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21.能あるゴブリンは爪を隠せない
しおりを挟むえらいことになった! と、内心焦っている。
話の流れで? 何故か、宿の厨房で料理を作る羽目になった。
まぁ、こちらの世界の基準から考えれば、それなりのものを作る自信はある。あんなスープが基準なら、どうにかなるはず……
しかーし! それでは私の矜恃が許さない。
私は基本的に、お残しはしない主義だ。
でも、不味いものを仕方なく食べるのは、心底嫌いだ。給食時間内に食べ終わらすことが出来ずに、昼休みを潰すあの気持ちを思い出す。今に至っては、メンタル死の危険さえある。
出来れば少しでも美味しく頂きたい。美味しいご飯を愛している。
だからこそ、たとえ経験値を消費するとしても『銀の匙』に頼ってきたのだ。
正直、前世においての私の料理の腕は、並である。可もなく不可もない。不味くはないが、美味しいと感動するほどでもない。普通…… そう、普通! 10人中7人が「うん、普通に食べれるよ」と、無難な感想を述べる程度の腕前なのだ。
幸い、美食家――ただの食いしん坊――だったこともあり、知識だけはそれなりにある。だからこそこちらで材料さえ仕入れれば、『銀の匙』ありきでそこそこの料理を口にできると期待していたのにーー
「他人に出すとか想定してない……」
私は自室にて途方に暮れていた。
最初の話では、厨房を貸してもらうだけだったはずなのに……いつの間にかーー
「味見してやってもいいぜ? 不味かったら、慰謝料もらうけどな。ケラケラ」
――と不埒な奴らが名乗りを上げた。
どうやら市場にいた野次馬の中に、バカボンから金を巻き上げる絶好のチャンスだと勘違いしたチンピラ共が居たらしい。
金貨1枚は多かったのか……?
「なぁに、旨かったらオレ達が率先して宣伝してやるぜ? 悪い話じゃないだろ?」
そして今度は宣伝費の名目で巻き上げようという魂胆か……どっちに転んでもメリットしかないと、ない知恵を絞って考えたわけね。
もちろん私としては、そんな余計な争い事に首を突っ込無つもりはない。これ以上目立つのは危険だし、何より何故私がこんな輩に夕食をご馳走しなければならないのだ!
「……悪いがーー」
「その提案には乗れない。遠慮させてもらう」と、言い終わらぬうちにーー
「フフフフフ。いいでしょう。そこまで言うなら、今夜の夕食は私共でご用意させて頂きましょう。ですが! その後の宣伝係というのは、遠慮させて貰います。もし美味しかった場合は、2度と私達の前に現れないとお約束下さい」
「……は? タラ……エイビー?」
「なんだと! いいだろう。そこまで言うってこたぁ、大した自信があるんだな! その代わり、不味かったら慰謝料言い値で払ってもらうぜ?」
「了承致しました。そちら様こそ、約束をお忘れなきよう……」
いやいやいやいや、お忘れなきようじゃねーよ! 何勝手に、人のケンカ買ってんのさ!
「頑張りましょうね! ミケ様!」
いやいやいやいや、何キラッキラな笑顔でごまかそうとしてんのさ? 騙されないよ?
「よーし、じゃあ俺が責任を持って、見届け人になってやるよ」
は? いやいやいやいや、なんでアンタまで余計な首を突っ込んでくるのさ? 元はと言えば、アンタが厨房貸してやるとか言い出すから……とにかく私の意思はよ!
全員がミケならそう返すであろう答えを待って、こちらを一斉に見つめる。つまりは逃げ場はないわけでーー
「は? 美味いに決まってんだろ? バカか?」
買いたくもないケンカを、無理やり買わされてしまったのだ。
というわけでーー自室にて夕飯の準備をしてくるという言い訳の下、目下対策に頭を悩ませている最中。
当然私と同意見でタラバをシメてくれると思っていたミギエさんは、何故かタラバを「よく言った!」と褒め、愛刀の手入れを始めてしまった。
この人が好戦種族なのを忘れていたよ……
「何をそんなに悩んでいるんですか?」
タラバが羊皮紙にアレコレ計算をメモしている私を見て、不思議そうに覗き込んで来た。
「君が余計なケンカを買ってくれたおかげで、人前で調理なんぞをしなければならなくなったために、必要な道具と材料を加工するのにどのくらいの経験値が必要かを計算しているのです……よ!」
強めに言ってやった!
「え? そうなんですか?」
「は? そうなんですか? って何!」
「だって、普通に普通の料理を出せばいいと思うんですけど……」
「普通のって…… 君は、私がスキルを使って料理を変えたところ見てたよね?」
「え? あんなに美味しいものを、あんな奴らに出してやるつもりだったんですか?」
「はぁぁぁぁあ? え? どういうこと? 普通のってのは、あの……めちゃくちゃ不味い料理を出せって言うの?」
「ええ、まぁ。わざわざ不味く作る必要はないですけど……なんなら僕が作りましょうか?」
この子は一体何を言ってるんだろう?
