婚約破棄された夜、最強魔導師に「番」だと告げられました

有賀冬馬

文字の大きさ
4 / 4

4

しおりを挟む
塔の生活は静かだった。郊外の小さな塔は風に揺れる木々に囲まれ、朝は鳥の声で目が覚める。セシルと私は、日々を穏やかに過ごしていた。私は魔力の研究や癒しの魔法を教え、村の人々が少しでも楽になるように尽くした。

「あなたの魔法は本当に優しい」

ある母親が子どもの手を取ってそう言ったとき、私の胸はじんと暖かくなった。

「ありがとう。私はみんなが笑って暮らせる場所を作りたいの」

セシルは遠くからそれを見て、穏やかに微笑んでいた。彼の存在はいつも静かな安心をくれた。

昼は研究に没頭し、夜は塔の図書室で古い本を読んだ。私は弱かった日々を思い出すことがあっても、今はそれを力に変える術を知っている。村の子どもたちが私の元へ来て、魔の取り扱いを教わる。彼らの目は純粋で輝いていて、それを見ると未来が明るく思えた。

そんなある日、塔の扉の向こうで騒ぎが起きた。見慣れない顔の兵士が駆け込み、顔をこわばらせた。

「リリアーナ様、緊急の報せです。ルドルフが…戻ってきたと」

私の心が固まる。あの人が、戻ってくる? 胸の中で、冷たい風が走った。

「ここに来るわけがない」

セシルが静かに言ったが、その声にも緊張が混じっていた。

数日後、広場で人々がざわめいた。私は怖さを押し隠して外へ出ると、遠くに見慣れた影が立っていた。ルドルフだった。髪は乱れ、顔に苦悶の色が浮かぶ。彼の隣には影のように薄暗い魔力が漂っている。

