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第四幕
⑥
しおりを挟む「まだ動いてる!」
九十九は叫んだ。すでに装天してクリスタリスの下部を赤鉄鉱で固めたが動きは収まらない。
「ロサに向かってるのか? 俺たちじゃなく? 足はないのに……!」
「ただ殺すだけが目的だ。何の区別もついていないんだろう。それにしてもこの熱風……」
近づけない。それどころかクリスタリスはその表面から火を噴いてくるのだ。慌てて九十九は後ろに飛びのく。
六十八は睨みつけるようにその姿を見上げた。巨大な木の幹を捻じ切ったような塊のクリスタリス、正体は柘榴石。そしてその周囲に半球状の鶏冠石がまとわりつくように形成されている。
どちらも火炎系の宝石群だ。
「藍玉!」
七十七が装天し、生成された水がクリスタリスに降り注ぐ。――しかしジュワ、と音をたててあっという間に蒸発してしまった。白い水蒸気がクリスタリスを不気味に包みこむ。
(く……藍玉ではだめか。柘榴石と鶏冠石は火炎系上位の鉱石……せめて紅玉だったなら)
紅玉だったら同じ種の鋼玉である青玉が効いただろうけども……。七十七は悔し気に装天しなおす。
「文句も言ってられないわね」
「援護します!」
九十五が七十七の近くに走り寄り装天、貝殻と真珠をはめ込む。完全防御の体制。
それにしても、とレッセイたちはせき込む。
焦げ臭い。超高温のクリスタリスは地面を焼いているのだ。
「くそ、緑玉髄!」
九十九は扇付星形樹枝結晶を装天し、周囲に珪孔雀石、孔雀石、底面に緑玉髄をセットする。いずれも緑色の、植物に作用する鉱石である。
回路が光りを放つとたちまち地面のあちこちから蔓がのび、クリスタリスを引き留めるように巻き付いた。動きが止まる。
クリスタリスはその身を瞬かせ、さらに温度を上げた。
(焼き切るつもりか……!)
「煙を消して! 健やかな風を、我々は匂いたつ早春の風を求める! 紅緑柱石!」
七十七の高らかな声が響く。ふぁさっ、と一陣の風が吹いた。黒い煙が薄紅色の花の匂いにおされる。七十七は間髪入れず再装天し翠玉を使った。辺りが光に包まれ、火と熱で消耗したレッセイたちの体力を回復させる。藍玉、紅緑柱石、翠玉、すべて緑柱石属の鉱石だ。緑柱石の使い手で、七十七の右に出る者はいない。
「防御展開!」
九十五の回路がうなる。七十七だけを守る、虹色の透明な壁が生成された。青海の素材をあわせた防御壁は固い。
が、長くはもたない。
(水……水では足りない。ならば)
装天。血だらけの手のひらを切って回路を開くとダララと鉱石をはめ込藍玉に岩塩。
「さらに装天!」
七十七はもう片方の左手で装天し、右手の回路に「連結」させると素早く鉱石をセットする。珊瑚、海泡石、海王石。
「海よ! 大海原の海水を! 蒸発しても残りの塩がお前を蝕む! その身を炙れ!」
連結により増幅した回路の力が大量の海水となってクリスタリスに降り注ぐ。
海水は蒸発しながらもクリスタリス全体を水浸しにした。含まれた塩がクリスタリスに焼き付き、赤黒い体を覆っていく。塩のせいでうまく火を出せないのか、クリスタリスは自らを焼く形になり、緑玉髄の効果もあってその場にとどまる。その時、ピシリと柘榴石の身に亀裂が走った。
高温の身体を突然冷却されて熱割れを起こしたのだ。
「やった! あと一押し――」
――それは突如亀裂の穴から飛んできて――九十五をあっという間に包み込んだ。
銀色の熱体に覆われて、地面に転がる。
七十七が青い顔で攻撃を中止し、
「九十五!」
