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2章
2-3
門の外で騒ぎ続けるハリス様を放置しておくわけにもいかず、ゼノス様は彼を城の中へ入れることを許可しました。ただし、通されたのは華やかな応接室ではなく、冷たい石造りの床が広がる、厳重な警備に囲まれた謁見の間です。
ゼノス様の隣に座る私の体は、勝手に小刻みに震えていました。恐怖というよりは、あまりの気味悪さに肌が粟立つような感覚です。扉が開かれ、兵士に引きずられるようにして入ってきたハリス様は、豪華な部屋の装飾に目をぎらつかせながら、私を見て歪んだ笑みを浮かべました。
「エカテリーナ、やっぱり君はここにいたんだね。ああ、そのドレス……ずいぶんと贅沢をしているじゃないか。僕がいなくて寂しくて、せめて外見だけでも着飾って僕を待っていたんだね。健気なところは変わっていないようで安心したよ」
ハリス様は、まるで自分が歓迎されている客人であるかのように、厚かましくも私に歩み寄ろうとしました。すぐに衛兵の槍が彼の前に交差しましたが、彼はそれすら気に留めない様子で叫び続けます。
「さあ、積もる話はやめにしよう。時間は貴重だ。エカテリーナ、今すぐペンと紙を用意してくれ。君のあの事務能力があれば、僕が不当に奪われた爵位を取り戻すための嘆願書なんて、一晩で書けるだろう? ついでに、僕の借金を帳消しにするための裏帳簿も作ってほしいんだ。君なら得意だろう? また僕のために、その有能な指先を動かせてやるよ。光栄に思うといい!」
あまりに身勝手で、論理の破綻した言葉の数々に、私は眩暈がしそうでした。彼は、自分を追い出したのが誰なのか、自分がどれほどの罪を犯したのか、本当に何も理解していないのでしょうか。かつて私が憧れ、少しでも力になりたいと願っていたあの頃の面影は、もう微塵も残っていません。
「……ハリス様、あなたは何を言っているのですか? 私はもう、あなたの婚約者ではありません。それに、あなたが罪を犯して地位を失ったのは、すべて自業自得ではありませんか。どうして私が、今さらあなたを助けなければならないのですか?」
私が絞り出すような声で反論すると、ハリス様は心底意外だというように目を見開きました。
「何を怒っているんだい? 確かに以前は少しアンジェリカと遊んでしまったけれど、それは君が可愛げのない仕事ばかりしていたからだ。でも、今の君はこれほど立派な城を切り盛りしているんだろう? ならば、僕を伯爵に戻して、僕の妻として働くのが一番の幸せじゃないか。辺境の化け物と暮らすより、王都の華やかな生活に戻りたいだろう? 僕が特別に、そのチャンスをあげると言っているんだよ!」
「化け物、か。私の目の前で、私の妻を侮辱し、あまつさえ連れ去ろうとするとは。驚いたな、これほどまでに現実が見えていない男が存在するとは」
ゼノス様が静かに口を開きました。その声は低く、地を這うような冷たさを含んでいましたが、不思議と激しい怒りは感じられません。ゼノス様は背もたれにゆったりと体を預け、まるで珍しい害虫でも観察するかのような、冷徹な視線をハリス様に向けていました。
「ハリスと言ったか。お前は、エカテリーナが今、この領地でどれほどの地位にあり、どれほどの人々に敬愛されているか、本当に分かっていないようだな。お前の腐った野心のために彼女の才能を浪費させるなど、万死に値する愚行だということも」
「黙れ! 化け物がエカテリーナをたぶらかすな! 彼女は僕の所有物だ! エカテリーナ、さあ、早くその男に言ってやるんだ。僕と一緒に王都へ帰ると!」
ハリス様の叫びは虚しく響くだけでした。私はゼノス様の温かい手に自分の手を重ね、ハリス様を冷ややかに見つめ返しました。そこにいるのは、かつて愛した人ではなく、ただ過去の栄光に縋り付く、哀れで醜い塊でしかありませんでした。
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