瀬々市、宵ノ三番地

茶野森かのこ

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2. 星のペンダント4

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そうして彩を見送り、愛は店のドアを閉めると、ちらと、ショーウインドウに並んだオルゴール達に目をやった。その後ろでは、多々羅たたらが不満たらたらに溜め息を吐いていた。

「もう、冷や冷やしましたよ!あんな調子で、今までよく変な目で見られませんでしたね」
「変な目で見られるのは、慣れてる」
「いや、そういう事を言いたい訳ではなくて、」
「そもそも、見えない人間に何を言ったって誰も信じないだろ。だから、何かおかしいなって思われても、笑っていれば大抵話が進んでいくしな」

依頼者にとって不可解な話も、愛が笑顔を見せれば、相手は不思議に思いながらも、笑って話を流してくれていたという。
依頼者も探し物をして欲しくて来ている訳だし、愛は見た目はとてもまともだ、その見た目に流されてくれていたのかもしれない。

「…そんなんでよくやって来れましたね」
正一しょういちさんが、いつも依頼者とやり取りしてたからな。俺は慣れてないだけだ」

慣れないだけの問題だろうか。多々羅は疑問に思ったが、それよりも、今は何より、多々羅にとって探し物屋としての初仕事だ。多々羅が店に来て一週間、ようやく依頼者に会えたのだから。
多々羅は気合いを入れ、気持ちを切り替えた。

「まぁ、彼女も納得して依頼してくれましたしね!じゃあ、早速探しに行きますか?」

やる気満々の多々羅だが、そんな彼を見つめ、愛は少し考え込む素振りを見せた。襟足に手をやりながら、彩から預かった手袋に目を留める。

「…まぁ、いいか」
「何がです?あ、俺も勿論手伝いますよ!嫌だと言うならこれ、」
「分かった分かった!俺を脅すな!」

すかさずエプロンのポケットに手を忍ばせた多々羅を見て、愛は大きく溜め息を吐いた。心の内では、絶対にあの写真を取り返してやると思っている事だろう、不機嫌を背中に背負った愛は、再び応接室へと向かうので、多々羅はきょとんとした。

「あれ?行かないんですか?」
「スケートリンクか?」
「はい。最後にペンダントを外したのは、ロッカールームだって言ってたじゃないですか」
「ロッカールームを探しても無いから依頼しに来たんだろ?清掃だって入るだろうし、リンク側も無かったって言ってるみたいだしな」
「見落としてる場合は?」
「あるかもな、でも、先ずはこっちからだ」

二人は応接室に戻り、愛はキャビネットの下部の開きを開けた。先程、多々羅が開けたのとは別の物で、そちらの開きの中にも、抽斗と空きスペースがあった。その抽斗から用紙を一枚取り出すと、それを多々羅に渡した。

「ここに、さっき野島さんに書いて貰った名前と連絡先を書き写してくれ」
「え、さっき書いて貰った紙はどうするんです?」
「あれは後で使うんだ」

多々羅は首を傾げながらも、言われた通りに書き写す。字は幼い頃に習字を習っていたので、綺麗な方だ。用紙には項目が分けられており、名前や連絡先の他、探し物の名前や特徴、探した場所やその経緯等を書く欄があった。
愛は眼鏡を外して胸ポケットにしまうと、彩の手袋を見つめた。

「教えてくれる?」
「え?」

多々羅が顔を上げると、愛は両手の平に大事そうに手袋を乗せて、手袋に問いかけていた。

「ありがとう、それで、あなたは何か聞いてる?」

優しく問いかけるその姿に、多々羅はぽかんと口を開けた。
愛は、不思議な瞳を持っている。多々羅には何も見えないが、物に宿る思いを見る事が出来るという。それは物の化身と呼ばれ、物によって姿形も変わるらしい。きっと手袋の上には、その手袋の思いが化身となって現れ、愛はそれと会話をしているのだろう。

愛と出会って一年が過ぎた頃、多々羅は愛の秘密を正一から聞いていた。正一も同じように化身が見える事も。その話を聞き、子供ながらに府に落ちた事が幾つもあった。
愛の視線は、時々、止まる。じっと何かを見つめ、時に嬉しそうに、時に悲しそうにその表情を歪めるので、多々羅はそれが不思議で仕方なかった。理由を聞いても、愛はなんでもないと答えるばかりだったので、正一から物の化身の話を聞いた時、愛と秘密の共有が出来たみたいでドキドキしたのを覚えている。この時は、愛が女の子だと思っていたので尚更だ。

愛の秘密を知っていても、多々羅は物の化身を見る事が出来ないので、なかなか理解する事は難しかったが、愛が物に語りかける穏やかな横顔を見ていたら、見えない筈の物が自分にも見えてくるようで、子供の時はいつもドキドキしていたし、特別な事に関われているみたいでワクワクした。


「書けたか?」

声を掛けられ、はっとする。幼い頃の思いと共に、再び特別な瞬間に関われていると思えば、期待に胸が膨らんだが、これは仕事だと思い直し、多々羅は、はしゃぐ気持ちを愛に悟られまいと、事務的に頷いて愛に用紙を手渡した。愛は特に気にする様子もなくそれを受け取ると、キャビネットの上部、ガラス戸の開きの中に並べられたファイルを一つ取り、その中に用紙を挟んだ。

「あの…何か分かったんですか?」
「あぁ、やっぱり、リンクのロッカールームでペンダントとは別れたらしい」
「…手袋がそう喋ってるんですか?」

思わずそう尋ねれば、愛は多々羅を一瞥した。ほんの一瞬、でもそれが寂しげで、多々羅は逸らされた視線に、やってしまったと思った。
好奇心を必死に隠そうとしたら、正反対に疑うような言い方になってしまった。こういうところは、多々羅は少々不器用だ。

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