地味な私では退屈だったのでしょう? 最強聖騎士団長の溺愛妃になったので、元婚約者はどうぞお好きに

reva

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「レネ、君と一緒にいると本当に退屈だ」

カイル様の声は、いつだって私を切り裂くナイフみたいだった。今日もまた。私は思わず、手に持っていた刺繍糸をぎゅっと握りしめた。

侯爵家の三女、レネ・ベルモント。それが私の名前。でも、私を知る人はみんな、私のことを「あの地味で無口な子」って言う。社交界でも、姉様たちが華やかに舞踏会を楽しんでいる間、私はいつも部屋の隅で本を読んでいた。読書と刺繍が私の唯一の友達。それが悪いことだなんて、一度も思ったことはなかったのに。

カイル様は、伯爵家の三男。私とは婚約者だった。初めてお会いしたとき、そのあまりの美しさに、私は息をのんだことを覚えている。きらきらした金色の髪、吸い込まれるような青い瞳。まるで絵本から飛び出してきた王子様みたいって。でも、そんなカイル様が、私を見る目はいつも冷たかった。

「今日はまた、変な刺繍をしているね」

カイル様は私の刺繍を覗き込み、鼻で笑った。私が一生懸命縫い上げた、森の動物たちの刺繍。自分ではとてもかわいくできたと思っていたのに。

「あの、これは……」

言葉を探そうとしたけれど、カイル様は私の言葉なんて待ってくれない。

「僕の隣に立つにふさわしいのは、もっと華やかで、社交的な女性だ。君みたいに、いつも黙って、変な趣味ばかりしているような地味な女じゃない」

彼の言葉は、まるで鋭い氷の粒みたいに、私の心臓に突き刺さる。何度こうして傷つけられてきただろう。それでも、いつかカイル様が私を認めてくれる日が来るかもしれないって、馬鹿みたいに信じていた。私だって、本当はカイル様と楽しくおしゃべりしたり、舞踏会で一緒に踊ったりしてみたかった。でも、どうしたらいいのか、分からなかったの。

そんな日々が、どれくらい続いたんだろう。春が来て、夏になり、秋が深まって、そしてまた冬が訪れた。季節が巡るたびに、私の心は少しずつ、でも確実に冷え切っていった。

そして、ある日のこと。それは、あまりにも突然だった。

「レネ。君との婚約は、なかったことにしたい」

カイル様は、いつものように感情のこもらない声で、そう告げた。その横には、見慣れないけれど、とても華やかなドレスをまとった公爵令嬢が立っている。彼女は、私を見る目にほんの少しの憐れみを浮かべていた。

「どういう……ことです、か?」

私の声は震えていた。まさか、こんな日が来るなんて。心のどこかで、ずっと分かっていたはずなのに、認めたくなくて目を背けていた事実が、今、目の前に突きつけられる。

「言葉の通りだ。僕はこの公爵令嬢と婚約することになった。君のような地味な女とは、もう一緒にいられない」

カイル様は、私の目をまっすぐに見ようともしない。まるで、私という存在が、最初からそこにいなかったかのように。

「私、何か……何かしてしまいましたか?」

必死で、理由を尋ねた。何か、私が悪いことをしたのかもしれない。そうであれば、謝って、直すことができるかもしれないから。

「君は何も悪くないさ。ただ、僕にはふさわしくない。それだけのことだ」

「そんな……!」

ぐしゃりと、私の心は音を立てて崩れていく。ただ、ふさわしくない。それだけの理由で、今まで積み重ねてきたものが、簡単に壊されてしまうなんて。カイル様の言葉は、私の存在そのものを否定しているようだった。

公爵令嬢は、優雅に微笑んだ。その微笑みが、私にはどこか残酷に映った。

「レネ様、どうかお気になさらないで。カイル様は、もっとふさわしい方と巡り合うべきだったのですよ。そう、私のような」

その言葉が、私の耳には届かなかった。目の前が真っ暗になる。体が鉛のように重くて、立っているのがやっとだった。私はただ、カイル様と公爵令嬢が去っていくのを、呆然と見送ることしかできなかった。

婚約破棄。

その事実が、私の心を深く深く沈ませた。侯爵邸に戻っても、私は自分の部屋に閉じこもった。食事も喉を通らない。眠ることもできない。窓の外は、凍てつくような冬の空。私の心の中も、同じくらい冷たく、そして真っ暗だった。

「レネ、大丈夫かい?」

姉様たちが心配して声をかけてくれたり、お母様が温かいスープを運んできてくれたりしたけれど、私は誰とも話す気になれなかった。心が空っぽになって、感情がどこかへ消えてしまったみたいだった。

このまま、私はどうなってしまうんだろう。誰からも必要とされないまま、この侯爵邸で朽ちていくのだろうか。

そんな絶望の中で、ふと、あることを思い出した。遠い辺境の地で、おばあ様が一人で暮らしていること。おばあ様は、いつも私を優しく包んでくれる人だったこと。子供の頃、夏休みに遊びに行ったとき、おばあ様は私の話にじっと耳を傾けてくれた。私がどんなに地味で、お話が下手でも、決して笑ったりしなかった。

「……辺境へ、行こう」

ぼんやりと、そう呟いた。この侯爵邸にいても、私はただ傷つくだけだ。新しい場所で、新しい私になれるかもしれない。もう、誰にも傷つけられたくない。そう強く願った。

そして、私は祖母の住む辺境へ旅立つことを決意した。

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