女性探偵の事件ファイル

ナマケモノ

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森の事件

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 目の前には三つの足跡がある。
 一つめ、内側の窪みが深い。 二つめ、左右とも均等に近い深さだ。
 三つめ、右足は内側の窪みが深く左足は外側が深く沈んでいる。
 また、左足の近くに小さな円の窪みがあった。
 鈴木は三つの足跡を見て、何か分かりましたかとたずねた。
「二つめの足跡は田中ゴン太です。 残りの二つは多分、犯人でしょう。 一つめは外側がへこんでいるからがに股の傾向がある。 三つめは足が悪いのかしら。 左足の近くに小さな円の窪みがあるわね」
 二階堂は左手の人差し指でこめかみをトントンと叩く。
「田中さんはいい歩き方をなさっている。 興味深い、いけませんね。 話を戻しましょう、三つめの足跡をよくご覧なさい」 二階堂は指差した。
 遺体の吊るされていた木から七歩目のところだ。
「ここから七歩目から三歩目までへこみが強いでしょう。 もしかしたら、義足をつけたばかりで痛みが走った」




 なぜ、義足をつけたばかりだと分かるんですと鈴木は訊く。
「これはあくまで想像です。 間違っているかもしれないわ」
 二階堂は言い終えて、助手の片方の靴を借りて一つめの足跡と比べた。
 彼女は足幅は“2E”とメモをする。
 二人は木の下にある遺体に近寄る。
 右肩にナイフが一本刺さっていて、首もとにロープの縛られた跡がついているのだ。
 格好は黒いTシャツに青いジーンズで、スニーカーを履いている。
 二階堂は資料に目を落とす。
 被害者の名前は田中たくみ
 高校に通い、年齢は十八歳。
「この遺体は殺された後に吊るされたのですかね?」 鈴木はまじまじと見つめた。
「いいえ、生きていたけど吊るされたの。証拠に首に引っ掻き傷があるでしょう 」




 二階堂は大きく息を吐いて、続けた。
「もし死んでいるなら引っ掻き傷はなかった。犯人は混乱させたかったのかしら? 自殺に見せたかったのか、他殺に見せたかった。 残念ながらここは足跡が多過ぎて特定できない。 本当に解決させる気あるの? 現場は保持してほしいわ 」
「二階堂の能力を買って、あまり情報をあまり与えなかったんですよ。 手助けになるのはこれです」 助手は残りの資料を手渡す。
 彼女は受け取り、写真を見た。
 写真は遺体が木の枝から下ろされる前のものだ。
 木の前に来る足跡より窪みが深くなっていることが見て取れる。
「なるほど、手助けはしてくれるわ。 遺体を吊るすものとなるものはないか探しましょう」
 ロープですね、と助手はうなずく。
 鈴木は田中ゴン太から家の中と周りを見ていいかと許可を申し出る。
 田中ゴン太はうなずき、許可を出した。
 二人は家の中に入る。




 中はキレイに整頓されていた。
 テーブルと二脚のイス、複数の鍋などがある。
 隅に少しの段差があり、上がると床は畳が敷かれていて真ん中に四角の穴が開いている。
 穴に薪が置かれていて、一部は焼かれた跡があるのだ。
 二階堂は思う ── ここで親子が食事を取っていたのだろう。
 彼女は少しの間、座っていた。
 しばらくして、立ち上がって部屋に入った。
 ゴン太の部屋はさっきいた場所と変わらず、綺麗である。
 テーブルと一脚のイス、ベット、クローゼットだけだ。
「こんな暮らしもいいかもしれませんね。 あんまり物で散らからないし 」 鈴木はつぶやく。
「そうね。 だけど、人間味を感じるような要素がないわ」
「何を言っているんです? これも人間味があるじゃないですか」
「それはそうだけど、何っていうのかな。 森で暮らしていない人間には家にその人に趣味や嗜好しこうが現れるでしょう。 ここにはないの」
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