こんなつもりじゃなかったのに

茶野森かのこ

文字の大きさ
40 / 41

こんなつもりじゃなかったのに40

しおりを挟む




それから頃合いを見て打ち上げから抜け出すと、蛍斗けいとは、急いで澄香すみかの待つ家に向かった。

なんだかまだ夢の中にいるみたいだった。酒を飲んだ訳でもないのに、体がふわふわとしている。ライブ後のせいもあるだろうか、仲間達と過ごしている間も、澄香との再会が夢だったらどうしようと、気が気ではなかった。

マンションのエレベーターも、じれったい。近所迷惑だと思いつつ、バタバタと慌ただしくマンションの廊下を駆け、家のドアを開けた。玄関で靴を脱いでいると、奥から澄香が照れ臭そうにやって来たので、蛍斗はたまらずその体を思いきり抱き締めた。

「わ、蛍斗?」

力いっぱいに抱きしめても、なんだか夢みたいだった。
そんな蛍斗に、澄香は笑ってその背中に腕を回した。ぽん、と背中を叩かれて少しほっとする。ここに、澄香がいる。

「俺、色々考えて、仁だったら澄香さんの事を不安にさせないんだろうなとか、仁は越えられないんだろうなとか。でも俺、やっぱり澄香さんを諦められない、側に居てほしい。まだ仁みたいに頼りないかもしれないけど、」

澄香は「そんな事ない」と、顔を上げた。

「俺は、蛍斗に頼りっぱなしだったよ。年上なのに、守られてばかりで情けないって。嫌われて当然だって思ってたから、もし今日会えたら、その時までにちゃんと自分と向き合おうって思ってたんだ」

澄香は顔を上げたが、きょとんとして見下ろす蛍斗を見たら何も言えなくなって、再びその肩口に顔を埋めた。

「…ごめん、好きなんだ」

小さな一言に、蛍斗は一拍間を置いてから、ぶわっと顔を熱くさせた。

夢じゃない。澄香が、ここにいる。腕の中にいる。

やっと現実に心が追いついたようだ。それから蛍斗は、脱力したように澄香の体に凭れかかった。

「け、蛍斗?」
「…嬉しい」
「え、えっと」

赤くなって狼狽える澄香を更に腕に閉じ込めて、それからゆっくりと体を離した。揺れる瞳に、蛍斗の姿が映る。

「俺も、澄香さんが好きです。お試しじゃなくて、恋人として側にいてくれますか?」

その言葉に澄香は目を丸くして、それから嬉しそうに笑って頷いた。その微笑みは、多分きっと、世界で一番キレイだ。








それから、いつものリビングで、二人で小さな打ち上げをした。
今朝まで散らかっていたリビングが適度に片付いているのは、恐らく澄香のお陰だろう。

お酒はほどほどに、会えなかった日々の事を沢山話した。
蛍斗が音楽と向き合っていたように、澄香も自分の弱さを見つめ直し、今まで諦めていた芝居への挑戦を始めたという。

「俺、本当は役者になりたかったんだ。でも、この体質だとリスク多いでしょ?緊張する度に耳出してたら洒落にならないし。でも、コミュニティで、同じ思いを持った人達の劇団があるの知ってさ、そこで」
「凄いですね」
「へへ、勇気出したんだ。俺だけ何も変わってないから…仁も蛍斗も前に進んでるのにさ。また会えた時、俺も胸を張っていたかったから」
「…澄香さんは、十分頑張ってましたよ」

蛍斗は言いながら、前にかかった澄香の髪をそっと掬って耳に掛けた。その優しい眼差しに、澄香はかっと顔を赤くして、テーブルに突っ伏した。

「もう、お前は凄いよな」
「何が?」
「…俺、嬉しかったんだよ。俺がこの部屋で耳出した時、初見で俺の事を受け入れただろ?その時さ、こんな風に受け入れてくれる人もまだ居るんだって。それで、気持ち悪くないって、」

ちら、と澄香は蛍斗を見上げ、更に頬を赤らめた。蛍斗は何かを察し、顔を寄せた。

「可愛いって」

そう囁かれ間近で目が合うと、澄香は耐えきれず体を震わし、ぽんと耳と尻尾を出した。

「だ、だから言いたくなかったんだ!」
「ははは!良いじゃん、もう知ってるんだし」
「そういう問題じゃないから!」
「可愛い可愛い!」
「お前な…!」

そうじゃれあっている内に、澄香の手が蛍斗に取られ、床に押し倒されてしまった。

「あ、」

驚いて視線をあげると、蛍斗の優しい顔がある。

「…俺は、澄香さんのお陰で、自分と向き合えたんです。あんたが俺を見つけてくれなかったら、俺のピアノを好きって言ってくれなかったら、今日の公演も、冷めた気持ちで弾いてたかもしれない」

