私はもう、別の方の腕の中です

阿里

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王宮の大きなホールは、目がくらむほどのシャンデリアの光で満たされていました。
アーサー様の婚約者として初めて出席する夜会。私は緊張で足が震えそうでしたが、隣にいるアーサー様が、そっと私の腰を引き寄せて支えてくれました。

「大丈夫だよ、ニーナ。今の君は、この会場の誰よりも輝いている。自信を持って、俺の隣にいてくれ」

アーサー様の言葉通り、会場に入った瞬間、周囲のざわめきが一変しました。
かつての私は、継ぎ接ぎだらけのドレスを着て、ケビンの後ろを隠れるように歩いていました。でも今の私は、最高級のシルクと宝石に包まれ、背筋を伸ばして歩いています。周囲の貴族の方々が「あの方はどこの令嬢だ?」と驚きの声を上げているのが聞こえてきて、少しだけ誇らしい気持ちになりました。
そんな華やかな空気の中で、ふと視界の端に、見覚えのある姿が映りました。

ケビンです。

でも、かつての自信満々だった彼の面影はどこにもありませんでした。
着ている騎士服はどこかヨレていて、顔色は青白く、目の下にはひどいクマができています。隣には、あの婚約破棄の夜に彼が連れていたエルザ様がいましたが、彼女はケビンを労わるどころか、甲高い声で彼をなじり続けていました。

「ちょっと、ケビン! 何ぼーっとしているの? 私が頼んだ限定品の香水、まだ手に入らないっていうの? 副団長のくせに、そんなこともできないなんて。実家のお父様も、あなたの仕事の遅さに呆れていたわよ!」

「……申し訳ありません、エルザ様。最近、騎士団の事務仕事が立て込んでいて、なかなか時間が作れず……」

ケビンの声には、かつての威勢の良さは欠片もありませんでした。
風の噂では、ケビンはエルザ様の度重なる浪費を支えるために、無理な借金を重ねているそうです。その上、慣れない高位貴族との付き合いに神経をすり減らし、仕事でも重大なミスを繰り返して、同僚たちからも白い目で見られていると聞きました。

「言い訳なんて聞きたくないわ! だいたい、あなたの給料じゃ私のドレス代一着分にもなりゃしない。もっとしっかり稼いできなさいよ、この無能!」

エルザ様はそう言い捨てると、ケビンを置いてさっさと別の貴公子たちの輪へ行ってしまいました。
一人取り残されたケビンは、がっくりと肩を落として溜息をつきました。その時、ふと彼がこちらを振り返り、私と目が合ったのです。
ケビンの目が、驚愕で大きく見開かれました。

「……え、ニーナ……? 本当にニーナなのか……?」

ケビンはふらふらと、吸い寄せられるようにこちらへ歩み寄ってきました。
その瞳には、信じられないものを見たという驚きと、今の私の美しさに対する戸惑い、そして……隠しきれない後悔の色が混ざっていました。

「そんな、嘘だろ……。あんなにボロボロで、みすぼらしかったお前が、どうしてそんなに……。なあ、ニーナ、俺だ! ケビンだ! お前、本当は……」

彼が私の名前を呼び、汚れた手を伸ばそうとしたその瞬間でした。
私の隣にいたアーサー様から、凍りつくような冷たい空気が放たれました。
アーサー様は一歩前に出ると、ケビンを冷徹な眼差しで射すくめました。その殺気は、騎士団長としての圧倒的な威圧感に満ちていて、ホールの温度が数度下がったのではないかと思うほどでした。

「……貴様、誰にその不潔な手を向けようとしている? 彼女は私の大切な婚約者だ。これ以上近づけば、不敬罪としてその場で叩き斬ることになるが、構わないか?」

「ひっ……!」

ケビンは短い悲鳴を上げて、腰を抜かさんばかりに後ずさりました。
アーサー様の放つ凄まじいプレッシャーに、彼は喉を鳴らして震えることしかできません。
ケビンは私とアーサー様を交互に見つめ、あまりの格差に絶望したような顔をして、逃げるように人混みの中へと消えていきました。

「……ニーナ、気分を害したか? あのような男、二度と君の視界に入らないように処置してもいいのだが」

アーサー様が心配そうに私を覗き込みました。
私は静かに首を振りました。
あんなに怖かったケビンの言葉も、今はもう、遠い国の出来事のようにしか感じられません。
私を大切にしてくれない人のために泣く時間は、もう終わったのだと、アーサー様の温かい手の手応えが教えてくれていました。

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