婚約破棄されましたが、隣国の大将軍に溺愛されて困ってます

有賀冬馬

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「グレイ様、もう、そんなに寄られたら……っ」

「もう夫婦だぞ? どこにくっつこうと、問題はないはずだが?」

 グレイ様がわたしの背後から抱きついて、耳元でそんなふうに囁くから――もう、だめ。顔から火が出そう。

 新婚生活が始まってから、毎日が夢の中みたいで。
 広くて綺麗なお屋敷、美味しいごはん、お庭の花たち……そして、いつもそばにいてくれるグレイ様。

 毎朝目が覚めるたびに、隣に彼がいて、優しい声で「おはよう」と言ってくれる。
 それだけで、わたしの胸はぽかぽかして、自然と笑顔になってしまうの。

「それでも……使用人さんたちに見られてますよ……っ」

「見せつけてやればいい。俺の妻は、世界で一番可愛いってな」

「~~~っ!!」

 ほんと、ずるい。
 そんなこと、真顔で言わないでください……っ!

 

 ◇ ◇ ◇

 

 昼下がり、お庭で紅茶を飲んでいたら、ノックの音とともに執事のオズワルドさんが近づいてきました。

「奥様。お届け物です」

「わたしに、ですか?」

 渡された封筒は、見覚えのある金色の封蝋――これは、王都からの……?

 封を開くと、中には手紙が一通。

 ――送り主は、エドワルド。

「……またですか」

 実は、婚約発表のあと、エドワルドから何通か手紙が来ていたの。
 『君が恋しい』『やり直したい』『僕は騙されていた』――そんな、自分勝手な言葉ばかり。

 でも、今回は少し違っていた。

『リーナへ。
 突然の手紙を許してほしい。
 僕はようやく、自分の過ちに気づいた。
 君がどれほど素晴らしい人だったかを、身をもって思い知らされたんだ――』

 ふう、とため息をついて、わたしは紅茶を一口。

 甘くて、ほっとする味。

 昔のわたしだったら、この手紙に心を乱されていたかもしれない。
 でも、今のわたしは違う。

 わたしの居場所は、もうここにある。
 愛されて、大切にされて、必要とされている場所が。

 グレイ様の腕の中で、わたしは確かに、生きてる。

「どうしますか、奥様。お返事を?」

「……いいえ。必要ありません」

 わたしは微笑んで、手紙を封筒に戻しました。

「彼には、もう関係のないことですから」

 エドワルドがどれだけ悔やんでも、それは彼の人生。
 わたしは、自分の幸せを生きるの。


 

 ◇ ◇ ◇

 

「リーナ、今夜は一緒に星を見よう」

 背後からそっと囁かれて、わたしはうなずいた。

「……はい。楽しみにしてます」

 愛されるって、こんなに幸せなことなんだ。
 優しく手を引かれて、歩く道には、星の光と花の香り。

 過去なんて、振り返らなくてもいい。
 これからの未来を、ふたりでつくっていけたら、それで十分だから。

 ――この人となら、きっと大丈夫。

「グレイ様、わたし……あなたに出会えて、本当によかった」

「俺もだ。リーナ。これからも、ずっと一緒にいよう」

 夜空に願うように、そっと交わしたキス。

 たくさん泣いて、たくさん傷ついて、それでも最後は――

 ――ちゃんと幸せになれるって、信じてよかった。

 




