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お昼寝姿はまるで……

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暖かな昼下がり。家庭科室。僕はいつもこの場所でお昼ご飯を食べていた。
今日の昼休みもまた、お弁当片手に家庭科室へ。開け放たれた窓から程よく入る風が気持ちいいなと感じながら、椅子に座ってお弁当を広げた。
「いただきます」
と、手を合わせた時に微かに聞こえてきたスヤスヤという吐息……ああ、これは寝息だ。お弁当は机の上に置いて、寝息のする方向へ目を向ける。座ったままでは確認出来ない場所、たぶん床でその人は眠りこけている。僕は音を立てないようにそっと立ち上がり、近づいていく。
寝息を立てていたのは見知った人物……気心の知れた先生だった。隣に座って、先生の寝顔を見つめる。金曜日のお昼だもの、疲れ切っていたのだと思う。
「お昼寝してると、先生も赤ちゃんみたいだ」
僕は少しだけ優しい気持ちになれた気がした。それにしてもこのままでは風邪を引いてしまうかも?いい感じのブランケット等はここには無くて。上着のブレザーをそっと脱いで先生の上半身にかけた。
「僕はね、全人類のママになりたい……当然、先生だって僕の可愛い子供たちの1人なんだ」
起こさないように小さく呟いて、先生の黒くてサラサラした短い髪を撫でた。撫でているうちに母性が漲ってきてしまう。
「よしよし、今はゆっくり、ゆーっくり休むんでちゅよ?いい子でちゅね、先生はとってもいい子でちゅよー」
赤ちゃん言葉になってしまった辺りで先生がガバっと飛び起きた。と、同時に僕は先生の頭を撫でていた手を引っ込める。
「はぁ……またお前か古谷トシヲ……」
「起きちゃいまちたか~、いい子でお昼寝してまちたよね?せーんせ?」
漲ってしまった母性は止まらない。目の前の愛しい子、現状では先生をよしよしして、甘やかしてしまいたくなる。抱きしめてしまいたくて手を伸ばす。が。
「やめないか古谷トシヲ。お前、撫でる力強すぎてハゲ散らかしそうなんだよ!」
そんな風に言われたら若干正気に戻ってしまう。次はどうすれば上手くママとして振る舞えるか考えてしまうよ、先生。
「……分かりました、先生。次はもっと優しくよしよししてあげますから、先生も僕の事をママって呼んで下さいね?」
暫くの沈黙。吹き込むそよ風。
「いやいやいや、生徒をママって呼ぶのおかしいでしょ?歳下をママと呼んで甘えるいい年こいた男が先生ってキモいでしょ?」
眉間に皺を寄せた嫌そうな顔で全否定の先生。顔は悪くないだけに残念極まりない崩れた表情になっている。けれどもそれすら時間の問題。先生は僕に甘えて、そのうち「ママ」って呼んでくれるって密かに思っている。
「いえ、いい年こいた大人だって、大人だからこそ甘えてみたくなる事もあると思います。少しずつでいい、たまに弱音を吐く程度で構いません。先生が僕に甘えてくれたら……嬉しいなって、いけない事でしょうか?」
喋る時は優しく、ゆっくりと。大事な時だけ視線を向ける。心なしか先生の頬は桜色に染まり、愛すべき子供たちの容貌に。
「古谷……やっぱお前変だわ。甘やかす側のメリットも見えてこねーし……」
頭をぼりぼり掻きむしり、先生はぼやく。僕はありったけの笑みを先生だけに向けた。
「僕は全人類のママになりたい。ママの可愛い子供達の中に先生ももちろん入ってるからだよ」
「そ、そうか……あっ、これはありがとうな」
ぽつりと呟いて先生は僕のブレザーを手渡してくれた。
「愛しい子供達の為ならこのぐらいは構わないよ。欲を言うならここに2人入れる大きめの寝袋、お昼寝用に欲しいかな?」
「検討しよう」
先生が僕に背を向けた理由が照れ隠しだったらいいなあ……なんて事を考えたけれど、1分後に昼休みの終わりのチャイムが鳴った。お弁当は……次の授業中にこっそり食べる事にしよう。
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