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男が欲しい夜

思いがけない誘い④

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「うん、そうだね。あの頃は自信が全然なかったし、恥ずかしくて、お世辞なんて口にできなかったから」
「あ、お世辞だったんだ」」
「いや、違うよ。エリさんがきれいなのはマジだから」
「ふふ、マジですか」エリは笑い続けていた。

 大学生の時、スズキはこれといった特徴のない男だった。女性に対しては、あくまで優しく、謙虚でありたいと思っていた。それは裏返せば押しの弱さであり、単に勇気がなかっただけだった。

 スズキは社会人になってから、自分の考えを伝えることの重要性を思い知らされた。対人関係において遠慮や謙虚さは、何の役にも立たない。相手に笑われても否定されても、自分というものを表に出していく。
 一言でいうと、自己PR。相手への印象付けが大切なのだ。仕事の場でも、魅力的な女性の前でも。

「スズキくんの勤務先って、どこだっけ?」
「リバティパッケージといって、紙袋や紙箱を製造している。あと、段ボールも」
「ふうん、聞いたことないなぁ」

「テレビCMをガンガン流すメーカーじゃないからね。うちの得意先は一般消費者じゃなくて、百貨店量販店や、食品や家電のメーカーさんだから。でも、一部上場なんだよ。四季報でも優良企業ってめられている」

 スズキの話に興味がなかったのか、話が長すぎたのか、エリは欠伸あくびをかみ殺したような表情をしていた。どうやら、自己PRの方向性を間違ったらしい。

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