崖からポイ捨てされた不運令嬢ですが、銀髪イケメン竜王に『最愛の伴侶』としてスカウトされました!

阿里

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真っ逆さまに落ちていく感覚の中で、私はただ、静かに目を閉じていました。
あんなに冷たかった風が、今はなぜか羽毛のように柔らかく私の体を包み込んでいる気がします。
もう、お姉様の機嫌を伺って震える必要も、エドワード様の冷たい視線に傷つく必要もない。
そう思うと、死への恐怖よりも、深い眠りにつくような安堵感のほうが勝っていました。

「……ミラ、ごめんね。私の人生、なんだったのかな」

誰に届くわけでもない独り言が、霧の中に溶けていきます。
侯爵家の娘として生まれながら、一度も愛された記憶がありません。
「不運を呼ぶ女」というレッテルを貼られ、最後は生贄として崖から突き落とされた私。
けれど、地面に叩きつけられる衝撃は、いつまで経ってもやってきませんでした。

その代わりに聞こえてきたのは、空気を震わせるような、低くて力強い――けれど、どこか悲しげな唸り声でした。

「……人間の子よ。お前はなぜ、これほどまでに澄んだ魂を持ちながら、自ら死の淵へと歩み寄ったのだ?」

その声が響いた瞬間、目の前の霧がバッと弾け飛びました。
驚いて目を開けると、そこには信じられない光景が広がっていたのです。
私のすぐ目の前に、太陽の光を反射してキラキラと輝く、巨大な銀色の鱗がありました。
それは、おとぎ話に出てくる恐ろしい竜などではなく、この世の何よりも気高く、美しい生き物でした。

「竜……様……?」

私が震える声で呟くと、その巨大な銀竜は、優しく私をその背中に乗せ、ゆっくりと崖の下にある洞窟のような場所へと降り立ちました。
地面に着くと同時に、竜の体が眩い光に包まれます。
あまりの眩しさに腕で顔を覆い、恐る恐る目を開けると――。

そこには、竜の姿ではなく、一人の男性が立っていました。
流れるような長い銀髪に、吸い込まれそうなほど深い蒼い瞳。
身に纏っているのは、夜空を織り上げたような深い紺色のローブです。
彼は、震える私の前に跪き、泥で汚れた私の手を、まるで壊れ物を扱うようにそっと取りました。

「怖がらせてしまったかな。私はアルベルト。この地の竜たちを束ねる者だ。……それにしても、なんという酷い有様だ。その体中に刻まれた痣や、ボロボロの衣服。……人間どもは、これほどまでに清らかな魂を持つお前を、泥に塗れさせて平然としていたというのか?」

アルベルト様は、私の手にある小さな傷跡をなぞりながら、絞り出すような声で言いました。
その瞳には、私への慈しみと、そして私を傷つけた者たちへの激しい怒りが宿っているのがわかりました。

「あ……あの、アルベルト様。私は不運を呼ぶ女なのです。私がいると、周りの人が不幸になるから、だから生贄として……」

私が必死に説明しようとすると、アルベルト様は優しく私の唇に指を当て、言葉を遮りました。

「馬鹿なことを言わないでくれ、ミラ。お前は不運などではない。むしろ、その逆だ。お前は、この国でも数百年ぶりに現れた、稀代の『聖なる守護』を持つ乙女なのだよ。お前がその家に、その領地にいたからこそ、これまでの災厄は最小限で食い止められていたのだ」

「え……? 私が、守護……?」

頭が真っ白になりました。
だって、家族もエドワード様も、みんな口を揃えて「お前のせいで不幸になる」と言っていたのに。

「そうだ。お前が崖から落とされた瞬間、地上の結界は完全に解けた。今頃あそこは、守るべき主を失い、天の裁きを受けていることだろう。……だが、そんなことはもうどうでもいい。これからは私が、お前の価値を世界に分からせてやる。ミラ、私の城へおいで。そこは空の上、誰もお前を傷つけることのできない場所だ」

アルベルト様はそう言うと、まるでお姫様抱っこをするように、軽々と私を抱き上げました。
彼の腕の中はとても温かくて、これまで凍えていた私の心が、じわじわと溶けていくような感覚に陥りました。

