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蠍の火

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 「おはよう五島君」
 「……おはよう、霜月」
 きりーつ、礼、着席―と日直が声をかけて朝礼が始まる。渚に変わったところはない。
 いつも通りだ。でも、
 (あの魔女は……やっぱり霜月だとしか思えない……)
 戸惑う凛をよそに、渚はくばられたプリントに目を通している。このときほど自分の力の無さを感じた事はない。リトル・ウィッチ達の言う通り、「星宿り」の身体とやらを見ることができれば、一発でわかることだ。
 (でも変身してないとわからないかもしれないし……)
 悶々とした気分で毎日を過ごした。夜、空へ出てみたがリトル・ウィッチ自体にあう事がめっきり少なくなっている。それらしい影を見かける事はあったが、みな凛に近づいてくることはない。「挑戦」するつもりがないのだろう。
 (それにしてもあわない。僕に挑戦するリトル・ウィッチはいないのか?)
 結局変身するのもやめて、ベランダの手すりによりかかりため息をついていると、ありがたい人物の来訪があった。
 「ハァイ。おひさ。元気してた?」
 「アンジェ! よかった! いいところにきて! 困ってたんだ……その、珍しいリトル・ウィッチに会ってさ、それと最近リトル・ウィッチにあうことがなくって」
 「そうでしょうね。ここら辺一帯によくない気が漂っているわ。みなこの気に触れないように姿を隠してるんでしょう。なにか変わった事は? 珍しいリトル・ウィッチと言ったわね」
 「それが……」
 凛は手短に例の赤く光る目をした魔女の事を話した。ふんふん、と手すりに腰掛けて座ったままアンジェは何やら考えている。
 「何者かわかる? その……ちょっと知ってる人に似てるんだ」
 「君の知り合いかどうか私はわからないけど、――その子は「悪しき魔女」、ね」
 「えっ……」
 「どうりでよくない気が集まっているわけだわ。リトル・ウィッチであることは間違いないでしょう。でも私達とは違う、悪しき魔女なのよ」
 「悪い奴……なの?」
 「まあそういうことになるかしら。良き魔女の対になる存在が悪しき魔女なのよ。彼女たちは星の力で過熱した身体を持ち、皆どす黒い心の深淵を抱えている」
 「え、でも心の深淵はなんか、煙ってる水晶みたいだった」
 「あらそうなの? 悪しき魔女の心の深淵はすべて黒水晶なのよ。だとしたらその子は悪しき魔女になりきっていないのね」
 「なりきっていないって……悪しき魔女って、最初からそういうもんじゃないのか?」
 「悪しき魔女になるには二通り。最初から悪しき魔女の勧誘を受ける場合。もう一つは、良き魔女が禁忌を犯して悪しき魔女へと堕ちる場合。その子はおそらく後者なんでしょうね」
 「禁忌って?」
 「いろいろあるけど、コブンで決められたこととか……コブンてのは魔女の集まりよ。身近なものなら「人間に魔法を使うこと」かしら。人間と魔女はイーブンの関係ではないから、規律違反なのよ。これを繰り返しているとだめね。――でもそれだけじゃ悪しき魔女にはならないわ。心がとらわれてるんでしょう、闇の中に」
 「……」
 「まあ、ちゃんとした悪しき魔女で無いなら放っておけばいずれ自滅するわよ。星の力を過剰に受けているのに、心が受け止めきれていないわけだから。そのうち星に飲まれて燃え尽きるわ。これは私達良き魔女にも言えることなの。とくに君は気をつけること。シリウスの名の由来、わかっているんでしょう。強い力は慎重に扱わないとね。自滅してくれるならそれでいいわ。悪しき魔女なら退治しなくてはいけないもの」
 「退治……アンジェ、良き魔女とか、悪しき魔女とか……戦いあっているのか? 対になる存在ってなんだよ」
 凛は頭がこんがらがってきた。アンジェはどこからかティーカップを取り出し、熱いお茶を飲み始める。やっぱエルダーフラワーは飲みやすいわと言いながら、
 「いいわ。せっかくだから私達リトル・ウィッチがどうやって生まれたか教えてあげる。いいこと? 昔々の話よ」
 そういってアンジェは語りだした。



