瀬々市、宵ノ三番地

茶野森かのこ

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そして、それから一週間後の現在。多々羅の取り戻せた自信は、早くも下降傾向である。

愛についても、考えてみれば多々羅は表面上の事しか知らない。
家事が出来ない事、方向音痴な事、不思議な瞳を持っている事、そのせいで体に影響を及ぼす事。その綺麗な瞳を、自分では悪いものと思っている事。
多々羅がいくらその瞳が綺麗だと言っても、愛の心には届かない。愛は、愛自身に対してどこか投げやりに見える。それが多々羅にはもどかしかった。どんな理由があろうと、物の化身が見えるその瞳は、誰かの力になれる誇れる物のように多々羅は思うからだ。
でもきっと、それだって愛には伝わらない。二人の間には、愛が作った壁がある。

その証拠に、探し物の仕事について、多々羅は詳しい事は知らない。パイプの事だって、今日、初めて知った。
そして、愛はよく、嫌ならいつ仕事を辞めても良いという。

「……」

落ち込みそうになり、いや、まだまだこれからだと、内心首を振る。だってまだ、再会して一週間しか経っていない。分からない事があるのも当然だと、多々羅は自分を勇気付けた。




スーパーで買い物を済ませ、二人は夜道を歩いていく。不足した食材等を買い、今日は遅くなったので、お弁当を買って済ませることにした。

「気になってたんですけど、物って勝手に移動出来るんですか?」

彩のネックレスの事だ。鞄から抜け出し、建物の裏側まで、どうやって移動したのだろう。

「まぁ、化身になれたら、ある程度はな。だけど自分の力だけじゃ、そんなに遠くへは移動出来ない。今回の場合は、鞄から出る位が精一杯だったと思う。鞄から出た後は化身の姿となって、猫や鳥を呼んで運ばせたんだろう」
「動物と話せるんですか?」
「そうみたいだよ」

へぇ、と頷きながら、化身になって、物はどんな風に動くのだろうと想像してみる。テーブルの上に置いていたと思った物がたまに床に落ちているのは、気づかぬ内に落としてしまったのではなく、物が動いた証なのだろうか。
いくら考えても分からないが、そうやって移動したから、あのネックレスはあんなに狭く暗い茂みに居たのだろう。

「そういえば、依頼って、幾らで引き受けているんですか?」
「一回三千円」
「…このペースで店やっていけるんですか?」

多々羅が来て一週間経つが、依頼人は彩一人だ。

「問題ない。探し物屋の仕事は、他にもあるから。本来は、そっちがメインなんだ」

そっちがメイン。その言葉に多々羅は目を瞬いた。宵ノ三番地とは、探し物をする為の店だと多々羅は思っていたので、それだけではなかったのかと、軽く衝撃を受けていた。

そんな話をしていると、店についた。ドアに鍵を回して開ける。暗い店内を進み、二人は二階へ向かった。リビングの明かりをつけると、愛はカレンダーへ目を向けた。多々羅は、やはり聞かずにはいられなくて、愛の背中に声を掛けた。

「メインの仕事って?どんな仕事なんですか?」

好奇心を疼かせて尋ねてみれば、予想通りに溜め息が返ってきた。

「多々羅君には出来ない仕事だから、話す必要もないだろ」
「そんな言い方…出来なくても、こういった仕事もありますよって、教えてくれても良いじゃないですか」

食い下がる多々羅に、愛は疲れたように頭を振り、多々羅を振り返った。

「じゃあ、言い方を変える。その内辞めたいと言い出すだろうから、多くを語りたくない」

それには多々羅はムッとした。きっと聞いても教えてくれないだろうなとは思っていたが、毎回辞めさせようとするのは聞いていて面白くない。こんなにも力になりたがっているのに、毎回拒否されれば、さすがに傷つくし腹が立つ。

「どうしてそう決めつけるんですか、辞めませんよ!俄然、興味津々です!」
「多々羅君は、分かってないんだ。この仕事は危ない事もある。俺の目を見ろ、気持ち悪いだろ」
「嫌味ですか?綺麗ですよ」
「そうじゃなくて、」

そこへ、ブーっと、ブザーが鳴った。店を閉めている時に活躍するこの家のインターホンだ。店の扉の傍らにある、白く丸いボタンがあるのだが、それがこの家のインターホンだ。

「珍しい、こんな時間に。お客さんですかね」
「…タイミング悪いな、あいつ」

溜め息を吐いた愛に、多々羅はピンとひらめいた。

「もしかして、仕事ですか?」
「…どうせついてくるだろうから、紹介しておく。ちょっと店に来てくれ」

重たい足取りの愛と違って、多々羅は意気揚々と愛の後をついて行った。


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