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B:会員制カジノクラブ②

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 企業舎弟の闇金融が手がけたサイドビジネスという噂もあったが、出入りしているのは怪しげな人々ではない。ごく普通の男女である。外回りの営業マンや買い物帰りらしい主婦の姿もあった。

〈クロガネ遣い〉は、ギャンブルに興味はなかった。ゲームに勝つための集中力やカネに対する執着心が根本的に欠けている。試しにスロットマシンに挑んでみたが、案の定、あっさり敗北してしまった。

 ギャンブル・フロアに隣接して、こじんまりとした飲食スペースがあった。カジノクラブの会員になれば、無料で好きなだけ飲み食いできるのだ。高級ホテルからのケータリングなので、何を食べても驚くほど美味かった。

「若い人が食べているのを見るのは、気持ちいいわね」

〈クロガネ遣い〉が振り向くと、パーティドレスに身を包んだ美女が微笑んでいた。

 セクシーで魅惑的な表情に、美しい形のバスト、スラリと伸びた脚。ゆるやかにカールしたショートカットが、快活そうな彼女によく似合っていた。〈クロガネ遣い〉はコンパニオンかと思ったが、カジノクラブの会員だという。彼女は同じテーブル席に腰を下ろすと、単刀直入に言い放った。

「君、おカネが好きでしょ? どう、私と組まない?」

 それが、ベティとの出会いだった。互いに自己紹介は交わしたものの、〈クロガネ遣い〉は彼女の思惑をつかみかねていた。ベティは一体、何者なのか?

 20代後半に見えるが、本当の年齢はもっと上かもしれない。後に、夫が大手有名企業の重役だとか、実家が地方の資産家という噂を耳にしたが、彼女には笑って否定された。

「いくらでも若い男はいますよ。どうして、僕なんですか?」
 とりあえず、質問を一つした。
「そうね、野心家の匂いを感じたから、と言っておこうかな」
 ベティは、クスリと笑った。

「僕が野心家ですか?」

〈クロガネ遣い〉に、その自覚はなかった。しかし、一攫千金いっかくせんきんを成し遂げたくて、〈カネのなる木〉を探し回っているという意味では、ベティの言う通りなのかもしれない。〈クロガネ遣い〉の立ち居振る舞いから秘めた野心と読み取ったとすれば、大した眼力ということになる。

「自覚のない野心というものは、本物なのよ。私はずっと、信頼できる人を捜していたの。つまり、仕事のパートナーね。バカでは務まらないし、狡猾すぎて裏切られてはかなわない」

 ちなみに、ベティを裏切った男は一人残らず、遠くの世界に旅立ったらしい。冗談めかした言い方だったが、二度と戻ってこられない場所であることは明らかだった。

 悪徳と犯罪、カネのにおい。〈クロガネ遣い〉には、新鮮な芳香に感じられた。多大なリスクと隣り合わせであることは百も承知だが、ベティと組むことに躊躇いはなかった。

「面白そうな話ですね。詳しく教えていただけますか?」

 こうして、他の女性では少しも揺るがなかった〈クロガネ遣い〉の人生観は、ベティとの出会いによって、大転換を起こすことになる。
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