「じゃあ、何のためにあんなケンカ買ったのよ? 美味しいものを出して、奴らの鼻をあかしてやる!ってことじゃないの?」
「いいえ、まさか。あそこであれだけのタンカ切ったのに、普通の料理が出てくれば十中八九彼らは不味い! 慰謝料よこせ! って言いますよね?」
「言うね……」
「そしたらまぁ、銀貨2枚くらい渡して、ミケ様にはやっぱりお店は無理ですね~って事にしようかなとーー」
「はぁ? それじゃあ私にはデメリットしか無いじゃない!」
「ミケ様的には、それで丁度いいんですよ。 明日また買い付けに行っても、こいつ意地になってるなと思ってもらえるし、他のモノを手当たり次第に買ってもやっぱりバカボンだわーーで終わるかと……」
な、なるほど…… と思ったけど、飲み込んだ。
負けるためにケンカを買うなんて、そんな発想はなかった。
言葉に詰まった私の肩を、ミギエさんが叩いた。
「あっ、あっ」
何と彼女らしい一言だろう…… その言葉で、モヤモヤした気持ちが一気に晴れた。
そうだよね。後のことは後で考えよう!
「了解! そうする!」
「え? 何ですか? ミギエ様は何と仰ったんですか?」
不穏な雰囲気を察し慌てるタラバにニッコリと微笑んで、井戸の水を汲んできて欲しいとお使いを言いつけた。
「ヤッチマイナー」
ミギエさんが、文字通り私の背中を押した。
閑話休題。
あれから結局、ミギエさんにも手伝ってもらって準備を終わらせた。
結果、経験値を167も消費した。悔しいけど仕方ない。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
名前: スコティッシュフォールド
種族: ゴブリンモドキ
レベル: 3(MAX)
HP: 15 MP: 0 経験値: 75,538
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
まぁ、経験値自体はまだまだ余裕があるんだけど、この先何があるか分からない。富江の欠片の処理分もストックしておかなきゃいけないし、無駄遣いはよろしくない。
とまぁ、それはそれとしてーー
こ、これが、かまどなの?
私は今、見たこともない形のかまどに困惑している。
一見すると大きめの鉄板が置かれた石造りのかまどなのだが、薪を入れる場所がなく、鉄板の下――かまどの上部に直径20センチ高さ5センチ程の丸い凹みがあり、その真ん中に赤く光る石のようなものがはめ込まれている。
そしてその手前側には、丸い取手のついた妙な棒が飛び出していてーー
「何だこれ……」
かまどを前に呆然とする私に、アルフの旦那が声をかけて来た。
「まさかお前さん、魔石コンロが使えないとか言わないよな?」
「魔石コンロ?」
「おいおい、冗談だろ? 大店のボンボンが魔石コンロも見たことないなんて、そりゃないだろ」
「それはその……」
「――あっ、こんな所に! もー、てっきり部屋だと思って重いのにお水運んだんですよー」
いつも空気を読まないフリをするタラバが、ナイスタイミングで現れた。
私の顔色とアルフの怪訝な顔、そして目の前の魔石コンロを見て大体のことを察してくれたようで、途端にわざとらしく口を尖らせる。
「あーもー、だから何度も言ったじゃないですかー! 今のミケ様には魔法は使えないんですよって」
「ん? そうなのか?」
「そうなんですよー。ゴブリン化の呪いをかけられてから、魔力そのものが制限されてるようで、もう『常闇の森』でもファイヤボールひとつ出せなくて、めちゃくちゃ苦労したんです……」
「そりゃあ、大変だったな」
話は見えないが、どうやらここは乗っとくべきなようなのでーー
「うるさい! 俺には例え魔法が使えなくても、剣があるから問題ないんだよ」
「少し振り回しただけで、重いって休んじゃうくせに……」
小声でボヤくタラバの肩を、アルフが慰めるように叩いた。
「コンロの方は僕がやりますから、ミケ様は他の調理をお願いします」
「ああ、分かってるよ…… ところでアルフの旦那、俺は料理なんてもんをやる所を人に見られるのは嫌いなんだ。悪いが、席を外してもらえるか?」
「ん? ああ、まぁ、俺はそのつもりだったんだがな…… アイツらが不正のないように見ててくれって言うもんでな。いや、邪魔はしねぇよ。隅で大人しくしてるから、納得してくれ」
「はぁ…… まぁ、仕方ねぇか」
ええええええ! 仕方なくなーい! 嫌だー!