 むかしむかしあるところに、

 白薔薇姫
 黒百合姫

 という二人の少女がいました。彼女たちは魔女として薬を作ったり、人々に助言を与えて導いたりする賢者でした。しかし時は流れ、世にも恐ろしい魔女狩りが始まりました。二人も例にもれず、人間の手を逃れ深い森へと追われました。白薔薇姫はしくしくと泣き、
 「なぜ人間はこんなことをするの。私達を誤解しているわ」
 「人間達は道を忘れた。おのれ、許さない……!」
 長い黒髪にさした黒百合の花が怒りで揺れる。
 「私は人間どもを魔道に落とす。その姿こそ人間にふさわしいもの」
 「だめよ黒百合。そんな事をしてはあなたも悪へと堕ちるわ」
 「構わない。仲間の仇をとるためならば。新しい、たくさんの同胞を生んでみせる」
 「……では、では、私は人を良き方向へ導く仲間を生みましょう。世に平和が訪れる限り永遠に――」
 「では……お別れね、白薔薇」
 黒百合姫が名残惜しそうに白薔薇姫の白い髪に飾られた真白の薔薇をなでる。
 「ええ――黒百合」

 白薔薇の頬にツウ、と一筋の涙が流れ――そうしてずっと共に生きてきた二人は別れた。
二人は新たな魔女を生み、それは良き魔女と悪しき魔女に分かれ長い戦いが始まったのだった。




 「私達良き魔女は白薔薇姫の血統。悪しき魔女は黒百合姫の血統なの。二人の居場所はわからない。どこかでずっと深い眠りについているとされるわ。私達の最終目標は白薔薇姫を見つけだすことなのよ。」
 「えーと、つまりその二人が生みだした新しい魔女がリトル・ウィッチで、リトル・ウィッチは白薔薇姫の良き魔女と黒百合姫の悪しき魔女の二種類、いずれ白薔薇姫を見つけることが目標で悪しき魔女とは対立――してる?」
 「そういうことね」
 「白薔薇姫を見つけることが目標――ってことは、あっちも黒百合姫を探してるって事?」
 「たぶんね。私は悪しき魔女じゃないからわかんないけど。でも確かなのは悪しき魔女は敵だってこと。向こうにとってもね。悪しき魔女は良き魔女をすべて排除しにかかるの。もしくはあっち側にひきよせる。……多分、君が見た子はいずれ君の前に現れるよ。相手をしたくないなら、誰かに倒されるか自滅するかまで空には出ないことね」
 「自滅だなんて、そんな……自滅って、どうなるんだ」
 「心の深淵が砕けるのはもちろんのこと、心が再起不能になるの。意識が持っていかれてしまうのよ。話しにしか聞いたことはないから曖昧だけど、北の良き魔女から聞いた事があるわ」
 「……」
 「深入りはしない方がいいんじゃない? ――さてと、うちクリスマスの準備が忙しいのよ。友人にたくさんクリスマス・カードを書かなくちゃ……骨が折れるわ。カードを選ぶのは好きなんだけど、私字が下手なのよね。日本もクリスマスを楽しむようだけどうちもすごいわよ」
 ティーカップをぽん、と消すとアンジェはヘルツにまたがってふわりと浮いた。うつむいている凛に向かって、
 「じゃあね、シグナスにもよろしく」
 と元気よく声をかけると飛んでいってしまった。残された凛はアンジェが去った空を見上げながら、ぐっと両手を握った。

 (霜月が……自滅するかもしれないなんて……そんなの……見捨てられるもんか……!)
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