---

アルベルト様に抱かれたまま、私たちは再び空へと舞い上がりました。
雲を突き抜け、どこまでも続く青空の先に現れたのは、水晶と真珠でできているかのような、輝く「竜宮城」でした。
お城の庭には見たこともないような極彩色の花が咲き乱れ、空気には甘い香りが漂っています。

アルベルト様は私をふかふかのソファに座らせると、すぐに大勢の侍女たちを呼び集めました。

「この方は私の大切な伴侶だ。世界中の贅を尽くして、彼女を癒してやってくれ。特にその肌と髪……本来の輝きを取り戻せるよう、最上級の魔法薬を使うように」

「は、伴侶だなんて……そんな! 私はただの生贄で……」

慌てて首を振る私に、アルベルト様は優しく微笑みかけ、私の頬を撫でました。

「ミラ、謙遜する必要はないんだよ。お前は、私が何百年も待ち焦がれていた存在なのだから。さあ、まずは温かいお風呂に入って、悪い夢をすべて洗い流しておいで。上がった頃には、新しい魔法を用意しておくからね」

そう言われて案内されたバスルームは、一部屋が丸ごとプールのように広く、薔薇の花びらが浮かべられた黄金の湯船がありました。
侍女さんたちが、まるでお宝を磨くように、丁寧に私の体を洗ってくれます。
今まで、お姉様のお下がりの冷たい水で体をお手入れしていた私にとって、それは魔法のような時間でした。

そして、お風呂から上がった後、アルベルト様が私に魔法をかけてくれました。

「『真実の姿よ、光り輝け』――」

彼が呪文を唱え、私を指先でなぞった瞬間。
私の体に、温かい光の粒が染み込んでいくのを感じました。
鏡を見てごらん、という彼の声に促されて、私は目の前の大きな姿見に目を向けました。

「……これ、が……私?」

そこに映っていたのは、かつての「地味で冴えない女」ではありませんでした。
ボソボソだった髪は、月明かりを浴びたシルクのように艶やかに輝き、泥に汚れていた肌は、抜けるように白く透き通っています。
何より、死んだ魚のようだった私の瞳が、今は自信と生命力に満ちた、美しい琥珀色に輝いていました。

「ふふ、驚いたかな? これが本来のお前の姿だ。お前を閉じ込めていた醜い呪縛が解けただけだよ。さあ、このドレスを着てごらん。お前のために、竜の鱗を織り込んで作らせたものだ」

用意されたのは、真珠のような光沢を持つ、純白のドレス。
袖を通すと、驚くほど軽くて、まるで空気を纏っているようでした。
私は、自分の変わりように戸惑いながらも、内側から湧き上がる喜びを隠せませんでした。

「アルベルト様……ありがとうございます。私、こんなに綺麗になってもいいんでしょうか。不運を呼ぶなんて言われないでしょうか」

不安そうに尋ねる私を、アルベルト様は力強く抱き寄せました。
その鼓動が、私の背中に伝わってきます。

「当たり前だ。これからは、誰もそんなことは言わせない。もしお前を傷つける者がいたら、この私が地の果てまで追い詰めて滅ぼしてやる。……ミラ、お前はもう自由だ。ここで私に甘えて、好きなだけわがままを言っていいんだよ。お前が笑っているだけで、私は世界中の財宝を手に入れるよりも幸せなんだ」

アルベルト様の言葉は、甘いお菓子のように私の心を満たしていきました。
生まれて初めて、誰かに必要とされ、守られている。
これまでの苦しかった日々が、この一瞬の幸せのためにあったのだと思えるほど、私は深い安らぎの中にいました。

「……はい、アルベルト様。私、あなたのそばにいたいです。こんな私で良ければ、ずっと……」

「『こんな私』なんて、もう二度と言わないで。お前は、世界で一番尊い、私の宝物なんだから」

アルベルト様はそう言って、私の額に優しくキスを落としました。
窓の外には、どこまでも続く美しい雲海が広がっています。
地上の冷たい泥に塗れていた日々は、もう遠い昔のこと。
私は今、銀の竜王様の翼に守られて、新しい人生を歩み始めたのでした。

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