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目を開けると、そこは見たこともないほどキラキラした世界でした。
柔らかくて、まるでお菓子の中に入り込んだようなフカフカのベッド。上を見上げると、透き通るような薄い絹のカーテンが天蓋から垂れ下がっています。体にかかっている毛布も、驚くほど軽くて温かいんです。
「……ここ、は……?」
私がか細い声を出すと、すぐ近くで椅子に座っていた人影が、ガタッと立ち上がりました。
「ニーナ、気がついたのか。良かった……本当に心配したんだぞ」
そこにいたのは、騎士の制服を崩して着た、一人の男性でした。
驚いて飛び起きようとしましたが、体中が痛くて顔をしかめてしまいました。すると彼は、慌てて私の肩を優しく押さえました。
「無理をしてはいけない。君はひどい熱を出して、三日間も眠っていたんだ。今はまだ、ゆっくり休んでいてくれ」
その顔を見て、私は息を呑みました。
整いすぎた顔立ちに、意志の強そうな瞳。この国で知らない人はいない、若き騎士団長アーサー・グレイス様でした。「鉄血の騎士団長」なんて呼ばれていて、いつも戦場や公務では氷のように冷たい人だと噂されている、雲の上の存在です。
「アーサー……様? どうして、私がここに……。それに、どうして私の名前を……?」
混乱する私に、アーサー様は困ったような、でもどこか愛おしそうな顔をして、私のあかぎれだらけの指先をそっと両手で包み込みました。あんなに冷徹だと言われている人なのに、その手はとても温かくて、震えていました。
「君を忘れるはずがないだろう。……数年前の雨の日、裏路地で大怪我をした騎士を助けてくれたことを覚えているか? 周りの誰もが汚いものを見るように避けて通る中で、君だけが駆け寄って、自分のハンカチを破って傷口を縛ってくれた。あの時の、君のひたむきで優しい瞳を、俺は一日たりとも忘れたことはない」
その言葉を聞いて、記憶のピースがパチリとはまりました。あの時の、名もなき騎士様……。
「あの時の……。でも、あの後ケビンが『俺の知り合いが世話になった』って言っていたから、てっきりお礼は済んだものだとばかり……」
「……あの男か。ケビンには何度も、君に会わせろと言ったんだ。だが彼はいつも『彼女は内気で、他人に会うのを嫌がっている』とか『もう他の男と幸せになる約束をしている』と言って、俺を君から遠ざけた。君があんな不当な扱いを受けているなんて、俺は今の今まで知らなかったんだ。もし知っていたら、もっと早く、強引にでも君を連れ去っていたのに!」
アーサー様の声には、隠しきれない怒りと、自分自身への悔しさが滲んでいました。
彼は私のボロボロの手を、まるでものすごく脆い宝物を扱うみたいに、自分の頬に寄せました。
「あんな男のために、君がこんなに痩せて、指先まで傷だらけにして尽くしていたなんて……。君を捨て、雨の中に放り出したと聞いた時は、あいつをこの手で叩き斬ってやりたいと思った。でも、それよりも先に、君を救わなければならなかった」
私は信じられない気持ちでいっぱいでした。
あんなに素敵な騎士様が、私のことをずっと探していてくれたなんて。ケビンに「恥ずかしい」と言われ、家族に「役立たず」と捨てられた私を、こんなに必死な目で見つめてくれる人がいるなんて。
「……私、もう何も持っていないんです。家も、身分も、未来も。ケビンに言われた通り、ただのみすぼらしい女なのに。アーサー様のような立派な方が、どうして私なんかに……」
情けなくて涙がこぼれそうになると、アーサー様は力強く、でも壊さないように私を抱きしめました。
「何も持っていないなんて言わせない。君には、俺の心を一瞬で奪った気高さと優しさがある。君が自分をどう思っていようと、俺にとっては、この世界のどんな宝石よりも君が価値があるんだ。ニーナ、お願いだ。俺の妻になってほしい。もう君に苦労なんてさせない。君を傷つけるすべてのものから、俺の命に代えても守り抜くと誓う。俺の隣で、ただ笑っていてくれないか」
アーサー様の心臓の音が、トクトクと私の耳に伝わってきます。
それは、これまで私が聞いたどんな言葉よりも温かくて、誠実な響きでした。
