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こんなつもりじゃなかったのに10
しおりを挟む「意外と激しかったな、あのドラゴンコースター。子供向けなのに」
「な!サイズがコンパクトな分、体が座席にガンガンぶつかるんだよな!」
ドラゴンコースターとは、あの子供向けのコースターの事だ。コースターの座席が龍の姿をしており、龍の背中に乗って宙を巡る、というのがコンセプトのようだ。
蛍斗の急所を突いてやろうという悪戯心で面白半分で乗ったのだが、高所から急降下しない分、コーナーの曲がり方がかなり急だった。子供は平気な顔をして乗っていたが、大人の方が体が大きい分、遠心力のかかる影響が違うのか、安全ベルトで固定されているのにも関わらず、大人達は体を座席の壁にがたがたと体をぶつけ、これがなかなかに痛かった。それは蛍斗も澄香も同じで、二人揃って痛い目に合うのも、なんだかおかしくて笑ってしまった。
それからは休憩を挟みつつ、軽めのアトラクションを楽しみ、チュロスを食べ歩き、気づけばすっかり夕暮れだ。そろそろ帰り始める客の流れに二人も乗り、澄香はふと人だかりの出来ている店に目を向けた。遊園地のグッズ等を売っている、お土産屋さんのようだ。
「あ、何かお土産買ってく?記念に」
「何の記念ですか」
「そりゃ、」
振り返って、澄香ははたと固まった。そうだ、これは何の記念だと考え、蛍斗とはそういう関係じゃない事を思い出す。仮の恋人、蛍斗にとっても何か目的のある関係、友達でもない。
普通に楽しんでしまったので、忘れていた。
澄香は戸惑った様子で帽子の端を片手で掴んだが、俯いたのも束の間、何かひらめいたとばかりに顔を上げた。
「そろそろ腹減ったな!ロマネスク行くか!」
「ロマネスク?」
「久しぶりにピアノ聞かせてよ」
「…あんた本当に好きだな、あんなピアノ、どこが良いんだよ」
「自分の事なのに、あんなとか言うなよ。寂しいだろ」
溜め息混じりに言った蛍斗に、澄香は困った顔で笑い歩き出した。
「俺は好きだよ、仁と別れた次の日も、慰めてほしくて聞きに行った位には好き」
「…ふーん」
「ピアノで食べてこうとは思わないの?」
「…言われなくてもその予定です」
さらりと聞こえた言葉に、澄香は、え、と足を止めた。
「本当?プロデビューってやつ?ピアニストで?」
「いや、音楽ユニットで」
「ユニット?」
「ボーカルや色んな楽器入れて。親も兄貴も有名だから、俺が入れば話題になるって思ったんじゃないですか?」
そう言えば、仁の兄弟という事は、母親はミュージカル人気を世間に広めた立役者でもある、外崎リクだ。彼女は誰もが認めるミュージカル界のスターだ。
血が繋がっていないと言っていたが、どちらが母の血を継いでるのだろう、やはりミュージカルの道に向かった仁だろうか。でも、顔が似ているのは蛍斗のような気がする。
だがそれよりも、澄香には腑に落ちない事があった。
澄香はムッとした表情で、蛍斗の前に回り込んだ。
「お前、なんでさっきから寂しい事ばかり言うんだよ!」
「は?」
「確かに親も兄貴も凄いけど、それだけでユニットに入ってデビュー出来る位、そんなつまんない奴らの集まりか?そんな簡単な世界か?違うだろ?」
「…見てもないのに何で言いきれるんだよ」
「分かるよ、俺は蛍斗のピアノのファンなんだから。蛍斗のピアノが、どんな奴らの耳に止まって、どんな風に望まれてるのか位分かる。才能があるのに、そんな風にしか自分を見れないなんて、勿体ないじゃん」
「それに、せっかくデビューする仲間に対してそんな言い方失礼だろ」と、澄香は続けた。
「…仁もデビュー前後は大変だったって言ってた。安定してきたのは最近とかさ。
才能あったって日の目見ない奴らなんてざらなんだろ?凄いじゃん!いつか兄貴よりも有名になったりしてさ!」
「…おめでたいな、あんた。何でも良い方にばっか考えて。後で痛い目見るんじゃないの」
蛍斗の皮肉に、澄香は思わず口をつぐんだ。