大声で抗議したい気持ちを抑え、私は内心が表に出ないように深く深呼吸をして、調理へと取りかかった。
用意した材料は以下の通りーー
小麦粉、塩、重曹、牛っぽい味の獣の肉、にんにく、獣肉の脂身、鳥っぽい魔物の肉、タマネキ、ニンジー、キャベイチ、ジャンガ、謎の果物から作ったビネガーーー
アルフの息を飲む声が漏れ聞こえた。
気にせず、次にこの調理のためにミギエさんと制作した器具を並べる。
フライパン×2、中寸胴、フライ返し、おたま、そして包丁2本――衛生面を考慮して肉用と野菜用――
「おいおい、何だそりゃ?」
さすがに黙っていられなくなったのか、アルフが口を挟んだ。
涼しい顔をしているが、内心同じく驚いているに違いないタラバも似たような視線を向ける。
「最近王都で流行り出した調理器具だ。まぁ、まだまだ品薄で持ってるのは俺くらいだろうけどな」
うん、こんな時はすごく助かる。バカボンキャラ!
アルフも「そうか」と一言口にしただけで、すぐに引いてくれた。
さて……と、それじゃやっちまいますか!
というわけで、初めての異世界料理を開始する。
まず取りかかったのはパン。ナンもどきを作る。適当な量の小麦粉と塩、重曹を混ぜ合わせ、少しこねたら濡れ布をかけて放置。
ここまでは特に驚くような反応はない。
次に野菜の下ごしらえ、包丁を使い皮を剥いていく。途中「なぜ皮をむくんだ?」と横槍が入ったが、「剥きたいから」と答えておいた。
それぞれ適当な大きさに切り分けておく。ついでににんにくもスライスしたのだが、それを見た2人が揃ってギョッとした顔をして鼻をつまんだ。
いや、そこまで匂わないでしょ?
「ほんとに使うんだ……」
タラバに至っては、絶望的な顔をしているし、アルフの旦那も嫌そうに顔を顰めている。
にんにく、かわいそうな子……
次に、肉を切り分けた。鳥っぽいのは小さめに、牛っぽいのはステーキ用に。
そうこうしているうちに、日がずいぶん暮れ始めている。
あまり時間もないし、テンポよくいこう!
――というわけで、タラバに火加減の調整を頼む。タラバが魔石コンロの棒の先の丸い部分へと魔力を通すと、火がついた。結構な強火。
少し弱めてもらい、寸胴に獣の油と鶏肉を入れ炒めていく。肉の焼けるいい匂いーータラバが思わず唾を飲み込む音が聞こえる。
その反応、早くない?
そして次に切った野菜を入れ、ひと炒めしたら水を足して煮込み始めた。
「え? 一緒に?」
タラバが驚きの声をあげる。
え、何で? 肉は肉、野菜は野菜で別々に食べなきゃいけない決まりでもあるの?
面倒なので、無視して先へと進める。
煮込んでいる間に、隣のコンロでなんちゃってナンを焼いていく。
初めてにしては上出来! かなり美味しく焼けたと思う。出来れば焼き立てで食べたかったけど、2つしかコンロがないから仕方ない。
全てのナンを焼き終わり、いよいよステーキへと取り掛かる。
――と、その前に野菜スープの方は? うん、小さめに切った分短時間でも柔らかく煮えてくれている。塩と隠し味に少しのビネガーを加え、味を整える。よし、普通に美味しい。そう普通に……
そして、やっとメインのステーキへと取りかかった。
寸胴を火から下ろし、フライパンを2つ並べる。
今回作るのは2人前食べるミギエさんの分も含めて、7人分。ナンと同じく7枚焼いていく。
2つのフライパンに獣の脂を引き、あらかじめしっかりめに塩を振っておいたステーキ肉を豪快に焼いていく。
本当ならここで料理酒かワインでフランベしたいとこだけど、今はどちらも手に入れていない。
あー、コショウも欲しいんだよなぁ……
中火で両面を焼き上げた後、皿に乗せ上から別の皿を被せて少し休ませる。
あー、アルミホイルも欲しい……
そして片方に7枚目の肉、片方にこれまで焼いた分の肉汁とスライスしたにんにくを入れ、にんにくチップのソースを作った。
最後にそれを肉の上へと乗せて、本日のディナーの完成!
「あー、疲れた。2度とやりたくない……」
そう感想を漏らした私の後ろで、タラバとアルフが目を丸くして絶句していた。
そういえば途中から、ごちゃごちゃ言わなくなったなぁ……
――実食――
……は、阿鼻叫喚だった。
まず初めに、なんちゃってナンを食べてその柔らかさとモチモチ具合に驚愕し、次にスープを飲んでシクシクと泣き出した。
その後、ステーキの上のにんにくチップを見て、首を傾げた後、ステーキを一口食べて五体投地――
「こんなに旨いもん……オレ、初めて食った……」
チンピラ2人がそんな事を言ったもんだから、周りで野次馬していた連中が、我も我もと手を出し始め、阿鼻叫喚の地獄絵図。
自分にも作ってくれと言う人々を前にーー
「ヤダよ。俺、疲れたから寝るわ」
――と、捨て台詞を吐いて部屋に戻った。
タラバを始めチンピラもアルフの旦那も、全ての人間をギャフンと言わせることには成功したが……
「こ、怖かったぁぁぁぁぁあ……」
恐怖のあまり、私のHPは残り5にまで減っていた。
2度とここで料理は作らない!
そう堅く誓った夜だった。
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