したその男――明日語 飛鳥の方を、僕もまた見ることはしないままに、分かっているよ、と返答する。
冒頭、僕が凩 風凪を「代理人」と称したのは、彼女が明日語 飛鳥の「代理人」だからなのだが、そうだとすると、彼なら幕上 日暮を救えたのだろうか。
しかし、やはりそんな「もしも」の話は無意味なのだ。
きっとあの日、あの時に居合わせたのが彼だったならば、そんな物語が起きることすら、なかったはずなのだから。
改めて言おう。
これは凩 風凪と幕上 日暮が出会ったことで起きた物語だ。
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