彼は私を見つめ、目が血走っていた。声は震えていたが、どこか固い決意が込められていた。

「リリアーナ…俺を捨てた罰だ。今度こそ、お前を手に入れる」

その言葉を聞いたとき、私の胸が痛んだ。怒りもあったが、どこか哀れな響きが混じる。彼は追放され、屈辱を味わったはずなのに、まだ私を求めるのだろうか。

「何を望むの? もう終わったことよ」

私は震える声で言った。

だがルドルフは笑みを浮かべ、それは以前の冷たい笑みとは違い、苦しみに満ちていた。

「終わっていない。お前が奪ったものを返せ。お前の力も、お前の誇りも、すべて」

その夜、彼は禁呪を使って私に襲いかかったと聞いた。闇の力はねじれ、聞いたことのない不吉な音を立てる。私は急いで塔へ戻り、セシルとともに迎え撃とうとした。

「来る。準備を」

セシルは低く言い、私は深くうなずいた。

夜の闇に、ルドルフの声が響いた。彼は叫び、呪文を唱える。私はその言葉を聞くだけで背筋が凍った。暗い渦が生まれ、私に向かってまとわりつこうとする。

「離れて! やめて!」

私は力を振り絞って叫んだ。だが魔は私を捕らえ、冷たい縄のように心を縛ってくる。胸が締め付けられ、声が出にくくなる。

そのとき、セシルが現れた。彼の姿は暗闇の中で光り、ゆっくりとルドルフの前へ歩み寄った。

「彼女に触れるな。これは私のものだ」

彼の声は静かだが、どっしりと強い。ルドルフはぎょっとして後ずさりした。だが彼の手はまだ呪文を離さない。闇はますます暴れ、ルドルフの顔に苦悶が走る。

セシルは両手を広げ、ルドルフの呪文を受け止めた。光と暗がぶつかり合い、空気が裂ける音がした。私はただその場に立ち、胸が張り裂けそうだった。

闇の力が逆流し、ルドルフの体を蝕み始める。彼は叫び、己を止めることができない。顔に恐怖が広がり、手が震える。

「やめろ! 私は…私は—」

しかしルドルフの言葉は届かない。禁呪は彼の内側で燃え上がり、ついにその場で消え失せるように彼の姿が崩れ、灰のように風に散った。

静寂が戻り、夜の風だけが塔を撫でる。私の膝が震え、声が涙でつまりそうになる。セシルがそっと私を抱きしめた。

「終わったのね…」

私は涙を零しながら呟いた。

「私、やっと…自由になれたのね」

セシルは私の顎を優しく持ち上げ、深く穏やかに言った。

「自由とは、君と生きることだ」

その言葉を聞いたとたん、胸の中でこみ上げるものが止められなくなった。私は彼に飛びつくように抱きつき、静かに唇を重ねた。世界はその瞬間、ふっと光を返した。

朝日が塔の窓から差し込み、温かな光が部屋を満たす。私はセシルの胸に顔を埋め、目を閉じると心の底から安堵が広がった。

「あなたといると、安全だと感じる。ありがとう」

セシルは柔らかく笑い、私の手を握り返した。

「君がいるから僕はいる。君が笑うから僕も笑う。これからもそうだ」

日々は穏やかに戻っていった。だが私は知っている。力は守るだけでなく、責任を伴う。私は学んだことを形にしなければならないと感じていた。

数か月後、私は小さな学院を開いた。そこで私は、魔力の強さにかかわらず、誰もが学べる場を作った。弱いとされた者たちが安心して学べるように、基礎から丁寧に教えた。

「ここでは、誰も恥をかかない」

私は開校式でそう宣言した。子どもたちや親たちの目が輝き、温かな拍手が鳴った。

「リリアーナ先生、あなたのおかげで希望が持てます」

ある若い母が言ってくれたとき、私は胸が熱くなった。そんな言葉が私の力になる。

学院は小さな輪から少しずつ広がり、やがて遠くの村からも生徒が来るようになった。私たちは魔を扱う技術だけでなく、心の持ち方や優しさも教えた。人々は少しずつ変わっていった。

ある夕暮れ、セシルと私は学院の庭で歩いていた。遠くで子どもたちが笑い声をあげ、夕日の中で小さな影が踊っている。私は彼の手を握り、静かに言った。

「もう誰も、私のように涙を流さない世界を――あの人と、共に作っていくのだから」

セシルは私の言葉を優しく受け止め、そして深く頷いた。

「ああ、共に。君となら、どんな朝でも迎えられる」

私は微笑んで、彼に寄り添った。塔の屋根に星がひとつ、ふたつと瞬き、私たちの未来を見守っているようだった。
しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

異母姉の身代わりにされて大国の公妾へと堕とされた姫は王太子を愛してしまったので逃げます。えっ?番?番ってなんですか?執着番は逃さない

降魔 鬼灯
恋愛
やかな異母姉ジュリアンナが大国エスメラルダ留学から帰って来た。どうも留学中にやらかしたらしく、罪人として修道女になるか、隠居したエスメラルダの先代王の公妾として生きるかを迫られていた。 しかし、ジュリアンナに弱い父王と側妃は、亡くなった正妃の娘アリアを替え玉として差し出すことにした。 粗末な馬車に乗って罪人としてエスメラルダに向かうアリアは道中ジュリアンナに恨みを持つものに襲われそうになる。 危機一髪、助けに来た王太子に番として攫われ溺愛されるのだか、番の単語の意味をわからないアリアは公妾として抱かれていると誤解していて……。 すれ違う2人の想いは?

あなた以外の方に愛されていますので元婚約者はどうぞお幸せに

有賀冬馬
恋愛
伯爵令嬢として地味で目立たない私は、婚約者だった侯爵家嫡男に「家の格が落ちる」と蔑まれ、妹と婚約破棄されました。 絶望の中、追放された先で出会った青年は、私の心を救い、そして私を唯一無二の皇后として迎え入れてくれました。 かつて私を地味だと笑った人々が、今では私の前でひざまずきます。 そして、人生のどん底に落ちた元婚約者は、助けを求めて私の前にやってきました。

