ひみつのともだち

茶野森かのこ

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「よし」と気合いを入れ、ルイは荷物を背負い直す。荷物が増えた分、帰り道は油断しがちだ、だから、より警戒を強めて歩かなくては。

人間の子供達の笑い声が側を駆け抜け、ルイはびくりと肩を揺らし、雑草の茂みの中で小さく身を屈めた。人間の子供は、何よりも注意が必要だ。目線の低さもあるが、子供の好奇心は、探求心が深いように思う。いつでも不思議を追い求め、どんな疑問も見逃さない。「とにかく人間の子供には気をつけなさい」と、大人達に何度言い聞かされた事か。

はしゃぐ人間の子供の声が遠ざかり、ルイは恐る恐る顔を上げる。それから、慎重に辺りを見回した。辺りに子供の姿はなく、側を歩く人間の気配もない。それを確かめると、ルイはほっとして、再び歩みを進めた。


こんな風に、妖精が人間を恐れて警戒するのも、遠い昔、人間に酷い扱いを受けた妖精が、実際にいたからだ。想像するのも耐え難い苦しみを負わされたのだと、長老達が涙ながらに話していた姿を覚えている。
ルイが大人になって、改めてその話を聞けば、人間達は妖精の生態を暴こうとしてか、羽をむしり、その体を薬液に浸け、様々な実験を行ったという。まるで命のないもののように扱われ、それはそれは酷いものだった。

そんな話を聞いて育てば、和真かずまを受け入れられない仲間達の気持ちは良く分かる。余程の信用がなければ、人間を信じる事が出来ないのは当然の事だ。妖精と人間は体の大きさが違いすぎるし、妖精が人間に力で敵う筈もない、それに加えて人間は頭が良い。高い知性は、悪にもなる。
それでも、ルイは和真の優しさを知っている。人間の全てが恐ろしい者ばかりじゃないと知ってしまったから、人間と妖精の間に出来てしまった隔たりが、どうしてももどかしく、残念に思ってしまう。

過去の人間が、妖精に対して酷い仕打ちをしなければ、妖精の存在をただ受け入れてくれたら、もしかしたら、こんな風に妖精が怯えて暮らす事もなかったのかもしれない。

「…もう今更、歩み寄る事は出来ないのかな…」

妖精と人間の歴史を思えば、全てを許す事は出来ないかもしれない。それでも、今生きている人間が、皆、非道だとは思えない。だからルイは、和真を悪く言う仲間達を思うと、余計に寂しく思えてならなかった。




人間に見つからないよう、なるべく羽は使わずに、ルイは雑草の茂みを選び、駆け足で進む。そうして辿り着いたのは、人間が滅多に来ないような空地の茂み奥深く。ここに、妖精達が暮らす集落がある。

何かあってもいつでも逃げられるよう、荷物は極力少なめに。家には、小枝や木葉、人間が落としたハンカチ等を使い、簡単なテントを作って暮らしている。その集落の上には、背の高い雑草の葉を糸で引いてしならせ、集落を見えないように隠している。葉をしならせているので、上から見ればその違和感に気づかれそうな気もするが、これが、どこから見ても自然な雑草の群れにしか見えないから驚きだった。


ルイが集落に帰って真っ先に向かったのは、共同の保管庫だ。木枝を組み合わせて建てた建物で、ここに、皆で集めた感情の欠片を保管している。保管するのは感情の欠片のみで、その他、それぞれに得た物は、個人で管理している。今日のルイで言えば、和真から貰った牛乳などだ。

今日の収穫を納めて外に出ると、二人の妖精が待ち構えていた。一人はルイの妹のエラだ。腰に手を当てぷっくりと頬を膨らませ、怒っているのがよく分かる。長い金色の髪を高い位置に二つに結い、ルイとお揃いだが丈の短いケープを着て、ミニスカートを履いている。スズメのメイの背中に乗って遊んだのは、彼女だ。もうすぐ十七になろうとしているが、ルイにとってはまだまだ子供のように見えてしまう、可愛い妹だ。

彼女の傍らには、困り顔の妖精が一人。ルイよりも背が高い彼は、トア。エラと同い年の恋人だ。短い黒髪に、黒く大きな布地を左肩で結んで右肩を隠すように纏っているので、太い左腕が良く見える。下にはタンクトップと長いズボンを履いている。
トアは、ルイの友達でもあるので、兄妹喧嘩が始まると、よく板挟みに合っていた。とはいえ、この兄妹が喧嘩するのは稀な事で、基本的に、エラがルイに対して一方的に腹を立てている事が多い。今日もそんな日のようで、トアは兄妹喧嘩が起きてしまうんじゃないかと、一人はらはらして、落ち着かない様子だった。

「ただいま、エラ、トア」
「お、お帰り!ルイさん今日は、」
「お兄ちゃん!またあの人間の所に行ってたんでしょ!」

またエラの雷が落ちる前にと、トアが真っ先に声を掛けて場の空気を和まそうとしたのだが、そんなトアの気遣いも虚しく、エラはトアを押し退け、開口一番に噛みついた。

「ま、まぁまぁ、先ずは家に帰ろう?ルイさん、荷物持つよ!わ、牛乳だ!あれ、チョコレートもある…!エラ、チョコレートだよ!嬉しいね!」

勢いのまま、エラがルイに掴みかろうとしたので、トアは慌てて間に入り、ルイの荷物を受け取った。ルイは「悪いなトア」と、苦笑った。

「悪いと思うなら、もう人間と関わらないでよ!」
「もうエラ、ルイさんのお陰で、僕達は危ない目に遭わずに欠片や食べ物を頂けてるんだよ?」
「じゃあ、その人間の気が変わったらどうするの!?人間なんて、いつ心変わりするか分かんないじゃない!」

その言葉に、トアは咄嗟に言葉を返す事が出来ず、視線を彷徨わせた。
ルイだって、エラが怒る理由は分かる。エラはただ心配なのだ、いつか人間の手によって、兄が危険な目に遭ったらどうしようと、恐れているのだ。もし、ルイがエラの立場だったら、ルイだって心配で気が気では無かったかもしれない。だけど、それでもルイには、和真が急に心変わりをして、自分を危険に晒そうとするなんて思えなかった。もしそんな気があるなら、既にこの身は捕らえられている筈で、心配そうに見送りなんてしないだろうし、あんなデレデレ顔を向けて、のんびりお喋りなんてしないだろう。




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