蛍斗は自分を見つめる澄香の頬に触れ、そっと包んだ。

「…ありがとう、それから、ごめん」
「謝んないでよ、俺も一緒なんだから」

「俺ら似た者同士かもな」と、澄香は困り顔で笑い、蛍斗の腕を辿って首に腕を巻きつけた。

「じゃあ、これからも一緒ですね」
「うん、もう閉め出しは勘弁な」
「あれはその…すみません」
「はは、」

笑って身を寄せて、二人はそっと唇を重ね合わせた。ゆっくりゆっくりと、唇からお互いの気持ちを混じり合わせた。

「…少しだけ触っていい?」
「…うん、」

唇を合わせて、互いに肌に触れて、熱い思いに触れ合って、吐息が溢れれば飲み込まれる。

吐息も肌も混ざりあって、繋がってこそないが、心はこんなにも繋がっている。
首筋に吸い付かれ、その腕に閉じ込められてしまうのが幸せで愛しくて、ずっと囲われていたくて。
耳や尻尾が出たままだったけれど、蛍斗は震えるそれらも宥めるように、優しく撫で抱きしめてくれたので、澄香は嬉しくて涙が止まらなかった。





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

赤い頬と溶けるバニラ味

hamapito
BL
在宅勤務が選べるようになっても出社し続けているのは、同期の岡野に会うためだった。 毎日会うのが当たり前になっていたある日、風邪をひいてしまい在宅勤務に切り替えた。 わざわざ連絡するのもおかしいかと思ってそのままにしていたけれど……。    * 岡野はただの同期。それ以上でも以下でもない。 満員電車に乗ってでも出社している理由だって「運動不足になりそうだから」って言ってたし。 岡野に会えるのが嬉しい俺とは違う。    *

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

「好きって言ったら負け!」完璧すぎる生徒会コンビの恋愛頭脳戦は今日も平行線です~恋は勝ち負けじゃないと知るまでの攻防戦

中岡 始
BL
「好きって言ったら負け」 それが、俺たちの間にある、たったひとつのルールだった。 星遥学園の顔、生徒会長・一ノ瀬結翔と副会長・神城凪。 容姿、成績、カリスマ性――すべてが完璧なふたりは、周囲から「最強ペア」と呼ばれている。 けれどその内側では、日々繰り広げられる仁義なき恋愛頭脳戦があった。 ・さりげない言葉の応酬 ・SNSでの匂わせ合戦 ・触れそうで触れない、静かな視線の駆け引き 恋してるなんて認めたくない。 でも、相手からの“告白”を待ち続けてしまう―― そんなふたりの関係が変わったのは、修学旅行での一夜。 「俺、たぶん君に“負けてもいい”って思いかけてる」 その一言が、沈黙を揺るがし、心の距離を塗り替えていく。 勝ち負けなんかじゃない、想いのかたちにたどり着くまで。 これは、美形ふたりの駆け引きまみれなラブコメ戦線、 ついに“終戦”の火蓋が落ちるまでの物語。

今日くらい泣けばいい。

亜衣藍
BL
ファッション部からBL編集部に転属された尾上は、因縁の男の担当編集になってしまう!お仕事がテーマのBLです☆('ω')☆

【完結】俺はずっと、おまえのお嫁さんになりたかったんだ。

ペガサスサクラ
BL
※あらすじ、後半の内容にやや二章のネタバレを含みます。 幼なじみの悠也に、恋心を抱くことに罪悪感を持ち続ける楓。 逃げるように東京の大学に行き、田舎故郷に二度と帰るつもりもなかったが、大学三年の夏休みに母親からの電話をきっかけに帰省することになる。 見慣れた駅のホームには、悠也が待っていた。あの頃と変わらない無邪気な笑顔のままー。 何年もずっと連絡をとらずにいた自分を笑って許す悠也に、楓は戸惑いながらも、そばにいたい、という気持ちを抑えられず一緒に過ごすようになる。もう少し今だけ、この夏が終わったら今度こそ悠也のもとを去るのだと言い聞かせながら。 しかしある夜、悠也が、「ずっと親友だ」と自分に無邪気に伝えてくることに耐えきれなくなった楓は…。 お互いを大切に思いながらも、「すき」の色が違うこととうまく向き合えない、不器用な少年二人の物語。 主人公楓目線の、片思いBL。 プラトニックラブ。 いいね、感想大変励みになっています!読んでくださって本当にありがとうございます。 2024.11.27 無事本編完結しました。感謝。 最終章投稿後、第四章 3.5話を追記しています。 (この回は箸休めのようなものなので、読まなくても次の章に差し支えはないです。) 番外編は、2人の高校時代のお話。

Candy pop〜Bitter&Sweet

義井 映日
BL
完結済み作品。全6話。番外編1本追加! 「185cmの看板男」が、たった一人の恋人の前で理性を失う。 ――三ヶ月の禁欲を経て、その愛は甘く、激しく、暴走する。 「あらすじ」 ​大学の「看板男」こと安達大介は、後輩の一之瀬功(いちのせ こう)を溺愛している。 ついに迎えた初めての夜。しかし、安達の圧倒的な「雄」の迫力に、功は恐怖して逃げ出してしまう。 ​「――お前は俺を狂わせる毒だと思ってた」 ​絶望した安達と、愛しているのに身体が竦む功。 三ヶ月の育みを経て、到達した二人の「じれったい禁欲生活」の行方は? 看板男の仮面が剥がれるとき、世界で一番甘い夜が始まる。 お話が気に入った、面白かった、と思ってくださったら、お気に入り登録、いいね、をお願い致します! 作者の励みになります!!

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

僕の恋人は、超イケメン!!

八乙女 忍
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

処理中です...