あんなに冷たかった雨の夜が、嘘だったみたいに。
柔らかくて、まるでお菓子の中に入り込んだようなフカフカのベッド。上を見上げると、透き通るような薄い絹のカーテンが天蓋から垂れ下がっています。体にかかっている毛布も、驚くほど軽くて温かいんです。
「……ここ、は……?」
私がか細い声を出すと、すぐ近くで椅子に座っていた人影が、ガタッと立ち上がりました。
「ニーナ、気がついたのか。良かった……本当に心配したんだぞ」
そこにいたのは、騎士の制服を崩して着た、一人の男性でした。
驚いて飛び起きようとしましたが、体中が痛くて顔をしかめてしまいました。すると彼は、慌てて私の肩を優しく押さえました。
「無理をしてはいけない。君はひどい熱を出して、三日間も眠っていたんだ。今はまだ、ゆっくり休んでいてくれ」
その顔を見て、私は息を呑みました。
整いすぎた顔立ちに、意志の強そうな瞳。この国で知らない人はいない、若き騎士団長アーサー・グレイス様でした。「鉄血の騎士団長」なんて呼ばれていて、いつも戦場や公務では氷のように冷たい人だと噂されている、雲の上の存在です。
「アーサー……様? どうして、私がここに……。それに、どうして私の名前を……?」
混乱する私に、アーサー様は困ったような、でもどこか愛おしそうな顔をして、私のあかぎれだらけの指先をそっと両手で包み込みました。あんなに冷徹だと言われている人なのに、その手はとても温かくて、震えていました。
「君を忘れるはずがないだろう。……数年前の雨の日、裏路地で大怪我をした騎士を助けてくれたことを覚えているか? 周りの誰もが汚いものを見るように避けて通る中で、君だけが駆け寄って、自分のハンカチを破って傷口を縛ってくれた。あの時の、君のひたむきで優しい瞳を、俺は一日たりとも忘れたことはない」
その言葉を聞いて、記憶のピースがパチリとはまりました。あの時の、名もなき騎士様……。
「あの時の……。でも、あの後ケビンが『俺の知り合いが世話になった』って言っていたから、てっきりお礼は済んだものだとばかり……」
「……あの男か。ケビンには何度も、君に会わせろと言ったんだ。だが彼はいつも『彼女は内気で、他人に会うのを嫌がっている』とか『もう他の男と幸せになる約束をしている』と言って、俺を君から遠ざけた。君があんな不当な扱いを受けているなんて、俺は今の今まで知らなかったんだ。もし知っていたら、もっと早く、強引にでも君を連れ去っていたのに!」
アーサー様の声には、隠しきれない怒りと、自分自身への悔しさが滲んでいました。
彼は私のボロボロの手を、まるでものすごく脆い宝物を扱うみたいに、自分の頬に寄せました。
「あんな男のために、君がこんなに痩せて、指先まで傷だらけにして尽くしていたなんて……。君を捨て、雨の中に放り出したと聞いた時は、あいつをこの手で叩き斬ってやりたいと思った。でも、それよりも先に、君を救わなければならなかった」
私は信じられない気持ちでいっぱいでした。
あんなに素敵な騎士様が、私のことをずっと探していてくれたなんて。ケビンに「恥ずかしい」と言われ、家族に「役立たず」と捨てられた私を、こんなに必死な目で見つめてくれる人がいるなんて。
「……私、もう何も持っていないんです。家も、身分も、未来も。ケビンに言われた通り、ただのみすぼらしい女なのに。アーサー様のような立派な方が、どうして私なんかに……」
情けなくて涙がこぼれそうになると、アーサー様は力強く、でも壊さないように私を抱きしめました。
「何も持っていないなんて言わせない。君には、俺の心を一瞬で奪った気高さと優しさがある。君が自分をどう思っていようと、俺にとっては、この世界のどんな宝石よりも君が価値があるんだ。ニーナ、お願いだ。俺の妻になってほしい。もう君に苦労なんてさせない。君を傷つけるすべてのものから、俺の命に代えても守り抜くと誓う。俺の隣で、ただ笑っていてくれないか」
アーサー様の心臓の音が、トクトクと私の耳に伝わってきます。
それは、これまで私が聞いたどんな言葉よりも温かくて、誠実な響きでした。
あんなに冷たかった雨の夜が、嘘だったみたいに。
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