公的失踪オルタナライフ

坂本 光陽

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運命の日②

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「私たちの協力者よ。彼女は本物の警察官。ミニパトも本物。さすがに偽物を公道で走らせる真似はできないからね」そう言って、美羽は微笑む。「盗撮盗聴の恐れはないし、打ち合わせには最適な場所でしょ」

 ミニパトの後部座席は少々狭かった。ワタルは身体を折り曲げていなければ、頭が天井についてしまいそうだ。

 美羽のコスプレは、これまでの中で最もよく似合っていた。いつにも増して凛々しく見えるのは、警察官の制服のせいだろうか。そんなワタルの想いも知らず、美羽は淡々と定期報告と連絡事項、確認事項を進めていく。ワタルは無言で耳を傾けていた。

「私からは以上ですが、何か、御質問はありますか?」
「あの、お訊きしたいことがあるのですが……」幸い、向かい合わせより並んでいる方が、ずっと話しやすい。「実は、僕が犯した罪の件なんです」

 美羽は言葉の続きを待っている。ワタルはゆっくり話し始めた。

「なぜ、赤丸堂馬の殺人は巻き込まれてしまったのか? 僕は何度も考えました。自業自得なのかもしれません。僕が〈ネット詐欺〉なんかに関わらなければよかったんです」

 事の発端は二年前である。当時の住まいに泥棒が入り、ワタルは有り金すべてを奪われてしまった。万年金欠病のワタルだったが、なりふりを構っていられない事態だった。もはや、普通のバイトでは暮らしていけない。

 ワタルは高額バイトを探し回った。〈振り込め詐欺〉や〈還付金詐欺〉など、明らかに犯罪の片棒を担うものを除くと、残ったのは城山貴和子の怪しげなネット通販だった。

 ネット通販といっても、ワタルにプログラムやパソコン入力はできない。任されたのは、広告チラシの配布や銀行口座の作成,現金引き出しなどの雑務一般だった。

 貴和子が一人で切り回していたビジネスは、かぎりなく犯罪に近いグレーゾーンに属しているらしい。そうした雰囲気を肌で感じながら、ワタルは気づかない振りをしてきた。

 そして、あの運命の日がやってきたのだ。

 赤丸堂馬と部下たちがいきなり事務所に乗り込んできて、貴和子とワタルを問答無用で拉致した。頭部に布袋をかぶせられた時、ワタルは激しく後悔した。真っ暗な山奥に連れてこられ、強面の男たちに囲まれた時は、死を覚悟した。
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