ご愁傷様です~「冴えない女」と捨てられた私が、王妃になりました~

有賀冬馬
恋愛
「地味な君とは釣り合わない」――私は、婚約者の騎士エルマーにそう告げられ、婚約破棄された。病弱で目立たない私は、美しい妹と比べられ、家族からも冷遇されてきた。 居場所を失い、ひっそり暮らしていたある日、市場で助けた老人が、なんとこの国の若き国王陛下で!? 彼と私は密かに逢瀬を重ねるように。 「愚かな男には一生かかっても分かるまい。私は、彼女のような女性を誇りに思う」妃選びの場で告げられた国王陛下の一言に、貴族社会は騒然。

「華がない」と婚約破棄されたけど、冷徹宰相の恋人として帰ってきたら……

有賀冬馬
恋愛
「貴族の妻にはもっと華やかさが必要なんだ」 そんな言葉で、あっさり私を捨てたラウル。 涙でくしゃくしゃの毎日……だけど、そんな私に声をかけてくれたのは、誰もが恐れる冷徹宰相ゼノ様だった。 気がつけば、彼の側近として活躍し、やがては恋人に――! 数年後、舞踏会で土下座してきたラウルに、私は静かに言う。 「あなたが捨てたのは、私じゃなくて未来だったのね」

崖からポイ捨てされた不運令嬢ですが、銀髪イケメン竜王に『最愛の伴侶』としてスカウトされました!

有賀冬馬
恋愛
不作も天災も、全部わたしのせい!? 「不運な女」と虐げられ、生贄として崖から捨てられたわたし、ミラ。 でも、落ちた先で待っていたのは、まぶしいほど綺麗な銀髪の竜王・アルベルト様でした! 「君がいたから、この国は守られていたんだよ」 えっ、わたしって実はすごい聖女だったの!? 竜宮城で贅沢三昧&溺愛生活スタート! そんな中、わたしを捨てて大ピンチになった元婚約者が「ミラ、戻ってきて!」と泣きついてきて……。

今さら遅いと言われる側になったのは、あなたです

有賀冬馬
恋愛
夜会で婚約破棄された私は、すべてを失った――はずだった。 けれど、人生は思いもよらない方向へ転がる。 助けた騎士は、王の右腕。 見下されてきた私の中にある価値を、彼だけが見抜いた。 王城で評価され、居場所を得ていく私。 その頃、私を捨てた元婚約者は、転落の一途をたどる。 「間違いだった」と言われても、もう心は揺れない。 選ばれるのを待つ時代は、終わった。

今さら泣きついても遅いので、どうかお静かに。

有賀冬馬
恋愛
「平民のくせに」「トロくて邪魔だ」──そう言われ続けてきた王宮の雑用係。地味で目立たない私のことなんて、誰も気にかけなかった。 特に伯爵令嬢のルナは、私の幸せを邪魔することばかり考えていた。 けれど、ある夜、怪我をした青年を助けたことで、私の運命は大きく動き出す。 彼の正体は、なんとこの国の若き国王陛下! 「君は私の光だ」と、陛下は私を誰よりも大切にしてくれる。 私を虐げ、利用した貴族たちは、今、悔し涙を流している。

辺境に追放されたガリガリ令嬢ですが、助けた男が第三王子だったので人生逆転しました。~実家は危機ですが、助ける義理もありません~

香木陽灯
恋愛
 「そんなに気に食わないなら、お前がこの家を出ていけ!」  実の父と義妹に虐げられ、着の身着のままで辺境のボロ家に追放された伯爵令嬢カタリーナ。食べるものもなく、泥水のようなスープですすり、ガリガリに痩せ細った彼女が庭で拾ったのは、金色の瞳を持つ美しい男・ギルだった。  「……見知らぬ人間を招き入れるなんて、馬鹿なのか?」  「一人で食べるのは味気ないわ。手当てのお礼に一緒に食べてくれると嬉しいんだけど」  二人の奇妙な共同生活が始まる。ギルが獲ってくる肉を食べ、共に笑い、カタリーナは本来の瑞々しい美しさを取り戻していく。しかしカタリーナは知らなかった。彼が王位継承争いから身を隠していた最強の第三王子であることを――。 ※ふんわり設定です。 ※他サイトにも掲載中です。

処理中です...