嫌な思いが澄香の胸の内をつついたけれど、そんな事にはもう慣れっこだ。苦い思いも、もどかしさも、受け流す術は心得ている。
澄香は帽子の端に手を触れ、苦笑った。
「見てるよ、俺には色々と制限あるから、沢山失敗した。夢は見てる方が良いなーとも思うけど、やっぱり叶えられるものは叶えたいよ」
癖のように帽子を掴む澄香に、蛍斗は突然現れた澄香の犬の耳を思い出し、気まずい思いで視線を俯けた。獣憑きの症状は、心の状態にも左右されるという。澄香が何を望んで諦めてきたのかは分からないが、きっとそれは普通の人間よりも多いのではないかと思えた。
悪い事を思い出させたかもしれない、そう申し訳なく思うと同時に、蛍斗の脳裏には仁の存在が浮かんでいた。
寂しく笑う澄香の、その夢の一つに仁の存在があるのだろうか。獣憑きの症状に理解を示した恋人、その未来を、今でも望んでいるのだろうか。
蛍斗は、ぎゅっと拳を握りしめると、顔を上げた。
「…じゃあ、ライブ来る?」
「ライブ?」
「うん、デビュー記念ライブ。まだ少し先だけど。元々インディーズで回ってたんだけどさ」
「なんだ、やっぱりちゃんとしたユニットじゃん!何年位やってるの?」
寂しげな笑顔が、驚きと好奇心に掻き消され、蛍斗はほっとした。
「五年」
「長!そんな仲間を邪険にするなよ」
「…いや、加入した当初は話題作りもあったと思う。ほら、顔も良くてピアノもそこそこで、曲も作れて家族は有名人でさ」
「こらこら」
「でも、そうだな。いつの間にかちゃんと音楽をやってた。…俺、ずっと悔しかったんだ。仁は俺に無いもの全部持ってて。母さんと血が繋がってるのは俺なのに、なんであいつが、母さんの血を引いてるみたいになってるんだよって」
澄香の目がこちらに向いてほっとしたせいだろうか、蛍斗の口からは、不思議と素直な思いが溢れていく。
「俺が、なりたかったんだ。でも、才能が無かった。だから、ピアノを極めようって思ったんだけど、それもコンテストじゃ全然で。でも、音楽を続けてれば、いつか母さんと同じステージに立てるかもって。そしたら仁がやって来て、あれよあれよだよ。なのに、兄貴は兄貴だしさ」
「…放っておけないんだろ、弟なんだから」
澄香の優しい言葉に、蛍斗は、ふてくされた様子で唇を尖らせた。
「そこがムカつく。だから…チャンスだと思った」
「チャンス?」
「あんたを取るチャンス。あいつが手放したあんたを手に入れれば、あいつの悔しがる顔が見れると思ったから」
蛍斗の発言に、澄香はぽかんとしてしまった。蛍斗は何を言っているのか。
「バカだなー、お前。そんなんで仁が悔しがる筈ないだろ。大体、なんで振った方が悔しがるんだよ」
呆れて笑えば、じっと睨むように見つめられ、澄香は思わずたじろいだ。何かおかしな事を言っただろうかと、戸惑いを見せる澄香に対し、蛍斗は何か言おうとした様子だったが、それを言葉にする事はなかった。
代わりに蛍斗は視線を俯け、そっと澄香の手に触れた。
「…手、繋いでいい?」
「え?」
「手」
「う、うん」
「離さなくても、いい?」
「え、どう、だろう…」
「俺はもう少し、あんたと居たい。これは本当。もっとあんたを知りたいし、仁の所には行かせたくない」
俯き話す蛍斗に、澄香は困った顔をする。先程から蛍斗の話がよく分からない。仁に振られたのは澄香なのに、蛍斗の口振りでは、まるで仁がまだ澄香に気があるように聞こえる。
「だから行く筈ないだろ、俺は愛想を尽かされた方なんだからさ」
おかしな事を言うなと思いつつ、控え目に握られた手がなんだか不安そうで、寂しそうで、澄香は思いきってその手をぎゅっと握った。すると、蛍斗はあからさまにほっとした表情を浮かべたので、澄香もつられて頬を緩めてしまった。
「チケット渡すから」
「うん、楽しみだなー」
「絶対行くからな!」と、楽しそうに澄香が笑えば、蛍斗も表情を緩めて頷いた。優しいその顔に、また少しだけ蛍斗との距離が縮まった気がした。
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