走り寄ろうとしたが、熱割れでひび割れた穴から柘榴石はいくつも液体を飛ばしてくる。
「……! 水銀!」
「師兄上!」
九十九は九十五を助けようと装天する。解毒に聞く胆礬。
しかし――六十八に止められた。
水銀の雨は猛毒だ。形ある姿ならまだしも、液体は――どうにもならない。
九十五は水銀につつまれて繭のようになっていた。
雨で近づけない。繭が、暴れている。
その上にまた、水銀がべちゃり、べちゃりと降り注いだ。
「早く助けないと師兄上が死んじまう!」
九十九の悲鳴に六十八は目をつぶって首を振った。水銀は猛毒の上、液体なら超高熱だ。
あがく九十九を無理やり後ろに押すと、六十八は装天し、
「苦しいだろう九十五。――許せよ」
そういって回路の穴すべてに雷水晶を嵌め――解き放った。
六十八の強力な落雷は水銀の繭を跡かたもなく消すには十分だった――九十五を毒と熱の苦しみから救うにも。
九十九は呻いた。もう、澄ました兄弟子の笑顔を見ることは二度とない。
「くそおおおおおおッ!」
兄弟子の死に、九十九は怒りを燃やし涙を振り切って構えた。
「ぶっ壊してやる!」
「落ち着け九十九! 水銀はおそらく核の攻撃だ。本体は半壊している。核に気をつけろ!」
「わかってる!」
怒鳴ると九十九は塩につつまれ灰色になった柘榴石に向かっていく。その時、横から炎の風が巻き起こった。
「うおっ!」
鶏冠石が生きている。こっちの相手が先か、と向き直ったところでとつぜん鶏冠石に光が走った。ぼろりと、一部が崩れ始める。
これは……燐灰石の光だ。同じく火炎系の石だが破壊力は鶏冠石にわずかに勝る。
「九十九、こちらは任せろ」
六十九が装天する。
「七十七が元凶を崩してくれたからな。そっちもぬかるなよ……真核を見つけろ!」
うなずくと九十九は飛んでくる水銀を避けながら柘榴石の深い亀裂へ登り、中を覗いた。熱い。ヒュッと水銀が飛んでくる。奥に核が隠れているのだ。
(っ! あれか。毒を撃ってるのは)
腰に下げた双頭のハンマーで光が中に届くように亀裂をガンガンと割った。
(――見えた!)
丸い核の姿。それは美しく、本来なら高貴を司る――紫水晶だった。
(いや、黄が混じっている、これは)
紫と黄の交わった姿、紫黄水晶。毒・変化系の上位鉱石だ。九十九はそのまま力任せに――怒りを込めてハンマーを振り下ろし、紫黄水晶を割った。
(真核は!?)
はやく真核も破壊しないと核が逆昇華して再生してしまう。亀裂の奥に這ってせまると――そこには黒い鉱石の形成があった。緑簾石、車骨鉱、黒鉛……。
(ダミーの鉱床……真核を隠すためか)
だが九十九はレッセイ・ギルドだ。黒水晶は煙水晶など他の黒い鉱石と間違われやすい。ただの人なら区別はつくまいが――クリスタリスには不運にも九十九は一二三の弟子である。
(これだ!)
九十九はすぐに鏨とハンマーで黒水晶を鉱床から切り離した。
持って亀裂から出ると、
「七十七姉!」
そういって黒水晶を放り投げた。七十七が頷き装天する。
「黄緑柱石!」
そう叫ぶと、限りなく太陽の日に近い光がカッと輝き――黒水晶は四散した。
クリスタリスはザッと瞬く間に砂と化す。
「凄い量だ」
巨大な宝石群の骸は砂嵐となって辺りを包む。おもわず六十九は手で口を押えた。
ザザ……と風にあおられ砂煙がゆらゆらと移動していく。
「……?」
おかしい。砂が消えない。クリスタリスは核をやられればすぐ消滅するはずだ。
「これは……」
砂特有のざらめきが感じられない。しかし砂煙は辺りを支配している。
在って無きもの。
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