お日さまがぽかぽかと暖かい午後――

お庭のベンチに腰掛けて、わたしは刺繍をしていました。
淡いピンクの糸で、小さなお花の模様をハンカチにちくちくと縫い込んでいく作業は、とっても落ち着くのです。

「……ふふっ。上手にできた」

「リーナ。手を止めるなよ? 俺があまりに見とれてるのは、罪じゃないからな」

「もうっ、グレイ様っ」

 いつの間にか背後に回ってきたグレイ様が、わたしの頬にキスを落とす。

 ほんの少し、刺繍の針を止めてしまうけれど――
 そんなの、しょうがないって思っちゃう。

 だって、こんなに毎日、愛されているなんて……夢みたいで。

「刺繍、また新しいのを作っているのか?」

「はい。グレイ様におそろいのハンカチを作ろうと思って……あの、前のがちょっと汚れちゃってたので」

「……ああ、もったいなくて使えなかったやつか」

「えっ?」

 グレイ様はふっと苦笑して、手袋を外すと、内ポケットからくしゃっとなった白い布を取り出しました。

「これだ。リーナが前にくれたやつ。ずっと持ってた」

「え……!? えええ!? そ、それ、まだ持ってたんですか!?」

「当たり前だろ。もらった初めてのプレゼントだぞ」

 うわぁぁぁ……!!

 な、なんだか、もう、嬉しすぎて、恥ずかしくて、どこかに隠れたくなるくらい。
 だけど……ちゃんと、ちゃんと、胸があったかい。

「……ありがとうございます」

「礼を言うのはこっちだ。俺の人生、リーナに出会って、全部変わったんだからな」

 そう言って、またおでこにキス。

 ――ずるい。ほんとに、ずるすぎる人です。
 だけど、そんなあなたが、わたしの運命の人なんだって、もう何度も、何度も実感してきた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 夜になって、星が瞬く時間。

 グレイ様と一緒にバルコニーに出て、わたしたちはふたり、ブランケットに包まれて空を見上げていた。

「ねえ、グレイ様。わたし、ずっと夢見てたの。いつか、本当の“愛される”っていうのを、知りたいなって」

「今は、わかるか?」

「……うん。ちゃんと、わかるよ。わたし……幸せです」

 そっと、手を握る。
 その手は大きくて、あたたかくて――包み込んでくれるみたいに、安心する。

「リーナ。俺のそばにいてくれて、ありがとう」

「こちらこそ、見つけてくれてありがとう。……わたし、もう、ひとりじゃないって思えるの。あなたがいてくれるから」

 夜風がそよいで、星が瞬く音が聞こえそうな静けさの中、わたしたちはずっと手をつないでいた。

 きっと、これからも困難や悲しいことがあるかもしれない。
 でも、ふたりでなら、乗り越えられる。そう信じられる。

 だって――

「グレイ様。これからも、ずっと、そばにいてくれますか?」

「ああ。何があっても、リーナを離さない。俺の妻として、俺の誇りとして……ずっと、守り続ける」

「……うん。じゃあ、わたしも。あなたのそばで、支えになりたい。愛されてばっかりじゃなくて、わたしも……あなたの力になりたいから」

 キスを交わして、星の光が降ってきたみたいに――わたしの心は、ぽわっとあたたかくなった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 ある日のこと。

 ふとした知らせが王都から届いた。

「エドワルド様……破門、ですって?」

 なんでも、女好きがたたって、偽の契約書にサインさせられて莫大な借金を抱えたとか。
 さらには、騎士団内でも問題を起こして、追放されてしまったらしい。

「……ふぅん」

 正直、どうでもよかった。

 だけど、ちょっぴり――ほんのちょっぴりだけ。

 あのとき、わたしを“地味”だなんて言い放った男が、今ごろ地べたを這っていると思うと、胸がすっとするような、そんな気もした。

 溜息をついて、紅茶を口にした。

 もう彼のことなんて、思い出す必要もないのに。
 あんなの、わたしの人生の中の、ほんの一場面にすぎないのだから。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 そして、今日も。

「リーナ、そろそろ散歩に出ようか。今日は新しい花が咲いてるって、庭師が言ってたぞ」

「うん、行きましょう。グレイ様」

 手を取り、笑いあって。

 わたしは、今――確かに、幸せです。

 だれに笑われたって、馬鹿にされたって。
 わたしの幸せは、わたしが決めるの。

 そして今、となりにいる人と歩いていくこの道こそが、わたしのたどり着いた最高の答え。

 

 *** Fin ***
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