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B:アンダーグラウンド②
しおりを挟む〈クロガネ遣い〉はサークル仲間に声をかけて、20人弱のチームを結成した。高校時代にバラバラだったクラスをまとめ上げた彼にとって、それぐらいは朝飯前だった。もちろん、烏合の衆ではなく、信用に足る面々を選んだ。
ただ、警戒は怠らない。初対面同士の二人にペアを組ませ、互いに監視し合うことで、横領や裏切りの発生を封じた。数週間ごとにペアの変更を繰り返し、同じ組み合わせのメンバーが何度もカジノに出入りする危険は犯さなかった。
〈クロガネ遣い〉の指示は、緻密でデリケートだった。突発的なトラブルを想定して、二重三重の指令を与えていた。危機管理は徹底しており、各メンバーへの指示は、プリペイドの携帯端末で行った。少しでも危険を感じたら、すぐに廃棄処分した。もちろん、ルーズな者、ヘマをした者は即座にメンバーから排除した。
アンダーグラウンドのビジネスは、着実に実績を重ねていった。取引金額はうなぎのぼりとなった。信じられないことに、弾みがつきだすと、億単位の動くようになった。
ベティは手放しで賞賛してくれた。〈クロガネ遣い〉は有頂天だった。
だが、〈好事魔多し〉という言葉がある。ビジネスが軌道に乗り、好調だったこともあって、引き際を誤るという致命的なミスを犯してしまった。
嗅覚に優れた企業舎弟が、〈クロガネ遣い〉のビジネスを嗅ぎつけないわけがない。カジノの上がりからやばい札を見つけ、カジノが資金洗浄を利用されていることに気づいたのだ。当然、怒りまくっていた。
勘のよいメンバーなら、警戒の度合いを高まったことを察知して、〈クロガネ遣い〉に報告していたはずだ。ただ、これまでトラブルが一つもなかったため、チーム全体に油断があったのかもしれない。
2名のメンバーがカジノで怪しまれ、あっけなく捕まった。粗暴な企業舎弟の前では、彼らは子羊にも等しい。恫喝されて二三発殴られただけで、あっさり内情を白状してしまった。
〈クロガネ遣い〉の事務所は、その日のうちに急襲を受けた。
いち早く気配を察知したベティからの連絡のおかげで、一足違いで無事逃げのびることができたが、複数の銀行の架空口座にプールしていたカネは全て、企業舎弟に強奪された。
実働半年間で稼いだ総額は数十億円にのぼっていたが、たったの一日で無一文になってしまった。
〈クロガネ遣い〉は荒れた。彼にとって、初めての挫折だった。馴染みの女の部屋に転がりこみ、飲めない酒を煽り、悪態をつきまくった。愛想を尽かされたら、次の女の部屋に転がり込んだ。そこも追い出されて、行き場所がなくなると、路上でも平気に眠れるようになった。
ある朝、〈クロガネ遣い〉は公園のトイレで、十数年ぶりに父親と再会した。ありえないことだった。死んだはずの父親が目の前にいたのだ。死ぬほど驚愕した。
だが、よく見ると、それは洗面所の鏡に映し出された自分自身だった。今の〈クロガネ遣い〉の風貌は、定職につかず毎日飲んだくれていた父親と瓜二つだったのだ。
父の身体からは酒と小便の混ざったような臭いがしたが、今の〈クロガネ遣い〉もそうだった。父と同じように、他人の悪口や不平不満ばかり口にした。理由もなく周囲に当たり散らし、強くもないくせに喧嘩をふっかけて殴りあった。
誰の眼から見ても、最低の人間だった。あとは、父と同じように、深夜の大通りで熟睡し、大型トラックに轢き殺されたら、完璧だ。
トイレを出てフラフラと歩き出したところで、声をかけられた。
「あら、君、いい顔になったじゃない」
鈴を転がしたような声に顔を上げると、穏やかな陽射しの中に天使の姿があった。
「……ベティさん」
「心配していたのよ。どこかで野垂れ死にしたんじゃないかってね」
ベティはとろけそうな笑顔を浮かべていた。背後から光が当たっているために、ワンピースを透かして身体のラインが浮き上がっている。たまらなくエロティックだった。〈クロガネ遣い〉は身体の芯に熱を感じ、思わず目をそらした。
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